理想的な夫婦

カラスヤマ

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⑧真実

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ボロアパートを包囲した傭兵五人。
スナイパー二人も隣家の小窓から女を狙っていた。狙われてる女は、風呂上がりらしく、下着姿のまま扇風機の前で棒アイスを食べていた。


『配置完了です。いつでもいけます』

「分かった。………確実に殺れ。奴の生皮を持ってこい」

『はい』


ドカァッッ!!

ドアを蹴破ると同時、狭い部屋に武装した兵が統率のとれた動きでぞろぞろ入ってきた。

「??」

先ほどまで扇風機の前にいた女がいない。古い扇風機だけが、カタカタカタカタ健気に風を送り続けていた。

突然、闇の底から響く声。

「土足で勝手に入るな!」

「っ!?」

振り返り、銃を構えるがやはり誰もいない。

「ぐッ…ぅ……びゅっ!」

首に何かが刺さったと分かったのは、死ぬ間際。血まみれの濡れた手で首を押さえる。

木の棒?

奴が食っ…てた…アイス……の…棒……。


数年前ーーー。
この屈強な傭兵は、ダイヤ10個でジャングルの奥地に住んでいた少数部族を女子供問わず皆殺しにした。その時、人生で一度だけ体が震えたことがあった。
仕事を完了し、帰ろうとした男の背中に鈍い痛みが走る。見ると、五歳にも満たない小さな女の子が、錆びたナイフで背中を刺していた。今まで母親の死体の下に隠れていたんだろう。

逃げることもせず、ずっと睨んでいた。その幼子の目。その目の奥。凍るほど冷たい。何百年も生きた魔女のようだった。


重なる死体。傭兵四人の胸には共通の穴があき、全員即死していた。若い女は、笑いながらお手玉のように4つの心臓をクルクルと両手で回転させている。

「次は、あそこかなぁ」

女が、男の記憶を嬲る。男はアイス棒が刺さったまま凍るほど震え、失禁しながら絶命した。

スコープでこの惨劇を見ていたスナイパーは、正確にこちらを見つめる女に対し、慌てて逃げる準備を始めた。

「冗談じゃねぇ。あんな化け物がいるなんて、聞いてねぇぞ!!」


ギィィィィ………。

「嘘だ…ろ? さっきまで、そこにいたのに…。たっ、頼む! 助けてくれ」

「お前らみたいなゴミは、命乞いする資格すらないよ」

ズバババババババババッッ!!!!

マシンガンの爆音で部屋が震える。
ただ、目の前の女にはかすりもしない。

落ちた薬莢を拾い、笑いながら近づく。

「次が、ボスかな~」

ーーーーーーーーーーーーーーー

傭兵達から連絡がない。

「何をやってるっ!! クソが。お前達にいくら使ったと思ってる!」

目の前から、下着姿の女が裸足で歩いてくる。明らかに敵から奪ったであろうサングラスをかけて。

「これくらいで良い気になるなよ」

殺し屋を始めた時から愛用しているナイフを全力で女に投げた。これ以上ないタイミング。避けきれる距離じゃない。

それなのに。

パシィィッ!

子供と腕相撲する大人のよう……。簡単に、指の間でナイフを止められた。

「ハ…ハ………。はぁ~~……。イライラするなぁ。どうして、あなたは殺し屋を辞めたんです?  上が黙ってるわけないでしょ」

「最近になってさ、やっと良い夢を見れてる。今まで悪夢しか知らなかった。もう戻りたくない」

「同業者である彼は知らないんでしょ?  あなたが世界一の殺し屋であることを。ランキング圏外の彼なんかの実力じゃ、到底たどり着けない高みにいるあなた。その真の姿を見たら、一体どうなるか」

ザッ。

いきなり目の前が暗くなった。五感を強制的に支配される。周囲の雑音も消えーーー。

「もう話すな」

「っ!!?」

額が触れるほどの距離で感じた女の殺気。息が出来ない。これがランキング最上位……。

「さようなら」

目の前にナイフを落とすと、女はそれ以上何も言わず、何もしないで姿を消した。

「………………」

まだ息が出来ない俺は、落ちたナイフをゆっくり拾うと自分の胸に躊躇なく突き刺した。仰向けになる。掴めそうな太陽。その眩しさがひどく懐かしくて。視界がぼやけた。


ーーーーーーーーーーーーーー


一日の就職活動を終え、スーツ姿で帰宅途中。赤い光に気づいた。酷く焦げ臭い。道路を塞ぐように消防車が何台も止まっていた。隊員が放水活動を続けている。慌てて駆け寄ると自室から激しい炎を吹き出し、アパート全体が燃えていた。

モモっ!!

突然、肩を叩かれた。振り向くと、泣きそうな妻がいて。

「放火みたい。家……なくなっちゃった……」

「はぁ~~。無事で良かった。モモちゃんが無事ならそれで良いよ……。怪我とかない?」

「うん。大丈夫……」

二人で近場の公園に行った。コンビニで買った温かい飲み物をベンチに座り、二人で並んで飲んだ。

「泣いてるの?」

「………モモちゃんを失うのは耐えられない。恐かったんだ。すごく……。すごく恐くて……」

「あなたは、とっても弱い人。でも大丈夫。世界で一番強い私が、側で支えるからね。タツ君、大好きだよ。優しいし。それに……すっごく鈍感だから」

「へ、鈍感? どういう意味??」

モモちゃんにいきなりキスされた。

「っ!?」

「もう話すな」

意味が良く分からなかったが、キスで癒されたから、まぁ……いっか。最高の気分だし。

これ以上ないほど、僕には世界が明るく輝いて見える。
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