氷の薔薇人形は笑わない

胡桃

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第一章

06.聖女シエラローズ(4)

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 ――婚約破棄騒動から一夜明けた早朝。


 夜明けを知らせる鐘の音と共にシエラローズは、パルシェフィード国の中心部――王都ルーデンスにあるミルフローリア公爵家のやしきを後にした。

 王都では、毎日夜明けと共に城下町の門を開き、各地から訪れて来る行商などの出入りが始まる。

 そして、王都教会も同じ時刻に門扉を開き、礼拝に訪れる民を迎え入れ始める事が定められていた。

 現状、シエラローズが聖女であると民に知られるわけにはいかないという事で、礼拝者が一番少ない時間帯となる開門直後に教会を訪れるようにしているからだ。


 (今朝は少し肌寒いのね……)


 シエラローズは、邸を出る際に侍女から体を冷やさないようにと肩に掛けられた濃紺色のストールのあわせにそっと手を添えた。

 そのストールは、ミルフローリア公爵邸から王都教会まではさほど離れていないからと、いつも徒歩で移動するシエラローズを気遣って用意された物である。

 まだ薄暗く人通りもほとんどない街道を迷いのない足取りで歩き進めるシエラローズの後ろには、王城の近衛騎士とよく似た黒い兵士服に身を包んだ青年が一人、付かず離れずの距離で歩いていた。

 眼光鋭く、一分いちぶの隙も見せない、その青年の名はルード。

 彼は五年前、シエラローズが聖女の役目を引き継いだ日から、これまでずっと行動を共にしているシエラローズ専属の護衛である。

 シエラローズが十二歳というまだ幼いとも言える年頃で聖女の役目を引き継いだ時、十八歳になったばかりの彼がパルシェフィード国王から斡旋され、聖女シエラローズの専属護衛という立場に収まった。

 ルードは当時から長身で体格が良く、成人直後という年齢若さでありながらも、剣術や武術に長けている武人の鑑のような人物であった。

 寡黙で無愛想だが勤勉で忠誠心に篤く、護衛対象シエラローズの安全を守る事を第一に、己の職務を全うする。

 無駄話をいとうため、シエラローズはルードと個人的な会話を交わした事は無いが、彼が傍にいると安心できると感じていた。

 それは、何があろうとルードは必ずシエラローズを守ってくれると信頼しているからだと言えるだろう。


 (信頼、ね……)


 シエラローズはそっと目だけを動かし、背後のルードの様子を窺った。


 (言葉を交わした事は、数える程しか無いのだけど……)


 シエラローズにとっては、元婚約者であった第二王子アレクシオスより信頼できる人物だと言えるだろう。

 何故なら、シエラローズが知る限り、ルードは己の責務を果たす為に必要とあれば手段を選ばず、例えおのが身を削る事になろうといとわず行動する気概を持つ男であるから。

 第二王子であるという矜持を持ちながらも、自尊心ばかりが高く、国や民のためになる事よりも己の保身を優先し、我を通す事――己の欲望を満たす事ばかり考えているアレクシオスとは違う。

 それは婚約者として引き合わされた時から変わらなかった。

 パルシェフィード国王は、アレクシオスのそういった性質を理解しながらも、シエラローズの婚約者に定める事を決意した。

 それ以外の選択肢が無かったから。

 シエラローズと婚約する事で、少しでもアレクシオスの性質が変わる事を望んだから。


 (……その目論見は、たった五年で儚くも打ち崩されてしまった)


 シエラローズ自身も、そうあって欲しいと願っていたからこそ、この結果は残念であった。

 思わず『救いようのない馬鹿』などという、品の無い表現を使ってしまう程には幻滅しているけれど。


「お嬢様、如何なさいましたか?」


 シエラローズの機微に聡いルードは、その微かな憂いに気づくと素早く距離を縮め、周囲を警戒しながらシエラローズを庇うような位置に着き、低く彼女へ問い掛けた。


「……いいえ、何も」


 シエラローズは短く否定する。


「左様ですか……」


 ルードはしばらくシエラローズの様子と周囲を窺い、異変や危険が無いと分かると小さく礼をして定位置に戻っていく。


 (……勘が良いというのも困るわね)


 シエラローズは嘆息したいのを堪えながら、真っ直ぐ前を見据えて歩みを進めた。
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