氷の薔薇人形は笑わない

胡桃

文字の大きさ
13 / 17
第一章

07.聖女シエラローズ(5)

しおりを挟む
 王都教会は、パルシェフィード国内に建立されている教会の中で一番大きな造りをしている。

 それは修道士や修道女の見習いたちの修練場ともなっているため、王都教会に所属する修道士や修道女の他、見習いたちが住まう宿舎や自給自足のための畑などの敷地も併設されているからであった。

 そして、一般には知られていないが、この王都教会にのみ、悪魔に魅入られ国家叛逆はんぎゃくなどの重罪を犯した者たちを収容するための地下牢が存在している。

 その場所は聖女の結界に覆われている上、唯一の出入口の周囲には魔石が埋め込まれ、その魔石にこめられた認識阻害の秘術によって隠されていた。

 そして、それらの魔石を制御するための特殊な加工を施された魔石を持つ者以外は、その出入口の存在を目にする事ができないようになっているのだ。

 この事は見習いたちには知らされず、王都教会関係者の中では司教の他、収監者たちの世話役となったごく一部の修道士及び修道女にしか知らされていない。

 教会関係者以外では、国王や王妃、聖女シエラローズがその存在を知っているが、第二王子であるアレクシオスには一切知らされていなかった。

 更に、この地下牢の存在は国にとって重大な機密事項に当たるため、書類上では何も残されておらず、口伝のみで受け継がれている。

 故に王族は次期国王となる者が立太子した際に極秘裏で伝えられ、その伴侶となる妃には王太子が玉座を継ぎ戴冠した後でなければ伝えられる事は無い。

 現状、アレクシオスが立太子していない理由の一つとして、この件が含まれている事も、国王と王妃、聖女だけが知る事である。
 
 ちなみに、悪魔が関与していない犯罪者は王宮にある地下牢に収容され、各々の処刑を待つ事になっており、その経緯も行く末も全て国民に開示されるが、王都教会の地下牢に収容された者に関しては緘口令かんこうれいが敷かれ、その事実や処刑に関する事項は一切秘匿されている。

 教会の地下牢に収容される犯罪者たちの共通点は、悪魔に魅入られてしまう程、恨みつらみなどの負の感情が強く、他の者と同じ空間に居るだけで連鎖作用を起こし、負の感情を増幅させてしまうという非常に危険性の高い特徴であった。

 そのため、他と隔離する必要があり、数代前の国王が当時の司教や聖女と協力して、女神フローラと聖女の力が強く介在する王都教会に地下牢とそれらを秘匿するための仕組みを造り上げたと伝聞されている。

 シエラローズは、朝の礼拝に訪れた者たちに紛れて祈りを捧げた後、人目につかないようひっそりと移動し、特例としてこの地下牢の存在を知る護衛ルードを伴いながら地下牢への出入口を潜った。


 ◇ ◇ ◇


 ――ガシャン!!


 シエラローズたちが地下へ続く階段を降りていくと、その気配を察した収監者たちが各々の反応を見せた。

 ある者は聖女の気配に怯え、ゆるしを乞うて泣き喚き、ある者は柵へ飛びつき、聞くに堪えない内容の罵声を上げ始める。

 その中でも一際激しく反発を見せるのは、最奥の牢に厳重に収容されている者であった。

 この牢の周囲にのみ、更なる結界が張られているが、音や声を防ぐものでは無いため、牢の中から罵声を浴びせられる事は避けられない。


「シィィィィエ~ラローズゥゥゥゥ~!! お前だけは許さないィィィッ!! お前は!! 私がァァァッ!!」


 ガリガリに痩せ細った老婆のような姿の女が、柵にへばりつきシエラローズを睨みつけ、獣の咆哮のような罵声を上げる。


「お前さえ……お前さえ居なければ、私はっ……!! クソッ!! ここから出せっ!! 今度こそ、今度こそ私がお前をっ!! 殺してやるゥゥゥゥッ!!」


 ――ガシャッ!! ガシャガシャン!!


「出せっ!! ここを開けろォォォォッ!!」
 

 女は両手で掴んだ柵を激しく揺さぶりながら、シエラローズに向かって口汚く罵声を上げ続けているが、その瞳は昏く、焦点が合っていないため、既にシエラローズの姿を捉えてはいない。


リリーナ様・・・・・、本日のお加減は如何でしょうか?」


 シエラローズは静かに淡々と女に呼び掛ける。


「お前さえ居なければ、お前が……お前がっ!!」


 女はシエラローズの言葉には耳を貸さず、延々と恨み言を吐き続けるだけ。


 (今朝も駄目なようね……)


 シエラローズはしばらく女の様子を窺った後、小さく嘆息すると静かに踵を返し、帰るべく歩き出す。

 この間、一言も言葉を発する事なく付き添っていたルードは、女の様子を警戒しつつシエラローズに追従した。


「シエラローズゥゥゥゥッ!! 私はお前を許さない!! 早くここから出せェェェェェッ!!」
 

 女はシエラローズが立ち去っていく事にも気づかないまま、延々と喚き続けている。
 シエラローズは、その声を背中で受け止めながら、ただ前だけを見つめて歩いていく。

 かつて、聖女と呼ばれた女――先代聖女リリーナの悪魔に蝕まれた姿を前に、為す術が無いまま五年も経ってしまった事に、シエラローズは己の力不足を実感するばかりであった。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

