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第一章
07.聖女シエラローズ(5)
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王都教会は、パルシェフィード国内に建立されている教会の中で一番大きな造りをしている。
それは修道士や修道女の見習いたちの修練場ともなっているため、王都教会に所属する修道士や修道女の他、見習いたちが住まう宿舎や自給自足のための畑などの敷地も併設されているからであった。
そして、一般には知られていないが、この王都教会にのみ、悪魔に魅入られ国家叛逆などの重罪を犯した者たちを収容するための地下牢が存在している。
その場所は聖女の結界に覆われている上、唯一の出入口の周囲には魔石が埋め込まれ、その魔石にこめられた認識阻害の秘術によって隠されていた。
そして、それらの魔石を制御するための特殊な加工を施された魔石を持つ者以外は、その出入口の存在を目にする事ができないようになっているのだ。
この事は見習いたちには知らされず、王都教会関係者の中では司教の他、収監者たちの世話役となったごく一部の修道士及び修道女にしか知らされていない。
教会関係者以外では、国王や王妃、聖女シエラローズがその存在を知っているが、第二王子であるアレクシオスには一切知らされていなかった。
更に、この地下牢の存在は国にとって重大な機密事項に当たるため、書類上では何も残されておらず、口伝のみで受け継がれている。
故に王族は次期国王となる者が立太子した際に極秘裏で伝えられ、その伴侶となる妃には王太子が玉座を継ぎ戴冠した後でなければ伝えられる事は無い。
現状、アレクシオスが立太子していない理由の一つとして、この件が含まれている事も、国王と王妃、聖女だけが知る事である。
ちなみに、悪魔が関与していない犯罪者は王宮にある地下牢に収容され、各々の処刑を待つ事になっており、その経緯も行く末も全て国民に開示されるが、王都教会の地下牢に収容された者に関しては緘口令が敷かれ、その事実や処刑に関する事項は一切秘匿されている。
教会の地下牢に収容される犯罪者たちの共通点は、悪魔に魅入られてしまう程、恨みつらみなどの負の感情が強く、他の者と同じ空間に居るだけで連鎖作用を起こし、負の感情を増幅させてしまうという非常に危険性の高い特徴であった。
そのため、他と隔離する必要があり、数代前の国王が当時の司教や聖女と協力して、女神フローラと聖女の力が強く介在する王都教会に地下牢とそれらを秘匿するための仕組みを造り上げたと伝聞されている。
シエラローズは、朝の礼拝に訪れた者たちに紛れて祈りを捧げた後、人目につかないようひっそりと移動し、特例としてこの地下牢の存在を知る護衛を伴いながら地下牢への出入口を潜った。
◇ ◇ ◇
――ガシャン!!
シエラローズたちが地下へ続く階段を降りていくと、その気配を察した収監者たちが各々の反応を見せた。
ある者は聖女の気配に怯え、赦しを乞うて泣き喚き、ある者は柵へ飛びつき、聞くに堪えない内容の罵声を上げ始める。
その中でも一際激しく反発を見せるのは、最奥の牢に厳重に収容されている者であった。
この牢の周囲にのみ、更なる結界が張られているが、音や声を防ぐものでは無いため、牢の中から罵声を浴びせられる事は避けられない。
「シィィィィエ~ラローズゥゥゥゥ~!! お前だけは許さないィィィッ!! お前は!! 私がァァァッ!!」
ガリガリに痩せ細った老婆のような姿の女が、柵にへばりつきシエラローズを睨みつけ、獣の咆哮のような罵声を上げる。
「お前さえ……お前さえ居なければ、私はっ……!! クソッ!! ここから出せっ!! 今度こそ、今度こそ私がお前をっ!! 殺してやるゥゥゥゥッ!!」
――ガシャッ!! ガシャガシャン!!
