12 / 17
第一章
06.聖女シエラローズ(4)
しおりを挟む
――婚約破棄騒動から一夜明けた早朝。
夜明けを知らせる鐘の音と共にシエラローズは、パルシェフィード国の中心部――王都ルーデンスにあるミルフローリア公爵家の邸を後にした。
王都では、毎日夜明けと共に城下町の門を開き、各地から訪れて来る行商などの出入りが始まる。
そして、王都教会も同じ時刻に門扉を開き、礼拝に訪れる民を迎え入れ始める事が定められていた。
現状、シエラローズが聖女であると民に知られるわけにはいかないという事で、礼拝者が一番少ない時間帯となる開門直後に教会を訪れるようにしているからだ。
(今朝は少し肌寒いのね……)
シエラローズは、邸を出る際に侍女から体を冷やさないようにと肩に掛けられた濃紺色のストールの袷にそっと手を添えた。
そのストールは、ミルフローリア公爵邸から王都教会まではさほど離れていないからと、いつも徒歩で移動するシエラローズを気遣って用意された物である。
まだ薄暗く人通りもほとんどない街道を迷いのない足取りで歩き進めるシエラローズの後ろには、王城の近衛騎士とよく似た黒い兵士服に身を包んだ青年が一人、付かず離れずの距離で歩いていた。
眼光鋭く、一分の隙も見せない、その青年の名はルード。
彼は五年前、シエラローズが聖女の役目を引き継いだ日から、これまでずっと行動を共にしているシエラローズ専属の護衛である。
シエラローズが十二歳というまだ幼いとも言える年頃で聖女の役目を引き継いだ時、十八歳になったばかりの彼がパルシェフィード国王から斡旋され、聖女シエラローズの専属護衛という立場に収まった。
ルードは当時から長身で体格が良く、成人直後という年齢でありながらも、剣術や武術に長けている武人の鑑のような人物であった。
寡黙で無愛想だが勤勉で忠誠心に篤く、護衛対象の安全を守る事を第一に、己の職務を全うする。
無駄話を厭うため、シエラローズはルードと個人的な会話を交わした事は無いが、彼が傍にいると安心できると感じていた。
それは、何があろうとルードは必ずシエラローズを守ってくれると信頼しているからだと言えるだろう。
(信頼、ね……)
シエラローズはそっと目だけを動かし、背後のルードの様子を窺った。
(言葉を交わした事は、数える程しか無いのだけど……)
シエラローズにとっては、元婚約者であった第二王子アレクシオスより信頼できる人物だと言えるだろう。
何故なら、シエラローズが知る限り、ルードは己の責務を果たす為に必要とあれば手段を選ばず、例え己が身を削る事になろうと厭わず行動する気概を持つ男であるから。
第二王子であるという矜持を持ちながらも、自尊心ばかりが高く、国や民のためになる事よりも己の保身を優先し、我を通す事――己の欲望を満たす事ばかり考えているアレクシオスとは違う。
それは婚約者として引き合わされた時から変わらなかった。
パルシェフィード国王は、アレクシオスのそういった性質を理解しながらも、シエラローズの婚約者に定める事を決意した。
それ以外の選択肢が無かったから。
シエラローズと婚約する事で、少しでもアレクシオスの性質が変わる事を望んだから。
(……その目論見は、たった五年で儚くも打ち崩されてしまった)
シエラローズ自身も、そうあって欲しいと願っていたからこそ、この結果は残念であった。
思わず『救いようのない馬鹿』などという、品の無い表現を使ってしまう程には幻滅しているけれど。
「お嬢様、如何なさいましたか?」
シエラローズの機微に聡いルードは、その微かな憂いに気づくと素早く距離を縮め、周囲を警戒しながらシエラローズを庇うような位置に着き、低く彼女へ問い掛けた。
「……いいえ、何も」
シエラローズは短く否定する。
「左様ですか……」
ルードはしばらくシエラローズの様子と周囲を窺い、異変や危険が無いと分かると小さく礼をして定位置に戻っていく。
(……勘が良いというのも困るわね)
シエラローズは嘆息したいのを堪えながら、真っ直ぐ前を見据えて歩みを進めた。
夜明けを知らせる鐘の音と共にシエラローズは、パルシェフィード国の中心部――王都ルーデンスにあるミルフローリア公爵家の邸を後にした。
王都では、毎日夜明けと共に城下町の門を開き、各地から訪れて来る行商などの出入りが始まる。
そして、王都教会も同じ時刻に門扉を開き、礼拝に訪れる民を迎え入れ始める事が定められていた。