愛された側妃と、愛されなかった正妃

編端みどり
恋愛
隣国から嫁いだ正妃は、夫に全く相手にされない。 夫が愛しているのは、美人で妖艶な側妃だけ。 連れて来た使用人はいつの間にか入れ替えられ、味方がいなくなり、全てを諦めていた正妃は、ある日側妃に子が産まれたと知った。自分の子として育てろと無茶振りをした国王と違い、産まれたばかりの赤ん坊は可愛らしかった。 正妃は、子育てを通じて強く逞しくなり、夫を切り捨てると決めた。 ※カクヨムさんにも掲載中 ※ 『※』があるところは、血の流れるシーンがあります ※センシティブな表現があります。血縁を重視している世界観のためです。このような考え方を肯定するものではありません。不快な表現があればご指摘下さい。

五歳の時から、側にいた

田尾風香
恋愛
五歳。グレースは初めて国王の長男のグリフィンと出会った。 それからというもの、お互いにいがみ合いながらもグレースはグリフィンの側にいた。十六歳に婚約し、十九歳で結婚した。 グリフィンは、初めてグレースと会ってからずっとその姿を追い続けた。十九歳で結婚し、三十二歳で亡くして初めて、グリフィンはグレースへの想いに気付く。 前編グレース視点、後編グリフィン視点です。全二話。後編は来週木曜31日に投稿します。

私が王子との結婚式の日に、妹に毒を盛られ、公衆の面前で辱められた。でも今、私は時を戻し、運命を変えに来た。

MayonakaTsuki
恋愛
王子との結婚式の日、私は最も信頼していた人物――自分の妹――に裏切られた。毒を盛られ、公開の場で辱められ、未来の王に拒絶され、私の人生は血と侮辱の中でそこで終わったかのように思えた。しかし、死が私を迎えたとき、不可能なことが起きた――私は同じ回廊で、祭壇の前で目を覚まし、あらゆる涙、嘘、そして一撃の記憶をそのまま覚えていた。今、二度目のチャンスを得た私は、ただ一つの使命を持つ――真実を突き止め、奪われたものを取り戻し、私を破滅させた者たちにその代償を払わせる。もはや、何も以前のままではない。何も許されない。

完結 私の人生に貴方は要らなくなった

音爽(ネソウ)
恋愛
同棲して3年が過ぎた。 女は将来に悩む、だが男は答えを出さないまま…… 身を固める話になると毎回と聞こえない振りをする、そして傷つく彼女を見て男は満足そうに笑うのだ。

夫が運命の番と出会いました

重田いの
恋愛
幼馴染のいいなづけとして育ってきた銀狼族の族長エーリヒと、妻ローゼマリー。 だがエーリヒに運命の番が現れたことにより、二人は離別する。 しかし二年後、修道院に暮らすローゼマリーの元へエーリヒが現れ――!?

愛する義兄に憎まれています

ミカン♬
恋愛
自分と婚約予定の義兄が子爵令嬢の恋人を両親に紹介すると聞いたフィーナは、悲しくて辛くて、やがて心は闇に染まっていった。 義兄はフィーナと結婚して侯爵家を継ぐはずだった、なのにフィーナも両親も裏切って真実の愛を貫くと言う。 許せない!そんなフィーナがとった行動は愛する義兄に憎まれるものだった。 2023/12/27 ミモザと義兄の閑話を投稿しました。 ふわっと設定でサクっと終わります。 他サイトにも投稿。

【完結】公爵家の秘密の愛娘 

ゆきむらさり
恋愛
〔あらすじ〕📝グラント公爵家は王家に仕える名門の家柄。 過去の事情により、今だに独身の当主ダリウス。国王から懇願され、ようやく伯爵未亡人との婚姻を決める。 そんな時、グラント公爵ダリウスの元へと現れたのは1人の少女アンジェラ。 「パパ……私はあなたの娘です」 名乗り出るアンジェラ。 ◇ アンジェラが現れたことにより、グラント公爵家は一変。伯爵未亡人との再婚もあやふや。しかも、アンジェラが道中に出逢った人物はまさかの王族。 この時からアンジェラの世界も一変。華やかに色付き出す。 初めはよそよそしいグラント公爵ダリウス(パパ)だが、次第に娘アンジェラを気に掛けるように……。 母娘2代のハッピーライフ&淑女達と貴公子達の恋模様💞  🔶設定などは独自の世界観でご都合主義となります。ハピエン💞 🔶稚拙ながらもHOTランキング(最高20位)に入れて頂き(2025.5.9)、ありがとうございます🙇‍♀️

余命わずかな私は、好きな人に愛を伝えて素っ気なくあしらわれる日々を楽しんでいる

ラム猫
恋愛
 王城の図書室で働くルーナは、見た目には全く分からない特殊な病により、余命わずかであった。悲観はせず、彼女はかねてより憧れていた冷徹な第一騎士団長アシェンに毎日愛を告白し、彼の困惑した反応を見ることを最後の人生の楽しみとする。アシェンは一貫してそっけない態度を取り続けるが、ルーナのひたむきな告白は、彼の無関心だった心に少しずつ波紋を広げていった。 ※『小説家になろう』様『カクヨム』様にも同じ作品を投稿しています ※全十七話で完結の予定でしたが、勝手ながら二話ほど追加させていただきます。公開は同時に行うので、完結予定日は変わりません。本編は十五話まで、その後は番外編になります。

処理中です...