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目の前に魔王
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数日後、予感は的中した。中央の王国から兵士がやって来た。魔物を追い払った光を持つ青年……つまり俺を探して。俺の噂はあっという間に広がって、王国に届いたらしい。
そして俺は現在、町のはずれの泉まで逃げてきた。連行されたらあれよあれよという間に勇者という称号を与えられて魔王討伐に行かされるに決まってる。まあ、あの力があったからじいちゃんを助けられてスライムと戦わずに済んだわけだし。しばらく逃げ続けていれば諦めて、ほとぼりも冷めるだろう。
この泉は俺の好きな場所だ。湧き出て町まで流れていく穏やかな水の音、風に揺れる木や草花の匂い……前世ではのんびりすることもできなかった。毎日ビルや光、人に囲まれていたからな。やっぱり自然が落ち着く。俺はただこうやって……
「平和な生活がしたいだけなのに……」
「平和な生活がしたいだけなのに……」
ん? 声がハモって……
勢いよく隣を見るとそこには男が座っていた。絶対にさっきまでいなかった。バチ、と目が合う。全身真っ黒な服、赤い瞳、真っ白な肌、漆黒に濡れる髪……羊みたいな大きな角……色彩豊かなこの場に相応しくない、禍々しい異質なオーラ……人間離れした美しさ……
「ま、魔物!?」
驚いて飛びのくが、魔物はその場で固まっていた。俺の顔を凝視しながら。やがて絞り出てきた声に乗せられたのは……
「平岡叶空……!?」
俺の名前。アイドルだった時の名前。
「へ、なんでその名前を……」
「ほっ、本当に叶空!? 髪の色は少し変わっているが、見間違えるはずなどない! いや、ゆ、夢か……夢だったとしても会えて幸せだ……」
おそらく魔物だろう男はバタバタとのたうち回って、やがてスン……と目を閉じた。
夢で納得しようとしてるけど、夢じゃない。前の俺の名前を知ってるってことは、この魔物も前世の記憶がある。俺と同じ日本の! 少しでも情報を得たい!
「合ってるよ。俺は叶空……だった。今の名前はフォル」
「え、えええ……」
「俺、前世のことは最近思い出したばっかりなんだ。その様子だとお前も前世のことを覚えているんだろ? お前のことを聞かせて……」
覗き込んで詰め寄ると、男は転がっていった。少し離れたところでむくりと起き上がる。整えられた服や髪が草まみれだ。
「ちょ、ちょっと待て、刺激と情報量と質問が多すぎる」
「わかったよ……」
魔物がふう、ふう、と深呼吸とも言えない浅い呼吸を繰り返していると、遠くの方から声が聞こえてきた。
「ったく、勇者とやらはどこに行ったんだよ……」
「町のやつらも誤魔化して教えてくれないし、偽の情報なんじゃないのか」
兵士の声だ。こんな町はずれまで探しになんて、諦めが悪いやつらだ。
「やばい、俺隠れないと……!」
「ぜぇ、ぜぇ……叶空、追われているのか……?」
「そう。今は見つかりたくない事情があって」
「なら俺に掴まってくれ。叶空を助けたい」
相手は魔物だし、掴まったところでどうにかなるのか? よくわからないけど、兵士から逃げられるなら。それに俺の前世を知っているんだから、この魔物のことを信じたい。魔物に近づいて腕を掴む。魔物はビク!と肩を震わせたが、その瞬間にフッと体が浮いた感覚がした。
目を開けたらそこはさっきまでいた泉ではなく、室内だった。見るからに豪勢なつくりのでっかい部屋の中心にある、ふかふかのベッドの上にいた。
「え!?」
「しまった、少しだけ移動しようとしたのに叶空に触れた衝撃で魔力の調整が……」
「どこ、ここ!?」
見上げるほど高い天井、光るシャンデリア、でかすぎるベッド。真っ赤な絨毯。どこの豪邸だよ!
「俺の寝室……」
「寝室!? これが!? こんな広い部屋、どこの王族だよ!?」
「魔王」
「ん?」
いま、まおう、って聞こえたような……
「転生したら魔王になってたんだ……」
「はあ!?」
妖艶な美しさを持つくせに、草にまみれてどうにも締まらない目の前の男が!?
