冷やし上手な彼女

カラスヤマ

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『高天明学園(こてんめいがくえん)』

俺達が通う高校は少し変わっていて、生徒会長には、生徒を越えた特権がいくつも与えられていた。校長ですら、生徒会長には逆らえない。

常に生徒会役員に指名された雇われ生徒(奴隷)が、会長の身の回りの世話や護衛を任されていた。俺達、平の生徒は会長の姿を確認したら、まず脇に退いて通りすぎるまで直立不動が鉄則だった。

「おい、青井。会長が来たぞ」

天然バカの前河と廊下で話していたら、前方から会長様ご一行が歩いてきた。前河と同じように俺も壁によけた。
会長は前だけを向き、俺達には一切興味を示さない。空気のような扱い。
通りすぎようとした、その時。長身の奴隷の一人が前河を指差し、

「なんだぁ? その寝癖だらけの髪は。そんな身なりだから、お前らはいつまで経っても最下層のクズなんだよ」

この学校に存在するカースト制度。下になればなるほど学校での立場も弱く、虐げられることも多くなる。

ってか、まだしつこく前河につっかかっている。終いには、頭をグリグリと拳で押していた。前河は、ハハ…ハとただ笑っているだけ。

「やめろ。やり過ぎだ」

奴隷の手を掴み、睨んだ。

「おいおい……。今、やめろって言ったのか? お前、誰に言ってるか分かってるのか?」

「あぁ……。分かってる。お前は、ただの会長の捨て駒。それなのに強大な権力を持ってると勘違いしているバカ。俺達と大差ないよ、お前なんて」

顔を真っ赤にした奴隷に胸ぐらを掴まれた。一、二発殴られるのは覚悟していた。

「やめな、大庭」

「で、ですが……会長。コイツが悪い……」

「君は、僕に口答えするの? 役員でもないただの奴隷の君が。彼の言う通り、勘違いしてるみたいだね。少し頭を冷やした方がいいよ」

この場で、一週間の停学処分にされた大庭と言う男。項垂れて、俺達の前から消えた。

「ごめんね。彼がした無礼の数々、謝るよ」

会長の指示で、緊張で汗だくになっている前河に奴隷の一人が札束を手渡す。

「でも、その寝癖は確かに良くないなぁ。そういうところから心は乱れていくしね。気を付けて」

「はっ、はい! 会長様。あり、あり、ありがとうございます」

会長達がいなくなると、やっと重苦しい空気も解けた。

……………………………。
…………………。
……………。

学校から急いでアパートに帰り、軽くパンだけかじって、バイトに行った。バイト先の工場で、機械部品の検品と仕分け作業。地味な作業の連続だが、あまり頭も使わないし、周りのパートさんも優しいので気に入っていた。働きだして、もう三年になる。

日付が変わって、やっと今日のノルマを終えた俺は、アパートに帰った。一人暮らしなのに、部屋の電気が外に漏れている。…………理由は、容易に想像できた。

玄関のドアを開け中に入ると、可愛いウサギがプリントされたエプロン姿の七美が出迎えてくれた。

「おかえりなさい」

「ただいま」

小さな食卓テーブルには、七美が用意してくれた夜食がすでに用意されていた。
俺は着替えだけ済ませると、いつものようにお笑い番組を見ながらそれを食べる。

「いつも、ありがとう。………でもさ、お前も忙しいだろうし。あまり無理しなくても良いから」

「私が好きでやってるんだから、いいの。タマちゃんが、こうやって食べてくれるの死ぬほど嬉しいし」

「し、死ぬほど? あ、そうなんだ……。じゃあ、まぁ……いっか 」

ご飯を食べた後、七美が俺に猫のようにすり寄ってきた。

「少し汗くさい……。でも、この匂い好き……。頭が、クラクラする」

「匂いフェチのド変態だもんな、七美は」

「変態じゃ……ない…し」

まだ言いかけていた唇を強引にキスで塞ぐと、二人で横になった。

「ご立派な生徒会長様が、こんなにエロい顔するって分かったら、みんな失神するだろうな~」

「そんなに、いじめないで……。あの、今日は、ごめんね。タマちゃんのお友達傷つけて………」

「いいよ、別に。アイツさ、結果的にあんな大金貰って、小躍りしてたよ。最新ゲーム機とアイドルのサイン本を買うとか言ってたなぁ。羨ましい」

「………タマちゃんもお金欲しい?」

「金は欲しいけど、お前からは貰わない。苦しくても自分の手で稼ぐよ」

「なんで?」

「お前を銀行だと絶対に思いたくないから……。もし、そんな風に思ってしまったら自分を許せないし」

七美は、俺のズボンのベルトを外しながら、艶かしく呟いた。

「なんかね……ご奉仕したくなっちゃった……」

これが、彼女の照れ隠しなのはすぐに分かった。彼女の小さな頭を撫でながら、改めてその可愛さを実感した。

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