冷やし上手な彼女

カラスヤマ

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パパとママの出会い

初恋

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自由な時間は1分もなく、ただ勉強することだけに特化した部屋。

「はい。じゃあ、この問題分かる人っ!」

(俺以外の)塾生が、手を挙げている。
最近、サボっていたせいか、全く塾の勉強についていけなくなっていた。
分からない所が分からない悪夢の連鎖。

講師を含め、周りの人間が俺を見下している。……そんな気がして、ひどく落ち着かない二時間だった。

孤立ーーー。

塾からの帰り道。憂鬱と焦りしかなかった。このままじゃマズイことは分かるが、具体的にどうして良いか分からない。


「ねぇ、竹島?」

声の主は、同じクラスで苦手としている前園だった。
はぁ~、憂鬱が倍々に膨れ上がる。

「一緒に帰ろうよ。今日は、ママの迎えがないからさ。女の子の独り歩きは、危ないでしょ?  竹島、一応男だし。一人より、二人の方が安全だからさ」

「あぁ……うん。まぁ、別にいいけど……」

前園と二人、特に会話という会話もなく、夜道を歩く。

「?」

前園は、チラチラとこっちを見てくるが、必要以上に話しかけてくることはなかった。
いつも教室で、容赦なく俺を説教する人物とは、別人のように静か。

月が雲の中に隠れ、周りの星たちが光を放ち、主を探している。


「あのさ……前園も変異するの?  あっ、ごめん。急にこんなこと言って……」

傷つけてしまった?  零七と違って、化け物であることを触れられたくなかったかもしれない。

もう一度、謝ろうとした。

その時ーーー

「………うん。どうして分かったの?」

「お昼の時、赤いカプセル飲んでたから……」

「竹島さぁ~、見てないようで周りを見ているんだね。私のこと、いつもジロジロ見てたの?」

「な、わけあるかッ!  たまたまだし。たまたま」

「………別に……気にしない……のに……」


「え?  何?   えっ……と、化け物になるって、やっぱり恐い?」

「恐いよ。……でも誘拐されて何年も『あの施設』に閉じ込められてた頃よりは、千倍マシ。今は、人間らしい生活が出来てるし。最初は、自分の体なのに自分じゃないようで……。化け物になった自分が、誰かを傷つけるんじゃないか、殺すんじゃないかって、いつも不安だったの。でも今は、だいぶ落ち着いたよ」

「強いな。俺なんかより、何倍も強いよ。前園は」

「強くなんかないよ。私には、施設から一緒に逃げた大事なママがいる。だから、今まで頑張ってこれただけ。それに私達を保護してくれた校長もいるしね。とりあえず今は、状況が安定するまで大人しくしてるよ」

空を見上げ、ツラい過去を吐き出した前園は、惚れてしまいそうな笑顔だった。


数分後。
二人の分かれ道。

俺は前園にサヨナラを言い、再び歩き出した。

「ねぇ、竹島。零七と仲良しだよね。えっ…と……二人は付き合ってるの?」

前園は、なぜか涙目でずっと俺を見つめていた。

「付き合ってはいないよ」

周りに、零七がいないことを確認した。もしこの場にいたら、ギャーギャー騒ぐだろうから。それは、すごく厄介。

「そっか………。そうなんだ。良っ……。あっ! あのさ。零七には、気を付けた方がいいよ?   神華の人間は、かなりヤバいことしてる悪魔ばかりだし」

「悪魔?」

「忠告したから! じゃあね。また、今度一緒に帰ろ」

言い終わるより先に、前園は走って俺の前から消えた。

「速いな、足……」


ーーー俺は、零七を信じてる。

だから、心配いらない。雲の隙間から、気持ちの良い月が、やっと顔を出した。


◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆

私は、このクラスにいる竹島が気になっている。

もう……ずっと前から。


「前園さん? どうかしたの。さっきから、ボーとしてるけど」


心配そうに私の顔を覗きこむクラスメイト。


「あっ、ごめん。この問題の解き方だったよね。これは」


視線の先、窓の外を死んだ魚のような目で眺めている竹島。彼には、恐い存在だと思われているに違いない。


昼休み。


当然のように神華 零七は、竹島と一緒にご飯を食べている。


私は、この時間が一番苦痛だった。我慢出来ない。


ママが早起きして、せっかく作ってくれたお弁当。彼らが気になって、いつも味わう余裕がない。


放課後。

私は、勉強をするふりをして教室に一人残っていた。静かな教室。射し込む夕陽。


急に………。

……急……に……。


なんでかな。

悲しくなってきて、涙がこぼれた。


ガラガラガラ。


「!?」


教室に誰かが入ってきた。私は、慌てて涙を拭くと教科書で顔を隠した。


「前園さん?  勉強してるんだ。すごいな、やっぱり」

竹島だ。

顔に熱が集中するのを感じた。
この情けない泣き顔を見られたかな。


「何しに来たの?」


「忘れ物。体操着をさ」


「そう……。勉強の邪魔だから、早く出て行って」


こんなこと言いたくないのに!
なんで、私はいつも………こうなんだろう。


「うん。邪魔して、ごめん」


行かないで!

