冷やし上手な彼女

カラスヤマ

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パパとママの出会い

体育祭

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10月初旬。
今日は、かなり鬱な高校の体育祭。運動音痴が実装されたこの体では、せめて他の人の邪魔をしないように、影に徹する一日。

「ねぇ、ねぇ~。正義は、何に出るの?」

「卓球……。まぁ補欠中の補欠だけどな。いつもみたいに適当にやり過ごすよ」

「ふ~ん。私は、バレーやるよ。あと、最後のリレー。応援宜しくね。正義の為だけに頑張るから」

中学時代は隠していた、男子にも勝る運動スキルを持つ零七。

「あっ、その微妙な顔は……。祭りが終わったら、ひどく汗ばんで疲れた体操着姿の私にエッチなことするつもりだね?」

「まぁ……気が向いたらね」

「何よ、それ!  失礼過ぎない?  そんなに安い女じゃありません!!  神華なめないで!」

「そんなにプンプン怒るなよ。と、とにかく怪我には気をつけろよ」

「…………う…ん。ありがと」

少し頬を染めた彼女は、急ぎ足で同じクラスの輪の中へ入っていく。
見送る俺の隣に、突然現れた無機質な未来が俺達を交互に見ながら、

「あのさぁ……。勘違いなら別に良いんだけど……。二人、何かあった? なぁんかさ、雰囲気が前と違うような」

「なっ、ない!」

「…………………本当?  もし僕を騙したら、そりゃ恐ろしい未来が待ってるからね」

俺の横顔を鼻息がかかる距離で見つめる沼のように暗い彼を直視出来なかった。

「ふぁ~~~………眠ぃ。ちょっと寝てくるねぇ。いつもみたいに終わったら、起こしに来て」

脂汗をかいていた俺を置いて、未来はさっさと体育館を出て行く。

そんな彼の背にーーーー。

クスクスクスクス嘲笑いながら。未来にわざと聞こえるように悪口を言っている男達がいた。いつも尻軽女を引き連れ、校内で威張り腐ってるバスケ部の連中だ。

「なんだ? アイツは。一組は、あんなヤツしかいねぇのかよ。相変わらず、クズの集まり」

「ハハハハ、確かに。あんな協調性のないバカもいるし。いてもいなくても変わらない奴しかいねぇ」

校内一モテている未来を敵視している男は多い。彼女を奪われた奴もいる。
まぁ、やる気ゼロの未来も相当悪いが、そんなに文句があるなら直接本人の前で言えば良いのに……。なんか、イライラするな。

「どけっ! 邪魔だ、クズ」

「あっ、ごめん」

わざとぶつかり、睨み付けてきた。関わると厄介だから、彼らからなるべく離れることにした。

………………………………………。
………………………………。
………………………。

体育祭は特に問題もなく、当然活躍もなく終盤になった。

でも、最悪な出来事とは最後の最後に待っているらしい……。トイレから出てきた所を朝の頭の悪い男達に絡まれた。逃げようにも背の高い三人に進路を防がれ、どうしようもない。

「なぁ、お前。体育祭終わったら、未来を俺の前に連れてこい」

未来が、お前のような奴を相手にするわけないだろ。親の葬式でも面倒なら休むような男だ(偏見)。

「いや……出来ない。未来もそんなに暇じゃないんだよ。じゃあ、行くんで……」


「あぁ? ちょっと待て」


服を破けそうなほど掴まれ、誰もいない教室に強制連行された。
予想以上の最悪な日になりそうだ……。

「そういえば……お前さぁ、零七とかって言う巨乳女と仲良いよな? 良い体してるよなぁ、アイツ。体育祭終わったら、その女を連れてこい。疲れた俺らの相手してもらうわ。だから……まぁ、とりあえず未来はいいや。男絞めるより、抱ける女だ」

 「………ふざけるな」


ゴッ!!

生まれて初めて、人を殴った。目頭が熱く、どす黒い怒りが一瞬で全身を駆け巡った。

男達を五発程度殴った所までは覚えていた。ーーーが、情けないことに後半はその何倍も奴等に殴られて気を失った。


夕方過ぎ、とっくに体育祭は終わっていた。それでもまだ痛みの残る腹部や腕を押さえながら、足を引きずりながら教室を後にした。偶然、目の前から未来と零七が歩いてきた。零七は、約束をしたのに応援に来なかった俺を怒るつもりだったらしいが、このボロクソにやられた俺の状態を見て、怒りを忘れたみたいだ。

「どうしたの!? その傷」

「何でもない……。触るなっ!」

「えっ、でも」

「何でもないって言ってるだろっ!! しつこいんだよ、お前」

心配してくれる相手に対する、子供じみた逆ギレ。カッコ悪すぎだろ、自分……。

涙が出そうなほど、無性に恥ずかしくなった。一秒でも速くこの場を去りたかった。二人から逃げる俺を見ながら、その場で停止している両者。その表情からは、感情が読み取れない。

「…………………」

「………………………」


ーーーーーーーーーーーーーーー


誰もいない。熱気から解放された第二体育館。そこに三人の男がいた。
一人は、フリースローの真似事をしている。他の二人は、エッチな本をニタニタ笑いながら見ていた。下卑た笑い声だけが木霊する空間。その場に大袈裟な欠伸が響いた。

「……………フッ」

「なんだよ。結局、あのバカ。連れてきた。そんなに俺らのこと怖かったんだなぁ。後でちゃんと慰めてやらないとな。さっきは、糞つまんねぇ意地張りやがってよ」

ペチャクチャ、まだ何かを喋っている男達を無視し、床に落ちていたバスケットボールを片手で掴んだ欠伸少年。

「今から、僕と試合しない? 寝たから、結構元気出たし」

「試合?……バスケ部でもないお前が、俺達三人に勝てるわけねぇだろ? そもそも負けたら、どうすんだ?」

「う~ん」

悩む欠伸少年の横から、ひょこっと顔を出した美少女。

「私を好きにしていいよ」

「零七…………。クク……好きにして?  良いんだな、それで。言っておくが、俺達は本当に何でもやらすからな」

「その代わり、もし僕が勝ったら一発ずつ思い切り殴らせてよ」

「あぁ……。分かった。百パーありえねぇけどな。一つ言っておくが、俺とそこにいるアイツは卒業と同時にプロになることが内定してる。他の雑魚とはレベルが違う。まぁ、今更逃がさねぇけどな!!」

ダッ、ダン!

欠伸少年は、一瞬で背の高い男の前に立つ。

「そういうの、もういいからさ。こっちは、早くヤりたくて仕方ないんだよ」

……………………………。
……………………。
……………。

二十分後。静寂。

「あんたらさぁ、ほんとにバスケ部?」

来た時と同じように欠伸をしながら、少年は去っていく。コピーしたように同じ場所を殴られた男達は、頬の痛み以上にキツイ屈辱を味わっていた。

男は、自分の手を血が出るほど強く噛む。このままでは終われない。懐からナイフを取り出した。


「それ以上、バカしたら殺すから。それともう一つ。今度さぁ、私の彼氏を傷つけたら、下半身のブツを切り落として無理矢理食わすからね。………本当に次は、こんな甘っちょろい警告じゃ済まないから」

振り返った女の真っ赤な両目。死神のように無慈悲。
男達は、彼らとの格の違いを改めて思い知る。その場で硬直し、項垂れることしか出来なかった。

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