氷の薔薇人形は笑わない

胡桃

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閑話(サイドストーリー)

02.婚約破棄の対価(2)

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 アレクシオスが謁見の間に入る時はいつも、王と王妃の二人が揃っている。

 しかし、今は王がただ一人、玉座に坐しているのみであった。
 
 玉座の周囲に立ち並ぶ、近衛騎士団第一部隊の騎士たちの数がいつもより多いような気がして、アレクシオスは目だけで人数を数えた。――数は普段と同じである。
 
 では、何故こうも圧迫されるような気がするのだろうとアレクシオスは考える。

 しかし、昨晩のマリベルとの秘事で浮かれているアレクシオスには答えを導き出す事ができなかった。
 
 アレクシオスはゆっくりと玉座の正面へと歩み寄り、居住まいを正すと、右手を軽く握って胸に当て、小さくこうべを垂れる。
 
 
「……おもてを上げよ」
 
 
 低く響き渡る王の声が、どこかピリッと張り詰めている事にアレクシオスは気づいた。

 足元からじわじわと込み上げてくる何かの気配を感じつつも、アレクシオスは気づかないふりをして顔を上げた。
 
 王の鋭い眼差しに射抜かれ、アレクシオスは思わず視線を彷徨わせる。

 近衛騎士たちの視線も痛いほどに感じ、アレクシオスが彷徨わせた視線の先に、普段から親しくしている第一部隊の若手騎士の姿を見つけたが、その騎士は目が合うと同時にスッと視線を逸らした。
 
 
(……何だ? 何が起こっている?)
 
 
 アレクシオスは不思議に思いつつ、王の方へと視線を戻す。王は一度もアレクシオスから視線を外しておらず、ただ真っ直ぐ見据えていた。
 
 そして――
 
 
「アレクシオス。お前が本日、ミルフローリア公爵令嬢シエラローズとの婚約破棄を宣言したと報告があった。……真実か?」
 
 
「はい。その通りです。私はシエラローズとの婚約を破棄し、グレゴール男爵令嬢のマリベルと婚約する事を宣言いたしました。父上には事後報告となってしまった事をお詫び申し上げます」
 
 
 やはりその話か、と安堵したアレクシオスは、肩の力を抜き、嬉々として述べる。しかし、王の表情は険しいままであった。
 
 
「……そうか。では、お前がシエラローズ嬢との婚約を破棄すると決めた理由は何だ?」
 
 
「はい。それはシエラローズの日頃の振る舞いが許し難いものだったからです。
 あろう事かシエラローズは、この私――第二王子の婚約者である事を笠に着て、他の令嬢を脅し、陥れるという傍若無人な悪行の数々を繰り返していたのです。
 そして、被害に遭った令嬢方の相談を受けていたマリベルが、勇気を振り絞りシエラローズに忠告すると、シエラローズは反省する事無くマリベルに報復するようになったのです。
 当初マリベルは黙って耐えていたようですが、いつかシエラローズに殺されるかもしれない、どうしたら良いのかと泣きながら私の元へ相談に参ったのです」
 
 
 そこまで言い切ったアレクシオスは一息つくため口を閉ざす。

 そして、少し間を置いても王が何も言わない事を確認してから、再び口を開いた。
 
 
「私の目が届く範囲ではシエラローズも大人しくしており、残念ながら私は決定的な瞬間を見てはおりません。
 しかし、被害に遭ったという令嬢を複数人、マリベルから紹介されたので詳細を聞き出しました。
 また、彼女たちのみでなく、実際に現場を目撃した者たちからも証言を集め、私はシエラローズの悪行を確信したのです。
 シエラローズは間違いなく悪女です。
 彼女は第二王子である私の妃となる資格を持っておりません」
 
 
 奇しくも先程シエラローズから王へと伝えられた、アレクシオスは王となる資格を持たないという言葉と同様の言葉を聞き、王は表情を変える事なくこれが運命というものなのかと嘆いた。
 
 
「……お前の言い分は分かった」
 
 
「……父上? まるで私の方が悪いかのように仰るのですね。悪いのはどう見てもシエラローズの方でしょう?」


 王の反応が、己の思い描いていたものと異なる事に疑問を覚えたアレクシオスは、訝しげに王へ尋ねる。
 
 
「今となっては、そのような事はどうでも良い」
 
 
「は?」
 

 王の言葉の意味が飲み込めないアレクシオスは眉をひそめた。

 
「アレクシオス。お前に一つ確認せねばならぬ事がある」
 
 
「……何ですか?」
 
 
 不機嫌を隠す事なくアレクシオスは問い返す。
 
 
「お前は昨晩、何処にいた?」
 
 
 王はじっとアレクシオスを見据えて問い掛けた。
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