行かないでよ……。


「泣いてるの?」

彼が、ドアの前で振り返る。


「泣いてない。早く出て行って!」


「えっ、でも。目が、真っ赤だし」


「目が乾燥したの。ただ、それだけ」

まだ、彼に見られてる。恥ずかしい……。


「明日からは、俺も勉強するから。前園さんが良ければだけど。放課後、一緒に勉強しよう」


「…………離れて座ってよね。気が散るから」


「分からないとこを教えてほしいんだよ。特に数学がワケわからなくてさ。分からないとこが、分からないんだ。じゃあ、また明日!」


竹島がいなくなった教室。
明日からは、一緒に勉強が出来る。楽しみで楽しみで、興奮して。その日は全然眠れなかった。


◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆


今日は、朝から雨が降っている。
憂鬱で。頭も痛い。
それでも私は、学校に行った。竹島に会いたくて。


今度の模試が終わったら、彼に告白しよう。もう待てない。いや……私は、待ち過ぎた。
学校に着いても、調子が悪かった。熱っぽい。風邪かもしれない。


竹島は………いた。
今日も窓の外を見ている。


ねぇーーー。


外には、何があるの?

アナタには、何が見えてるの?


フラフラする頭で、何とか授業を消化した。やっと、放課後になった。


はぁ……はぁ…ぁ……。
…………………。
……………。


はぁ、やっと静かになった。いつものように、竹島と一緒に勉強した。
でも熱のせいか、内容が全く頭に入らない。


「前園さん?」


はぁ……ぁ……。


ドサッッ。


…………………。
………………………………。


気がつくと私は、保健室のベッドの上にいた。保健の末松先生が携帯ゲームをやりながら、チラチラ私を見ている。甘いリンゴ飴の匂いがした。


「あっ、目を覚ましたのね。 気分は、どう?」


「は…い……。大丈夫です」


壁時計で時間を確認する。あれから一時間半たっている。寝たせいか、気分はだいぶ良かった。


「熱は、少し下がったみたいだけど。帰れそう?」


「はい。先生、ありがとうございました」


立ち上がると、まだ少し目眩がした。
部屋の隅っこで、居心地悪そうに薬棚を見ている彼の姿が可愛かった。


「倒れたアナタを彼が、ここまで運んだのよ。ふふ……若いって羨ましいな」

私は、慌てて保健室を後にした。


帰り道。

夜が、すぐそこまで来ている。


「大丈夫?」

「……うん」

「良かった。急に倒れたから、心配したよ」

「竹島…………」

「何?」


アナタが、好きです。


「もうすぐ、模試だね!  頑張ろうね、お互い」

「うん。負けないからな」


彼の背中が見えなくなると、堪らなく寂しくなった。


◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆


運命の日。
塾の統一模試。やっと、終わった。
俺は、今までで一番の手応えを感じていた。前園さんのおかげだ。文句を言いながらも俺のバカな頭に真摯に向き合ってくれた。
お礼の一つでもしないとな。何が良いかな。う~ん。女子が、喜ぶもの。う~ん。


「……一緒に帰らない?」


前園さんだ。最近、良く会うな。


「あぁ、うん。いいよ」

「模試、どうだった?」

「意外とできた。ありがとう。テスト勉強手伝ってくれて。本当に助かったよ」

「えっ、あっ、うん。そう……。良かった。あの…さ……。ちょっと、寄り道しない?」

俺は、前園さんと二人で小さな喫茶店に入った。客は、俺達以外に一人しかいない。ゆっくりくつろげそうだ。


「竹島って…さ……。今、好きな人とかいるの?」

「まだ好きかどうか分からない……。だけど、気になる女ならいる」

「零七のこと?」

「………うん」

「わ、私は!  私は、はっきり言えるよ………。竹島のこと、好きだって」

「へ?」


冗談じゃないことは、本人の顔を見たら分かる。前園さんが、こんな俺に好意を持っていたなんて。


「私、諦めないから。絶対に零七には負けない」

「……………」

「そんなに私のこと嫌?  恐い?」

「ちがうよっ! そんなんじゃ……」

「フフ、冷めちゃうよ。紅茶」

「あっ……うん。うまいな、コレ」

「そうだね。本当に美味しい。良い香り……」


駅前で、前園さんと別れた。


今でも後悔している。あの時、前園さんの気持ちに真剣に向き合わなかったこと。そして、前園さんを家まで送り届けなかったことをーーーーー 


「じゃあね。また、明日!」

「うん。また、明日」


前園さんを見たのは、この日が最後になった。
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