氷の薔薇人形は笑わない

胡桃

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閑話(サイドストーリー)

03.婚約破棄の対価(3)

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「えっ……そ、それは自室に決まって……」
 
 
 アレクシオスは不意の質問に取り繕う事を忘れて動揺を露わにし、ウロウロと目を泳がせる。
 
 マリベルと共に過ごすため、城を抜け出していた事を正直に話せば良いものを、思わず誤魔化してしまった。昨晩の己の行動が、人に知られてはならない事だと理解しているから。

 それでもマリベルと一夜を過ごした事は後悔していない。
 
 
「自室にいたと言うのなら、何故、今朝の朝餉あさげの席にいなかったのだ?」
 
 
 王は既に全てを承知している事を隠し、アレクシオスが自ら己の過ちを告白する事を願った。しかし――
 
 
「その……あまり食欲が無かったので……昼には母上のサロンもありましたし、そちらで軽食をいただこうと考えておりました」
 
 
 アレクシオスの白々しい嘘が重なっていく事を王は嘆き、そして悲しげに目を閉じた。
 
 そんな王の変化に気づいたアレクシオスは、どうしたのかと訝しむ。
 
 
「……父上?」
 
 
「アレクシオス。これまで、お前が度々城を抜け出し、城下に下りている事は知っている。お前は上手く護衛を撒いたつもりでいたのだろうが、我が国の近衛騎士を舐めるな。彼らはお前の行動を全て把握し、逐一我の元へと報告を上げて来る、優秀な者ばかりだ」
 
 
 王は一旦言葉を区切り、おもむろに立ち上がると、玉座を降りた。そして、ゆっくりとアレクシオスの方へ近寄っていく。
 
 アレクシオスは滅多にない王の行動に戸惑い、反射的に一歩後退したが、目の前に立つ王の眼差しに縫い止められ、中途半端に足を引いたまま身動きが取れなくなってしまった。
 
 
「昨晩、お前が……何処で、誰と何をしたのか。その全てを、我はもう知っている。―――知っているのだよ」
 
 
 一言ずつ区切りながら、ゆっくりと告げる王の声に、アレクシオスは全身の血の気がザッと引いていく音を聞いた。
 
 ――そして。
 
 ガツンという鈍い音が謁見の間に響き渡る。それと共にアレクシオスの体が後方へ吹き飛んだ。
 
 突然の事に受け身を取る事が叶わず、アレクシオスは無様にも床に転がった。
 
 
「……アレクシオス。お前がグレゴール男爵令嬢マリベルと婚約したいと言うのなら好きにしなさい。ただし、お前にはもうこの国の王になる資格は無いと心得ておけ」
 
 
「……それは、どういう事ですか……?」
 
 
 王に殴られた頰は赤く腫れ、口の端から血を垂らしながらも、アレクシオスは気丈に振る舞った。
 
 昨晩、マリベルと一線を超えた事は確かに禁忌とされているが、国の法律で明確に禁じられているわけでは無い。確かに順番は間違えたと言えるだろうが、マリベルが己の婚約者となるのなら順番など瑣末な事だとアレクシオスは考えていた。
 
 
「王子妃になるために、マリベルが男爵家の娘である事が問題なのでしたら、グレゴール男爵家の爵位を上げるか、マリベルを上位貴族の養女にすれば済む事ではありませんか? 過去に妃となった者の家格が低かった際に、その家の爵位を上げたり、養女になったりという例はいくらでもありますよね?」
 
 
「そういう次元の話ではない。お前が次期国王となるためには、シエラローズと婚姻する以外の道は無かったのだ。お前はもっと早くその事に気づかなければならなかった……だが、もう遅い。お前は決して許されざる事をしたのだと自覚しなさい」
 
 
 アレクシオスは王が自身に向ける眼差しに失望の色が浮かんでいる事に気づいた。しかし、もうシエラローズを己の婚約者に戻す気にはなれない。
 
 だからと言って、次期国王になる道を捨てたくは無かった。だが、混乱を極めている今のアレクシオスでは、新たな打開策を考えつく事は不可能である。
 
 アレクシオスは返す言葉も無く、ただ呆然と謁見の間を出ていく王の背中を見送った。
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