冷やし上手な彼女

カラスヤマ

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二章

接触

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目を覚ますと何故か全裸で椅子に縛られていた。

寝ている間に拉致された?


倉庫のような場所。足裏から伝わるコンクリートの冷たさで頭が覚醒していく。

俺の前。数メートル先には、ゾンビの被り物をした七美の父親が座っていた。黒いスーツが筋肉の圧に必死に耐えている。

「目が覚めたかい?」

「……ハハ…随分と変態な趣味をお持ちですね。ところで……七美さんや心や卯月さんは、どこですか?」

「やっぱり、キミは甘い。この状況でもまだ他人の心配をしている………。状況判断が鈍く、思考力も弱い」

「アイツらは、『他人』じゃない。勝手に決めるなよ」

目の前の悪魔を正面から睨むが、被り物のせいで焦点が合っているのか分からない。唾を飲み込む音がやけに大きく聞こえた。

ここで………殺されるのか?

やっぱり……許してもらえなかったか……。

「今日連れてきたのは、キミの本質を見極めたかったからなんだ。あれを見たまえ」

父親が指差した先がライトアップされ、透明なガラスケースが三つ現れた。

それぞれのケースに閉じ込められた七美、心、卯月さん。目を閉じ、床に横たわっていた。


「あれが、見えるかい?  ケースの上部に設置された配管から毒ガスが噴出される仕組みなんだよ。今から、僕がこの三人のうち一人を殺す。青井君には、その殺す一人を選んでもらうとしよう。さぁ…………どれを殺す?」

父親は、その手にボタンが三つあるリモコンを持っていた。

「ふざけるなっ!  早く彼女達を解放しろ!!」

「ふざけてなんかいないよ。僕は、大真面目。制限時間は、五分。もし君が、一人も選ばなかった……選べなかった場合は、三人とも殺すからね」

「正気じゃない……。あの中には、アンタの娘もいるんだぞ。自分が今、何を言ってるか分かってるのか?」

「七美は、いつでも死ぬ覚悟が出来てる。小さい頃から、そう教育しているからね。神華に産まれた人間は、常に死が日常にある。奪ったり、奪われたり……その繰り返しなんだよ」

ガタガタと椅子の上で暴れると、椅子が倒れた。それで状況が好転することはなかった。

それでも俺は、芋虫のように椅子ごと移動した。

この目の前の悪魔までーーー。


「あと、四分」

ズリズリと少しずつ移動する。全裸の為、手足が床と擦れ、異常に熱かった。

「さぁ……選びなさい。三人のうち、誰を殺すのか。まぁ、七美はキミの大事な恋人だから……殺すとしたら、心か卯月。心は、キミのメイドだから一番関わりの少ない卯月かな。可能性が高いのは」

「どうして、そうやって……いつもいつもいつも……いつも……ゲームのように人の命を奪う。狂ってる……」

ズリズリ……ズリズリ……。


「二分を切ったよ」

「この…くそがっ!  こんなっ」


必死に叫びながら、やっとたどり着いた。手足が使えない為、首を上げ、思い切り悪魔の足に噛みついた。広がる鉄の味。

「あと30秒……29……28……27…」

それでもこの悪魔は身動き一つせず。カウントダウンも止まらない。

頭や全身を使い、体当たりする。その時、手足を縛っていた紐が切れた。立ち上がり、まだ座ってリモコンを抱える悪魔からリモコンを奪おうとしたが、相手の力が異常に強く……俺の力じゃどうしても奪うことが出来なかった。

「21……20…19……」

「頼むよ……もう…止めてくれ……」

震える拳で悪魔の顔面をマスクの上から殴る。何度も何度もーーーー

「6……5…4」

「っ!!」

どうして倒れない。

「時間切れだ」

俺を縛っていた椅子を両手で掴み、思い切り相手の顔面に叩きつけた。砕け散る木片。相手は、リモコンを手放し、床に倒れた。

俺は、フラフラしながら、ガラスケースに歩み寄る。

七美の父親を殺した。

殺し…て…しまった………。

「七美……ごめん……俺…」

ケースの中で、スヤスヤ眠る美少女。安堵が襲い、全身の力が抜け、目の前が真っ暗になった。

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