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閑話(サイドストーリー)
04.婚約破棄の対価(4)
しおりを挟む王が謁見の間を出てしばらく経った後、アレクシオスは重い腰を上げて謁見の間から退出した。王に殴られた頰がじくじくと痛み、熱を帯びているのがわかる。
外で待機していたアレクシオス付きの近衛騎士は、アレクシオスが王に殴られる瞬間を見ていなかったため、謁見の間から出てきたアレクシオスの腫れ上がった顔を見てギョッとする。
「で、殿下? 如何なさいましたか?」
狼狽えながら寄って来た騎士を、アレクシオスは軽く手を振って追い払う。
「……マリベルの元へ行く。案内しろ」
「は、はい。こちらです」
普段は居丈高なアレクシオスが意気消沈している様に騎士は戸惑いを隠せない。せめて侍医を呼ぶべきだと考え、すれ違った顔見知りの文官にこっそり侍医を呼んでくるよう頼んだ。
頼まれた文官は、一瞬アレクシオスを横目で見て何も言われないことを確認すると、小さく頷いて足早に侍医が控えている医務室へと向かった。
文官の姿が廊下の向こうに消える頃、アレクシオスはマリベルが待つ部屋に辿り着く。
「マリベル、いるか? 私だ」
アレクシオスは扉の向こうへ声を掛け、扉が開かれるのを待った。
「お待ちしておりましたわ、アレク様……きゃっ!?」
マリベル自ら扉を開き、アレクシオスの顔を見たマリベルが小さく悲鳴を上げる。
「あ、アレク様!? そのお顔、如何なさったんです!?」
マリベルはアレクシオスの精悍な顔が、見るも無惨に腫れていることに衝撃を覚える。
「いや……気にするな。ところで、君を父上に紹介するという話だったが、父上は多忙な故、本日はもうお時間を頂くことが叶わなかった。済まない」
「え……なぁんだ、そうなんですね。お義父様とお会いできないのは残念ですけれど、お忙しいのでしたら仕方ありませんわっ」
「……ああ、近日中にお時間を頂けるよう、また頼んでおく。……それと、済まないが、今日はもう帰ってくれるだろうか? 急な予定が入ったのだ」
アレクシオスは無邪気に笑うマリベルの言葉に不快感を覚え、予定があるなどと嘘をついた。
何も聞かされていないアレクシオス付きの騎士が、自身の知らない内に予定が変わったのかと驚き、小さく身動ぎする。アレクシオスは目線だけでその騎士を制し、マリベルの方へ視線を戻した。
「わかりました。明日は学院でお会いできますものね。では、私は帰ります」
マリベルはそう言って、不意打ちのようにアレクシオスの腫れ上がっていない方の頬に唇を寄せた。
「ああ……お前たちはマリベルを城門まで送っていくように」
アレクシオスは、先程動揺を見せた騎士とは別の騎士に、マリベルを任せる旨を告げ、それに応じた騎士に伴われたマリベルが、城の出口に向かって歩いて行くのをその場に立ち尽くして見送った。
「……何故、このような気持ちになるのだ……?」
マリベルと出会ってからこれまで、アレクシオスの目にはマリベルの無邪気な言葉も淑女らしからぬ所作も全て魅力的に見えていて、不快に思った事など一度もなかった。
マリベルは出会った当初からアレクシオスの体に触れてくることが多かったが、それはマリベルが辺境の領地に長く篭っていて、これまで公の場にほとんど出ていなかったため、他者との距離感を掴めずにいる所為だと思っていた。
王族という立場もあり、常に洗練された淑女ばかり目にしていたアレクシオスには、その初々しいマリベルの姿がとても魅力的に映ったのだ。
それは今でもそう映っているはずなのだが――
「チッ……何なのだ、これはっ」
アレクシオスはいくら考えても定まらない自身の感情に苛立ち、髪を掻きむしった。
「で、殿下……?」
残された騎士が狼狽えながらアレクシオスに声を掛ける。
「……私室に戻る」
「は、はい」
アレクシオスの言葉に応じた騎士は、既に歩き出しているアレクシオスの後を追った。
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