冷やし上手な彼女

カラスヤマ

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二章

敵A

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口をソースだらけにした心が、嬉しそうに霜降り肉を頬張る。その無邪気な姿を見ていたら、少しだけ冷静になれた。

「ほらっ、口拭きな」

テーブルナプキンを手渡すと、それを見ていた心に、

「お口拭いて~」

「は?  いや……赤ちゃんじゃないんだからさ。自分でやれよ」

「気持ちは、いつも赤ちゃんだよ? バブバブ」

「ちょっと、意味が……」

その赤ちゃんメイドが、ナイフを俺に向け不気味に笑っていた。拒否すれば、無駄な血を流すことになる。それだけは、避けなければ。
仕方なく、腰を屈めて心の小さな口をゆっくり拭いた。そんな俺をジィーーーと見つめ、されるがまま。

「はい。終わったよ」

「………う… ん…」

突然、大扉が開き、マシンガンを持った黒服がぞろぞろと入ってきた。神楽咲? の兵隊が城内まで進軍してきた。

嘘だろ、おい。

「青井魂日だな? お前を、」

シュッッ!

心が後ろ向きで投げたナイフが、眉間に突き刺さり、食い気味でお亡くなりになった黒服A。
その死体を見て、動揺を隠せない黒服達の間から、濃紺のロングワンピースを着た清楚系女子が現れた。

「失礼します。私、神楽咲のメイドをしております、黒芭蕉 小豆(くろばしょう あずき)と申します。青井さん………。申し訳ないのですが、あなたにはここで死んでいただきます」

シュッッ!

黒服Aと違い、飛んできたナイフを余裕で掴んだ女。

「……と、その前にあのメイドを片付けないといけないみたいですね。青井さん、少し待っていてください。すぐに終わらせますから」

笑みを絶やさない女。怒りで頭から湯気を放ちながら、心が席を立ち上がろうとする。

「神楽咲のクソ犬が偉そうに吠えるな」

「…………クソ?」

料理群を全く気にせず、テーブル上に乗り、心の眼前に来た女が相手の顔面を蹴り飛ばした。
両手で辛うじてその蹴りをガードした心が、衝撃で吹き飛ばされた。

逃げるように女から距離をとる。

「っ!?」

「アハッ!  ダメダメね~……あなた。終わってる。色んな意味で」

心は、腕に刺さった数本の小さい針のようなモノを抜いていた。額から汗が流れている。

「私の攻撃を素手で防いだらダメ。毒針が刺さるから。……あっ! そっか。ごめんなさい。言うのが少し遅かったね。アハハハハッ!!」

「時間を稼ぐから……。お前は、逃げろ」

震えながら、部屋奥の小さな扉を指差す。先ほどまで壁だった場所。緊急時に扉が現れるらしい。

「時間を稼ぐ?   あと三分で死ぬあなたが、どうやって時間を稼ぐの?  神華のメイドが、こんなにおバカさんだったなんて驚きだわ」

腹を抱えて笑う女が、止めを刺そうと心に歩み寄る。俺は、落ちたテーブルナイフを拾うと、女を刺そうと走り出した。

「バカね~」

舞うように、一瞬で俺の背後に移動した女。氷のような声がした。

「メイドもメイドなら、その主人も大馬鹿なのね。こんなダメな男が、神華の最有力候補?   冗談でしょ~?」

死を覚悟した。

その時ーーーー。

全身に毒が回り、身動きが取れないはずの心が、笑う女の左腕を掴んでいた。

「なんで、立てるの? あなた」

「コイツは、馬鹿だけどダメじゃない。お前には、コイツの良さは死んでも分からないよ」

女が下半身に隠し持っていた毒針が容赦なく、心の体に突き刺さる。それでも心は、掴んだ手を絶対に離さない。

ボキッッ!!

枯れ枝が折れた音がした。

「うぎっ!!」

反対に曲がった腕を支えながら、逃げた。先ほどとは反対に、ゆっくりと肩で息をする女に近寄る。刺さった針が、何もしていないのに心の体から抜け落ちた。その輪郭が歪んで見える。

目の錯覚?

い…や………。

「アイツは、いずれ歴代最高の神華になる。地獄の鬼にもそう宣伝しとけ」

毒針を砕き、破裂音がする神速のパンチで腹を貫かれた女が、無言で堕ちた。

……………………………。
……………………。
………………。

再び訪れた静寂。

「……あのっ……毒……大丈夫なの?」

「何とかね。ギリギリっす!」

床に落ちたブドウをリスのように頬張りながら、ピースをする俺のメイドが、これ以上なく頼もしく感じた。

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