「出せっ!! ここを開けろォォォォッ!!」
女は両手で掴んだ柵を激しく揺さぶりながら、シエラローズに向かって口汚く罵声を上げ続けているが、その瞳は昏く、焦点が合っていないため、既にシエラローズの姿を捉えてはいない。
「リリーナ様、本日のお加減は如何でしょうか?」
シエラローズは静かに淡々と女に呼び掛ける。
「お前さえ居なければ、お前が……お前がっ!!」
女はシエラローズの言葉には耳を貸さず、延々と恨み言を吐き続けるだけ。
(今朝も駄目なようね……)
シエラローズはしばらく女の様子を窺った後、小さく嘆息すると静かに踵を返し、帰るべく歩き出す。
この間、一言も言葉を発する事なく付き添っていたルードは、女の様子を警戒しつつシエラローズに追従した。
「シエラローズゥゥゥゥッ!! 私はお前を許さない!! 早くここから出せェェェェェッ!!」
女はシエラローズが立ち去っていく事にも気づかないまま、延々と喚き続けている。
シエラローズは、その声を背中で受け止めながら、ただ前だけを見つめて歩いていく。
かつて、聖女と呼ばれた女――先代聖女リリーナの悪魔に蝕まれた姿を前に、為す術が無いまま五年も経ってしまった事に、シエラローズは己の力不足を実感するばかりであった。
それは修道士や修道女の見習いたちの修練場ともなっているため、王都教会に所属する修道士や修道女の他、見習いたちが住まう宿舎や自給自足のための畑などの敷地も併設されているからであった。
そして、一般には知られていないが、この王都教会にのみ、悪魔に魅入られ国家叛逆などの重罪を犯した者たちを収容するための地下牢が存在している。
その場所は聖女の結界に覆われている上、唯一の出入口の周囲には魔石が埋め込まれ、その魔石にこめられた認識阻害の秘術によって隠されていた。
そして、それらの魔石を制御するための特殊な加工を施された魔石を持つ者以外は、その出入口の存在を目にする事ができないようになっているのだ。
この事は見習いたちには知らされず、王都教会関係者の中では司教の他、収監者たちの世話役となったごく一部の修道士及び修道女にしか知らされていない。
教会関係者以外では、国王や王妃、聖女シエラローズがその存在を知っているが、第二王子であるアレクシオスには一切知らされていなかった。
更に、この地下牢の存在は国にとって重大な機密事項に当たるため、書類上では何も残されておらず、口伝のみで受け継がれている。
故に王族は次期国王となる者が立太子した際に極秘裏で伝えられ、その伴侶となる妃には王太子が玉座を継ぎ戴冠した後でなければ伝えられる事は無い。
現状、アレクシオスが立太子していない理由の一つとして、この件が含まれている事も、国王と王妃、聖女だけが知る事である。
ちなみに、悪魔が関与していない犯罪者は王宮にある地下牢に収容され、各々の処刑を待つ事になっており、その経緯も行く末も全て国民に開示されるが、王都教会の地下牢に収容された者に関しては緘口令が敷かれ、その事実や処刑に関する事項は一切秘匿されている。
教会の地下牢に収容される犯罪者たちの共通点は、悪魔に魅入られてしまう程、恨みつらみなどの負の感情が強く、他の者と同じ空間に居るだけで連鎖作用を起こし、負の感情を増幅させてしまうという非常に危険性の高い特徴であった。
そのため、他と隔離する必要があり、数代前の国王が当時の司教や聖女と協力して、女神フローラと聖女の力が強く介在する王都教会に地下牢とそれらを秘匿するための仕組みを造り上げたと伝聞されている。
シエラローズは、朝の礼拝に訪れた者たちに紛れて祈りを捧げた後、人目につかないようひっそりと移動し、特例としてこの地下牢の存在を知る護衛を伴いながら地下牢への出入口を潜った。
◇ ◇ ◇
――ガシャン!!
シエラローズたちが地下へ続く階段を降りていくと、その気配を察した収監者たちが各々の反応を見せた。
ある者は聖女の気配に怯え、赦しを乞うて泣き喚き、ある者は柵へ飛びつき、聞くに堪えない内容の罵声を上げ始める。
その中でも一際激しく反発を見せるのは、最奥の牢に厳重に収容されている者であった。
この牢の周囲にのみ、更なる結界が張られているが、音や声を防ぐものでは無いため、牢の中から罵声を浴びせられる事は避けられない。
「シィィィィエ~ラローズゥゥゥゥ~!! お前だけは許さないィィィッ!! お前は!! 私がァァァッ!!」
ガリガリに痩せ細った老婆のような姿の女が、柵にへばりつきシエラローズを睨みつけ、獣の咆哮のような罵声を上げる。
「お前さえ……お前さえ居なければ、私はっ……!! クソッ!! ここから出せっ!! 今度こそ、今度こそ私がお前をっ!! 殺してやるゥゥゥゥッ!!」
――ガシャッ!! ガシャガシャン!!
「出せっ!! ここを開けろォォォォッ!!」
女は両手で掴んだ柵を激しく揺さぶりながら、シエラローズに向かって口汚く罵声を上げ続けているが、その瞳は昏く、焦点が合っていないため、既にシエラローズの姿を捉えてはいない。
「リリーナ様、本日のお加減は如何でしょうか?」
シエラローズは静かに淡々と女に呼び掛ける。
「お前さえ居なければ、お前が……お前がっ!!」
女はシエラローズの言葉には耳を貸さず、延々と恨み言を吐き続けるだけ。
(今朝も駄目なようね……)
シエラローズはしばらく女の様子を窺った後、小さく嘆息すると静かに踵を返し、帰るべく歩き出す。
この間、一言も言葉を発する事なく付き添っていたルードは、女の様子を警戒しつつシエラローズに追従した。
「シエラローズゥゥゥゥッ!! 私はお前を許さない!! 早くここから出せェェェェェッ!!」
女はシエラローズが立ち去っていく事にも気づかないまま、延々と喚き続けている。
シエラローズは、その声を背中で受け止めながら、ただ前だけを見つめて歩いていく。
かつて、聖女と呼ばれた女――先代聖女リリーナの悪魔に蝕まれた姿を前に、為す術が無いまま五年も経ってしまった事に、シエラローズは己の力不足を実感するばかりであった。
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