冷やし上手な彼女

カラスヤマ

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二章

違和感

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無声映画を無言で見つめる男二人。
映画を芸術だと感じたのは、これが初めてかもしれない。洗練され、無駄が一切ない濃ゆい内容。

「………………」

『…………………』

今も圧がすごい七美の父親と並んで映画を見る。あり得ない構図………。だが、不思議と時間が経つにつれ、隣の男が普通の大男に思え、緊張しなくなった。

「あの………先ほどは、噛んで、殴って……色々としてしまい…………すみませんでした」

『……………』

やはり、どう考えてもアレは夢じゃない。この男が、どんなトリックを使ったのかまるで分からないけど……。

「こういう映画、初めて見ましたけど面白いです」

声はなくても伝わってくる役者の凄みを感じた。新鮮さも相まって、この現実を忘れるほど夢中になっていた。

『青井君………。キミに殴られた時に決めたよ。僕の跡取りにするってね』

「へぁ?」

間抜けな、ひょろい声が飛び出た。現実にビンタされ、思わず振り向いた。

『金も権力も………この世の全てをキミに与えよう。だから、早く七美と結婚しなさい』

「いや!  あの、結婚はまだ………早いような……」

『ん?』

仮面越しでも分かる凶悪な目力。 

「ま、まだ七美さんを養っていけるだけの地盤がないですし……。高校卒業したら、働いて……金貯めて……。俺は、自分の力で七美さんを幸せにしたいんです!」

『………はぁ…』

ため息。
ヤバめなオーラを全身に浴び、正直もう映画どころの話じゃなかった。
冷や汗と悪寒にうち震えながら、何とか一時間耐え抜いた。

映画鑑賞が終わり、部屋が明るくなる。

『まー君』

一瞬、自分が呼ばれたと勘違いし、ドキッとした。

まー君と呼ばれ、姿を現したのは老齢のあの執事。深々と主にお辞儀をしている。次の命があるまで微動だにしない。…………俺をお前呼ばわりするMyメイド、心ちゃんとは大違い。


『まー君、彼の世話を頼むよ。彼は、大事な家族だからね』


ーーーー聞き間違いかと思った。


この人の口から出た『家族』という単語にしばらくの間、心を鷲掴みにされた。
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