「俺、神様に勇者になれって言われて、お前を倒さないとなんだけど!」
「はあ!?」
しょっぱなから本拠地きちゃった感じ……!?
そして俺は現在、町のはずれの泉まで逃げてきた。連行されたらあれよあれよという間に勇者という称号を与えられて魔王討伐に行かされるに決まってる。まあ、あの力があったからじいちゃんを助けられてスライムと戦わずに済んだわけだし。しばらく逃げ続けていれば諦めて、ほとぼりも冷めるだろう。
この泉は俺の好きな場所だ。湧き出て町まで流れていく穏やかな水の音、風に揺れる木や草花の匂い……前世ではのんびりすることもできなかった。毎日ビルや光、人に囲まれていたからな。やっぱり自然が落ち着く。俺はただこうやって……
「平和な生活がしたいだけなのに……」
「平和な生活がしたいだけなのに……」
ん? 声がハモって……
勢いよく隣を見るとそこには男が座っていた。絶対にさっきまでいなかった。バチ、と目が合う。全身真っ黒な服、赤い瞳、真っ白な肌、漆黒に濡れる髪……羊みたいな大きな角……色彩豊かなこの場に相応しくない、禍々しい異質なオーラ……人間離れした美しさ……
「ま、魔物!?」
驚いて飛びのくが、魔物はその場で固まっていた。俺の顔を凝視しながら。やがて絞り出てきた声に乗せられたのは……
「平岡叶空……!?」
俺の名前。アイドルだった時の名前。
「へ、なんでその名前を……」
「ほっ、本当に叶空!? 髪の色は少し変わっているが、見間違えるはずなどない! いや、ゆ、夢か……夢だったとしても会えて幸せだ……」
おそらく魔物だろう男はバタバタとのたうち回って、やがてスン……と目を閉じた。
夢で納得しようとしてるけど、夢じゃない。前の俺の名前を知ってるってことは、この魔物も前世の記憶がある。俺と同じ日本の! 少しでも情報を得たい!
「合ってるよ。俺は叶空……だった。今の名前はフォル」
「え、えええ……」
「俺、前世のことは最近思い出したばっかりなんだ。その様子だとお前も前世のことを覚えているんだろ? お前のことを聞かせて……」
覗き込んで詰め寄ると、男は転がっていった。少し離れたところでむくりと起き上がる。整えられた服や髪が草まみれだ。
「ちょ、ちょっと待て、刺激と情報量と質問が多すぎる」
「わかったよ……」
魔物がふう、ふう、と深呼吸とも言えない浅い呼吸を繰り返していると、遠くの方から声が聞こえてきた。
「ったく、勇者とやらはどこに行ったんだよ……」
「町のやつらも誤魔化して教えてくれないし、偽の情報なんじゃないのか」
兵士の声だ。こんな町はずれまで探しになんて、諦めが悪いやつらだ。
「やばい、俺隠れないと……!」
「ぜぇ、ぜぇ……叶空、追われているのか……?」
「そう。今は見つかりたくない事情があって」
「なら俺に掴まってくれ。叶空を助けたい」
相手は魔物だし、掴まったところでどうにかなるのか? よくわからないけど、兵士から逃げられるなら。それに俺の前世を知っているんだから、この魔物のことを信じたい。魔物に近づいて腕を掴む。魔物はビク!と肩を震わせたが、その瞬間にフッと体が浮いた感覚がした。
目を開けたらそこはさっきまでいた泉ではなく、室内だった。見るからに豪勢なつくりのでっかい部屋の中心にある、ふかふかのベッドの上にいた。
「え!?」
「しまった、少しだけ移動しようとしたのに叶空に触れた衝撃で魔力の調整が……」
「どこ、ここ!?」
見上げるほど高い天井、光るシャンデリア、でかすぎるベッド。真っ赤な絨毯。どこの豪邸だよ!
「俺の寝室……」
「寝室!? これが!? こんな広い部屋、どこの王族だよ!?」
「魔王」
「ん?」
いま、まおう、って聞こえたような……
「転生したら魔王になってたんだ……」
「はあ!?」
妖艶な美しさを持つくせに、草にまみれてどうにも締まらない目の前の男が!?
「俺、神様に勇者になれって言われて、お前を倒さないとなんだけど!」
「はあ!?」
しょっぱなから本拠地きちゃった感じ……!?
応援ありがとうございます!
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