冷やし上手な彼女

カラスヤマ

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二章

神華の王

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体に触れる何か。死体だと勘違いしたカラスに体を啄まれているのだろうか………。

目を開けると目の前に心がいた。俺と目が合い、なぜか慌てた彼女に右頬を平手打ちされた。

「痛ったっ!  な、なんだ…いきなり…」

「こっちのセリフだ。急に目を開けて…あ~……ビックリしたぁ……」

理由は分からないが、下着姿の心が頬を染めながら、俺に背を向け、着替えている。

「ここって…?」

車窓から外を見ると、そこは廃墟のような場所だった。世界大戦後の町のように建物が崩れ落ち、その無数の瓦礫からは、見たことのない植物が生えている。もちろん、そんな寂れ果てた町に人の気配はしない。

ここ、日本じゃないだろ……。

「もうこの辺りは、神華の支配エリアだから。もし、私達以外の部外者が侵入したら一秒で黒焦げ。ここの防御システムは、国家レベルだからね」

服を着た心が再び車を発進させた。

「あと十分くらいで着くからね。それまで寝てろよ。さっきもいきなり気絶しちゃうしさぁ…………心配……した」

夢?

身体中に残る鈍い痛み。神華の王。七美の父親を殴った痕が、はっきりと拳には刻まれている。スラックスの裾を捲ると、俺の足にはまだはっきりと縄紐の痕もついている。

あれは、現実だ。もしかしたら、七美の父親も番条さんのような、不思議な力が使えるのかもしれない。俺達の記憶を弄ってるのは、ほぼ間違いないだろう。

「今更だけど、帰りてぇ…………はぁ……嫌だなぁ…」

「アハハハッ!! もう、お前は神華の腹の中にいるんだよ。帰る時は、奴等の消化が終わって、糞として出る時。もう遅いって。あっ!  家が見えてきたよ」

涙が滲んだ目で前方を見ると、映画でしか見たことがないレベルの城が現れた。これが、CGではなく本物だということに驚愕した。

鉄門が巨大な口を開け、俺達を車ごと飲み込んだ。

「着いた。……ってか、大丈夫?  顔面蒼白じゃん。足は、子犬みたいに小刻みに震えてるし」

「だ、大丈夫だけど……出来ればしばらくの間、肩だけ貸してくれ」

「う…ん……」

心に補助されながら、何とか城の中に入ることが出来た。城内部の螺旋階段に腰掛け、七美と卯月さんが二人仲良くフライドポテトとたこ焼き、焼きそばを食べていた。ここへ来る途中のサービスエリアで購入したのだろう。

「すげぇ、余裕じゃん………。何なん、ほんと……。こっちは、胃が痛くて今にも吐きそうなのに……」

あの感じだと、七美も卯月さんも拉致られたことには気づいてないみたいだ。俺みたいな凡人とは違う。想像を超えた戦闘力を誇る彼女らを拉致ることなど本当に可能なのか?

俺達の前に白髪の老執事が現れた。この執事も狐の面を付け、素顔を隠していた。
両親といい、この執事も……。変わってる。

「青井魂日様。旦那様がお待ちです。どうぞ、こちらへ」

「えっ!? 俺だけですか? 七美さんとかは?」

「お連れするのは、青井様一人だけです。その他の方は、お帰りいただいても構いませんよ」

その言葉を聞いた心が俺の前に来て、執事を睨みながら、

「私は、このバカのメイドだ。コイツの身の安全を守るのが私の役目。私も連れてけ、ジジイ」

「それは、無理です。青井様。さぁ……こちらへ」

心を無視して、俺をエレベーター前に案内する執事。

殺気立つ心が動く前。俺は心の小さな頭を撫でた。

「ありがとう、心。俺なら、大丈夫だからさ。七美や卯月さんと休んで待っててよ。あっ……それと運転上手いな、お前。帰りも安全運転で頼むぜっ!!」

親指を立てた俺の左手を掴み、心は涙目で俺を見つめていた。

「ヤバくなったら、私の名を呼べ。すぐに行くから。それとーー」

執事の前に立つ心。

「牙城院(がじょういん)。もしお前達が、コイツに少しでも危害加えたら、この糞城ごと消すからな!」

突然、落ち着く匂いと柔らかい感触。右頬にキスされていた。

「コロちゃんだけじゃない。私や卯月もそのつもりだから。私達を怒らせたらどうなるか分かってるよね、キバさんも」

……………………。
………………。
…………。

エレベーター内。
牙城院と呼ばれた執事の独り言。

「旦那様に比べたら、とても……とても……」

「もし俺に何かあっても、彼女達は無事に帰してください。お願いします」

「それは約束出来ません。申し訳ございません」

赤い扉が開くと、スクリーンが見えた。

映画館?

椅子が二つだけ並んでいた。その一つにはすでに七美の父親が座っていた。

俺は、無言で悪魔の隣に座るとすぐに部屋全体の照明が落ち、名もない映画が始まったーー。
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