現状、シエラローズが聖女であると民に知られるわけにはいかないという事で、礼拝者が一番少ない時間帯となる開門直後に教会を訪れるようにしているからだ。
(今朝は少し肌寒いのね……)
シエラローズは、邸を出る際に侍女から体を冷やさないようにと肩に掛けられた濃紺色のストールの袷にそっと手を添えた。
そのストールは、ミルフローリア公爵邸から王都教会まではさほど離れていないからと、いつも徒歩で移動するシエラローズを気遣って用意された物である。
まだ薄暗く人通りもほとんどない街道を迷いのない足取りで歩き進めるシエラローズの後ろには、王城の近衛騎士とよく似た黒い兵士服に身を包んだ青年が一人、付かず離れずの距離で歩いていた。
眼光鋭く、一分の隙も見せない、その青年の名はルード。
彼は五年前、シエラローズが聖女の役目を引き継いだ日から、これまでずっと行動を共にしているシエラローズ専属の護衛である。
シエラローズが十二歳というまだ幼いとも言える年頃で聖女の役目を引き継いだ時、十八歳になったばかりの彼がパルシェフィード国王から斡旋され、聖女シエラローズの専属護衛という立場に収まった。
ルードは当時から長身で体格が良く、成人直後という年齢でありながらも、剣術や武術に長けている武人の鑑のような人物であった。
寡黙で無愛想だが勤勉で忠誠心に篤く、護衛対象の安全を守る事を第一に、己の職務を全うする。
無駄話を厭うため、シエラローズはルードと個人的な会話を交わした事は無いが、彼が傍にいると安心できると感じていた。
それは、何があろうとルードは必ずシエラローズを守ってくれると信頼しているからだと言えるだろう。
(信頼、ね……)
シエラローズはそっと目だけを動かし、背後のルードの様子を窺った。
(言葉を交わした事は、数える程しか無いのだけど……)
シエラローズにとっては、元婚約者であった第二王子アレクシオスより信頼できる人物だと言えるだろう。
何故なら、シエラローズが知る限り、ルードは己の責務を果たす為に必要とあれば手段を選ばず、例え己が身を削る事になろうと厭わず行動する気概を持つ男であるから。
第二王子であるという矜持を持ちながらも、自尊心ばかりが高く、国や民のためになる事よりも己の保身を優先し、我を通す事――己の欲望を満たす事ばかり考えているアレクシオスとは違う。
それは婚約者として引き合わされた時から変わらなかった。
パルシェフィード国王は、アレクシオスのそういった性質を理解しながらも、シエラローズの婚約者に定める事を決意した。
それ以外の選択肢が無かったから。
シエラローズと婚約する事で、少しでもアレクシオスの性質が変わる事を望んだから。
(……その目論見は、たった五年で儚くも打ち崩されてしまった)
シエラローズ自身も、そうあって欲しいと願っていたからこそ、この結果は残念であった。
思わず『救いようのない馬鹿』などという、品の無い表現を使ってしまう程には幻滅しているけれど。
「お嬢様、如何なさいましたか?」
シエラローズの機微に聡いルードは、その微かな憂いに気づくと素早く距離を縮め、周囲を警戒しながらシエラローズを庇うような位置に着き、低く彼女へ問い掛けた。
「……いいえ、何も」
シエラローズは短く否定する。
「左様ですか……」
ルードはしばらくシエラローズの様子と周囲を窺い、異変や危険が無いと分かると小さく礼をして定位置に戻っていく。
(……勘が良いというのも困るわね)
シエラローズは嘆息したいのを堪えながら、真っ直ぐ前を見据えて歩みを進めた。
3
あなたにおすすめの小説
愛された側妃と、愛されなかった正妃
編端みどり
恋愛
隣国から嫁いだ正妃は、夫に全く相手にされない。
夫が愛しているのは、美人で妖艶な側妃だけ。
連れて来た使用人はいつの間にか入れ替えられ、味方がいなくなり、全てを諦めていた正妃は、ある日側妃に子が産まれたと知った。自分の子として育てろと無茶振りをした国王と違い、産まれたばかりの赤ん坊は可愛らしかった。
正妃は、子育てを通じて強く逞しくなり、夫を切り捨てると決めた。
※カクヨムさんにも掲載中
※ 『※』があるところは、血の流れるシーンがあります
※センシティブな表現があります。血縁を重視している世界観のためです。このような考え方を肯定するものではありません。不快な表現があればご指摘下さい。
