はじまりは朝焼け

もっくん

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不器用な二人と偽りの花火

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もう夏になっていた。
ナナは浴衣の帯を結び直しながら、鏡越しに自分の姿をじっと見つめた。薄い紫地に小さな花模様の浴衣は、母親が学生時代に着ていたものを譲り受けたものだった。前に来たのは中学生のころだったかもしれない。
久しぶりに袖を通したそれに、どこか自分でも気恥ずかしさを覚える。
(ハジメくんならどうやって反応するかな…?)
そんな思いを胸に秘めながら、ナナは花火大会の待ち合わせ場所へと向かった。
翔太から連絡が来てハジメ、ナナ、翔太の3人で花火大会に行こうと急に誘われたのだ。


しかし、翔太からのメッセージが届いたのはその道中だった。
「ごめん、なんかハジメ急用だってさ。今日は俺たちだけで行こう!」
スマホを握りしめたナナは足を止めた。ハジメが来ない。寂しいような、複雑な感情が胸の中を巡る。
(本当に急用?…私と行くの、嫌だったのかな?)
そんな不安が心に浮かびつつも、直接確認する勇気は持てなかった。
(せっかく浴衣着たのに私ってなんかハジメくんに振り回されてる?)
見当違いの不満も一瞬ハジメに向いた。
ナナもまたハジメと仲良くなり始めた頃からそれを大きく捉えることに戸惑いを感じていた。
いままでそんなに男子と二人きりで過ごしたことはない。同級生は付き合って無くても普通に二人で遊んでるし、変に好意を見せすぎるとハジメくんに迷惑かかるかも。
そもそもハジメくんが恋愛にどれだけ興味があるのかもわからないし。
だって最初のファミレスの時からずっとそれ以上を求めてこないし。

待ち合わせ場所に現れた翔太は、カジュアルな浴衣姿だった。軽快な笑顔で手を振る姿を見て、ナナは無理に気持ちを切り替えようと微笑み返した。
「おお浴衣、似合ってるじゃん!」
「ありがとうございます。でも、やっぱりハジメくんがいないのはちょっと…」
ナナが少し遠慮がちに言うと、翔太は軽く肩をすくめた。「あいつ、本当に間が悪いよな。まぁ、俺がいるし、安心して楽しんでよ!」
翔太は軽口を叩きながらナナを出店に誘った。金魚すくい、かき氷、射的。翔太が陽気に楽しむ一方で、ナナの心はどこか浮ついていた。(ハジメくんがいないのにこんなことしていいのかな。)そんな思いが胸の奥にこびりついていた。

花火が始まった。大きな音と共に夜空を彩る光のショーが、二人の間に一瞬の沈黙を作り出す。
「ねぇ、ナナちゃんってさ、ハジメのことどう思ってるの?」
翔太の突然の質問に、ナナは目を見開いた。
「どうって…友達ですよ?」
「ふーん。なんか、あいつって頼りないよな。こういうときも、せっかくのチャンス逃すとかさ。」
ナナはその言葉に少しムッとしながらも、言い返すことができなかった。
「そうかもしれないですね…彼、ちょっと物足りないところがある、というか…」
心にもないことを口にしてしまった自分に、すぐ後悔の念が湧き上がる。

そのとき、ナナのスマホが振動した。ハジメからのメッセージだった。
「古いけど面白い映画みつけたw今度見てみて!」
(え、ドタキャンのお詫びの一言もなしにそれ…)
画面を見つめるナナの困惑した表情を見た翔太が、「何かあった?」と尋ねる。
「えっと…ハジメくんからメッセージが…」とナナが言いかけると、翔太は笑顔を崩さず、「あいつ気が利かねぇよな。まぁいいじゃん、せっかくの夜なんだし!」と話題をそらした。
ナナの中に違和感が芽生えたが、今は深く考えることよりも翔太の軽いノリに飲まれているほうが楽に感じた。

花火大会の帰り道。翔太はふと立ち止まり、「ねえねえ、せっかくだからこの後もどっか行かない?」と提案した。
「え?どこかって…」
「まぁ、ホテルとか?」翔太は軽いノリで言ってのけた。
ナナは驚きと戸惑いで声を詰まらせた。「そ、そういうのはちょっと…」
「なんだよ、さっきハジメのこと物足りないとか言ってただろ?あいつはナナちゃんみたいな人にはもったいないって。俺だったらもっと大事にするのに。」
語気を荒げた翔太の言葉に、ナナは目を伏せた。ハジメのことが頭をよぎったが、「最初から自分がそこまで思われているはずがない」と無意識に自分を責めてしまう。
翔太の強引な言葉に押し切られる形で、はっきり断れないままナナと翔太はホテルの前まで来てしまっていた。心の中で何度も「違う、こんなのダメだ」と叫びながらも、二人はもうホテルの入り口の前に立ち止まっていた。



翌朝、
翔太とナナは無言のまま別れた。
花火大会は昨夜だったのにナナはしわくちゃの浴衣で始発列車に乗っている。
電車の窓越しに朝焼けが見えていた。
(これくらいのことは同級生はみんなしてるんだし…)心の中に何とも言えない重さを感じながら、自宅のドアを開けた。その後、彼女はスマホの画面を改めて見つめたまま重苦しい感情に押しつぶされていた。
夜更けになるまで無邪気に映画を紹介するハジメの他愛のないメッセージが並んでいた。「今から見る?リンク送るよ。」の送信時刻は花火大会の真っ最中だ。
「ごめんもしかして寝てる?興味ない映画の話しちゃってごめんね。」の送信時刻はナナが翔太に初めてを捧げていたまさにその時間帯だった。

ハジメはそもそも花火大会なんて誘われてもいなかった。
翔太は最初からハジメをダシに使ってナナを誘い出し、当日は二人きりで花火大会を楽しみ、ちょっといい雰囲気を醸し出して強引にそのまま最後まで押し切った、というわけである。

翔太と過ごしたその夜のことは、ナナの胸に深く残る傷跡となった。
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