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序章
05.婚約破棄のその後(2)
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アレクシオスが年頃を迎えると共に、王は閨事専門の教師をつけ、正しい知識をアレクシオスに学ばせた。――だからこそ、アレクシオスがきちんと理解していると信じていた。
その頃には既にシエラローズとの婚約が決まっていたため、殊更厳しく教えるよう命じてあった。万が一のことがあってはならないと危惧していたから。
それなのに――アレクシオスは事もあろうにマリベルと過ちを犯した。よりにもよってシエラローズとの婚約期間中に。
パルシェフィード国では、神の教えに則って婚前交渉や不貞を禁忌としているが、厳密には法で禁じられていない。そのため、罰せられる事は無いからと一部の者たちの間では罷り通っており、貧民街では商売として成り立っているところもある。
だからこそ、彼らは興味本位の軽い気持ちだったのかもしれない。二人の関係を知らしめるため、引き離されないようにするための策だったのかもしれない。
しかし、この事は重大な過ちである。万が一、マリベルとの間に子が生まれることになった場合、起こり得る問題を彼らは一度でも考えたのだろうか、と王は思う。
彼らは平民ではない。ましてやアレクシオスは王族の一員である。民の手本となるべく、浅慮な行動は慎まなければならない。
故あって立太子していないものの、現在、このパルシェフィード国の第二王子という立場にある、アレクシオスの元に生まれる子には、否が応にも王位継承権が発生してしまう。例えそれが婚外子であろうとも――
王は自身の考えに集中してしまい、途中からシエラローズの言葉を聞き流してしまっていた。
――だから、油断していた。
「私は、お二人がいつか隠れて交接なさるつもりなのではないかと危惧して――」
シエラローズの言葉に、ほんの一瞬、ごく僅かに王の右頬が引き攣った。
王が考えに耽っていた間も目を逸らすことなく話し続けていたシエラローズは、その瞬間を見逃さなかった。
「――おりましたので、ご忠告するつもりでしたが、そのご様子ですともう手遅れのようですね」
シエラローズは小さく嘆息した。
アレクシオスがシエラローズに婚約破棄を告げたのは、つい先程のことである。
シエラローズがサロンに到着した際、アレクシオスとマリベルの二人は既にサロンの中にいた。それから彼らはサロンの外へ出ることなく、しばらく談笑した後、アレクシオスはシエラローズに婚約破棄を告げた。
では、彼らの交接がいつ行われたのかというと、サロンに入るより前でしか無いとシエラローズはすぐに理解した。
シエラローズとの婚約期間中にアレクシオスが不義を働いた。
(……そうですか。やはり、あの親密そうな雰囲気は、そういうことでしたのね……)
これまでアレクシオスは、パーティー等のエスコート以外で、婚約者であるシエラローズの体に触れるようなことはしたことがない。
常に己の傍に置くほど溺愛していたマリベルに対しても、一定の距離は保っていた。例え肩が触れる程接近していたとしても、それ以上の接触はしていなかった。――シエラローズの目が届く範囲では。
それが先程のサロンでは、アレクシオスが堂々とマリベルの肩を抱いて密着していた。シエラローズはこの事で、近々二人が交接するのではないかと予測し、王に忠告するべきだと判断した。
婚約者がいるにも関わらず、他の令嬢に目移りするような男であっても、アレクシオスは王族の人間である。第二王子としての矜持を持つ男であったからこそ、過ちを犯す前に引き返すことができるはずだと、シエラローズは思っていた。
愛情など微塵も持ち合わせていなかったとしても、婚約者という関係になった相手だから、最後の一線は守るものだと信じていた。少なくともシエラローズとの婚約を解消するまでは、ただ親密になるだけだと思っていた。
(まさか、そこまで愚かだったとは……)
他の子息のようにただマリベルに入れ込んで、現を抜かしていただけだったなら、何も言うことは無かった。例え神であろうとも人の気持ちを操作することなどできないのだから。
だからこそ、本人が自身で過ちに気づくまで待つ猶予も持ち合わせていた。マリベルが現れた時、シエラローズがアレクシオスを試したのは、アレクシオスが自らの過ちに気づくかどうか賭けてみようと思ったから。
しかし、シエラローズの信頼は裏切られてしまった。悲しみは湧いてこない。悔しさでも怒りでもない。ただ、裏切られたという思いが漠然と込み上げてきただけ。
「やはり、アレクシオス殿下はこの国の王となる資格をお持ちでない。ご自身の行動が周囲にどのような影響を及ぼすのか、あの方は自分で気づくべきでした」
シエラローズが纏う空気が変わる。
王は覚悟を決めて目を閉じた。
近衛騎士は不吉な予感を覚え、固唾を呑んで成り行きを見守る。
「パルシェフィード国王陛下。私、シエラローズ・ミルフローリアは、女神フローラの巫女――パルシェフィード国の聖女として、貴殿に命じます。パルシェフィード国第二王子、アレクシオス・パルシェフィードの王位継承権を剥奪しなさい」
シエラローズの静謐で凛とした声が謁見の間に響き渡る。
その場にいる誰もが異論を唱えることは許されない、そんな張り詰めた空気が辺りを満たす。
王は徐に立ち上がり玉座から降りると、その場で膝をつき、シエラローズに向かってゆっくりと首を垂れた。
「聖女様の仰せのままに」
パルシェフィード国の聖女は女神フローラの遣いであり、唯一神の言葉を聞くことのできる巫女である。そのため、パルシェフィード国王にとって、聖女の言葉は神の言葉と同義となる。
聖女が聖女として名乗りを上げて王に命じるならば、王は聖女の――女神フローラの忠実な僕として、聖女の言葉にただ服従するのみ。
そして、近衛騎士たちも王に倣ってその場で膝をつき、首を垂れて聖女シエラローズに服従の意を示した。
その頃には既にシエラローズとの婚約が決まっていたため、殊更厳しく教えるよう命じてあった。万が一のことがあってはならないと危惧していたから。
それなのに――アレクシオスは事もあろうにマリベルと過ちを犯した。よりにもよってシエラローズとの婚約期間中に。
パルシェフィード国では、神の教えに則って婚前交渉や不貞を禁忌としているが、厳密には法で禁じられていない。そのため、罰せられる事は無いからと一部の者たちの間では罷り通っており、貧民街では商売として成り立っているところもある。
だからこそ、彼らは興味本位の軽い気持ちだったのかもしれない。二人の関係を知らしめるため、引き離されないようにするための策だったのかもしれない。
しかし、この事は重大な過ちである。万が一、マリベルとの間に子が生まれることになった場合、起こり得る問題を彼らは一度でも考えたのだろうか、と王は思う。
彼らは平民ではない。ましてやアレクシオスは王族の一員である。民の手本となるべく、浅慮な行動は慎まなければならない。
故あって立太子していないものの、現在、このパルシェフィード国の第二王子という立場にある、アレクシオスの元に生まれる子には、否が応にも王位継承権が発生してしまう。例えそれが婚外子であろうとも――
王は自身の考えに集中してしまい、途中からシエラローズの言葉を聞き流してしまっていた。
――だから、油断していた。
「私は、お二人がいつか隠れて交接なさるつもりなのではないかと危惧して――」
シエラローズの言葉に、ほんの一瞬、ごく僅かに王の右頬が引き攣った。
王が考えに耽っていた間も目を逸らすことなく話し続けていたシエラローズは、その瞬間を見逃さなかった。
「――おりましたので、ご忠告するつもりでしたが、そのご様子ですともう手遅れのようですね」
シエラローズは小さく嘆息した。
アレクシオスがシエラローズに婚約破棄を告げたのは、つい先程のことである。
シエラローズがサロンに到着した際、アレクシオスとマリベルの二人は既にサロンの中にいた。それから彼らはサロンの外へ出ることなく、しばらく談笑した後、アレクシオスはシエラローズに婚約破棄を告げた。
では、彼らの交接がいつ行われたのかというと、サロンに入るより前でしか無いとシエラローズはすぐに理解した。
シエラローズとの婚約期間中にアレクシオスが不義を働いた。
(……そうですか。やはり、あの親密そうな雰囲気は、そういうことでしたのね……)
これまでアレクシオスは、パーティー等のエスコート以外で、婚約者であるシエラローズの体に触れるようなことはしたことがない。
常に己の傍に置くほど溺愛していたマリベルに対しても、一定の距離は保っていた。例え肩が触れる程接近していたとしても、それ以上の接触はしていなかった。――シエラローズの目が届く範囲では。
それが先程のサロンでは、アレクシオスが堂々とマリベルの肩を抱いて密着していた。シエラローズはこの事で、近々二人が交接するのではないかと予測し、王に忠告するべきだと判断した。
婚約者がいるにも関わらず、他の令嬢に目移りするような男であっても、アレクシオスは王族の人間である。第二王子としての矜持を持つ男であったからこそ、過ちを犯す前に引き返すことができるはずだと、シエラローズは思っていた。
愛情など微塵も持ち合わせていなかったとしても、婚約者という関係になった相手だから、最後の一線は守るものだと信じていた。少なくともシエラローズとの婚約を解消するまでは、ただ親密になるだけだと思っていた。
(まさか、そこまで愚かだったとは……)
他の子息のようにただマリベルに入れ込んで、現を抜かしていただけだったなら、何も言うことは無かった。例え神であろうとも人の気持ちを操作することなどできないのだから。
だからこそ、本人が自身で過ちに気づくまで待つ猶予も持ち合わせていた。マリベルが現れた時、シエラローズがアレクシオスを試したのは、アレクシオスが自らの過ちに気づくかどうか賭けてみようと思ったから。
しかし、シエラローズの信頼は裏切られてしまった。悲しみは湧いてこない。悔しさでも怒りでもない。ただ、裏切られたという思いが漠然と込み上げてきただけ。
「やはり、アレクシオス殿下はこの国の王となる資格をお持ちでない。ご自身の行動が周囲にどのような影響を及ぼすのか、あの方は自分で気づくべきでした」
シエラローズが纏う空気が変わる。
王は覚悟を決めて目を閉じた。
近衛騎士は不吉な予感を覚え、固唾を呑んで成り行きを見守る。
「パルシェフィード国王陛下。私、シエラローズ・ミルフローリアは、女神フローラの巫女――パルシェフィード国の聖女として、貴殿に命じます。パルシェフィード国第二王子、アレクシオス・パルシェフィードの王位継承権を剥奪しなさい」
シエラローズの静謐で凛とした声が謁見の間に響き渡る。
その場にいる誰もが異論を唱えることは許されない、そんな張り詰めた空気が辺りを満たす。
王は徐に立ち上がり玉座から降りると、その場で膝をつき、シエラローズに向かってゆっくりと首を垂れた。
「聖女様の仰せのままに」
パルシェフィード国の聖女は女神フローラの遣いであり、唯一神の言葉を聞くことのできる巫女である。そのため、パルシェフィード国王にとって、聖女の言葉は神の言葉と同義となる。
聖女が聖女として名乗りを上げて王に命じるならば、王は聖女の――女神フローラの忠実な僕として、聖女の言葉にただ服従するのみ。
そして、近衛騎士たちも王に倣ってその場で膝をつき、首を垂れて聖女シエラローズに服従の意を示した。
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