五歳の時から、側にいた
田尾風香
恋愛
五歳。グレースは初めて国王の長男のグリフィンと出会った。
それからというもの、お互いにいがみ合いながらもグレースはグリフィンの側にいた。十六歳に婚約し、十九歳で結婚した。
グリフィンは、初めてグレースと会ってからずっとその姿を追い続けた。十九歳で結婚し、三十二歳で亡くして初めて、グリフィンはグレースへの想いに気付く。
前編グレース視点、後編グリフィン視点です。全二話。後編は来週木曜31日に投稿します。
私が王子との結婚式の日に、妹に毒を盛られ、公衆の面前で辱められた。でも今、私は時を戻し、運命を変えに来た。
MayonakaTsuki
恋愛
王子との結婚式の日、私は最も信頼していた人物――自分の妹――に裏切られた。毒を盛られ、公開の場で辱められ、未来の王に拒絶され、私の人生は血と侮辱の中でそこで終わったかのように思えた。しかし、死が私を迎えたとき、不可能なことが起きた――私は同じ回廊で、祭壇の前で目を覚まし、あらゆる涙、嘘、そして一撃の記憶をそのまま覚えていた。今、二度目のチャンスを得た私は、ただ一つの使命を持つ――真実を突き止め、奪われたものを取り戻し、私を破滅させた者たちにその代償を払わせる。もはや、何も以前のままではない。何も許されない。
完結 私の人生に貴方は要らなくなった
音爽(ネソウ)
恋愛
同棲して3年が過ぎた。
女は将来に悩む、だが男は答えを出さないまま……
身を固める話になると毎回と聞こえない振りをする、そして傷つく彼女を見て男は満足そうに笑うのだ。
夫が運命の番と出会いました
重田いの
恋愛
幼馴染のいいなづけとして育ってきた銀狼族の族長エーリヒと、妻ローゼマリー。
だがエーリヒに運命の番が現れたことにより、二人は離別する。
しかし二年後、修道院に暮らすローゼマリーの元へエーリヒが現れ――!?
愛する義兄に憎まれています
ミカン♬
恋愛
自分と婚約予定の義兄が子爵令嬢の恋人を両親に紹介すると聞いたフィーナは、悲しくて辛くて、やがて心は闇に染まっていった。
義兄はフィーナと結婚して侯爵家を継ぐはずだった、なのにフィーナも両親も裏切って真実の愛を貫くと言う。
許せない!そんなフィーナがとった行動は愛する義兄に憎まれるものだった。
2023/12/27 ミモザと義兄の閑話を投稿しました。
ふわっと設定でサクっと終わります。
他サイトにも投稿。
【完結】公爵家の秘密の愛娘
ゆきむらさり
恋愛
〔あらすじ〕📝グラント公爵家は王家に仕える名門の家柄。
過去の事情により、今だに独身の当主ダリウス。国王から懇願され、ようやく伯爵未亡人との婚姻を決める。
そんな時、グラント公爵ダリウスの元へと現れたのは1人の少女アンジェラ。
「パパ……私はあなたの娘です」
名乗り出るアンジェラ。
◇
アンジェラが現れたことにより、グラント公爵家は一変。伯爵未亡人との再婚もあやふや。しかも、アンジェラが道中に出逢った人物はまさかの王族。
この時からアンジェラの世界も一変。華やかに色付き出す。
初めはよそよそしいグラント公爵ダリウス(パパ)だが、次第に娘アンジェラを気に掛けるように……。
母娘2代のハッピーライフ&淑女達と貴公子達の恋模様💞
🔶設定などは独自の世界観でご都合主義となります。ハピエン💞
🔶稚拙ながらもHOTランキング(最高20位)に入れて頂き(2025.5.9)、ありがとうございます🙇♀️
余命わずかな私は、好きな人に愛を伝えて素っ気なくあしらわれる日々を楽しんでいる
ラム猫
恋愛
王城の図書室で働くルーナは、見た目には全く分からない特殊な病により、余命わずかであった。悲観はせず、彼女はかねてより憧れていた冷徹な第一騎士団長アシェンに毎日愛を告白し、彼の困惑した反応を見ることを最後の人生の楽しみとする。アシェンは一貫してそっけない態度を取り続けるが、ルーナのひたむきな告白は、彼の無関心だった心に少しずつ波紋を広げていった。
※『小説家になろう』様『カクヨム』様にも同じ作品を投稿しています
※全十七話で完結の予定でしたが、勝手ながら二話ほど追加させていただきます。公開は同時に行うので、完結予定日は変わりません。本編は十五話まで、その後は番外編になります。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる