35 / 109
其の参 甘いも、酸いも
六
しおりを挟む
店から出てきたばかりの二人の女性は、友達同士らしい。楽しそうに、お互いの手に持つジェラートを見比べている。趣味も似ているのか、服もアクセサリも髪型も似た印象だ。可愛いな、と女性の初名でさえ思った。
ただ、何かわからないが、違和感を感じた。美人だが、近寄りたくない。違和感のような嫌悪感のようなものだ。嫉妬かと思ったが、会ったばかりの彼女たちにそんなことを思うはずもない。
何だろうかと考えていると、辰三が彼女たちの方に歩いていった。初名が止める間もなかった。
顔も手も包帯が巻かれた異様な出で立ちの男性を、周囲の人は避けた。まさかそんな人が自分たちの方に来るとは思っていなかったらしい女性二人は、辰三が近づくにつれ、だんだんと頬をひくつかせていった。
辰三が目の前に立つと、二人は完全にすくみ上っていた。
「な、何か……用ですか?」
「用っちゅうか……」
辰三は二人をじっと見比べていた。異様な外見に加えて値踏みするような仕草に、女性たちは徐々に苛立ちをにじませていった。
このままではマズイと思った初名は慌てて駆け寄った。
「ごめんなさい! すぐに行きますから……! ほら辰三さん、行きましょう」
「なるほどなるほど。そういう事情か」
初名の制止も意に介さず、辰三は何やら納得したように頷いた。
そして、そのまま片方の女性にぐいぐい顔を近づけ、その耳元で囁いた。
「大変やなぁ。自分の彼氏盗った子の友達続けるやなんて」
その声は、もう一人には届いていなかったらしい。囁きを受けた女性だけが、みるみる表情をこわばらせ、その整った顔を歪ませていった。
同時に、女性の周囲が何やらぼんやりとした。初名はそれを見て、背筋が粟立つのを感じた。悪寒、違和感、嫌悪感、それらに加えて最も感じているのが、恐怖だ。そしてようやく気付いた。ぼんやりしていると感じたのは、実際にぼんやりとして見える黒いもやだということに。
先日会った和子の、おもちゃの指輪から溢れ出ていたものと同じ真っ黒いもやを、今、目の前の女性が全身に纏っていたのだ。
初名は思わず後ずさったが、辰三はさらに近づいて囁いた。
「その子の傍におったかて、彼氏と縒り戻すんは無理やで」
「辰三さん、もうそれくらいで……!」
初名がそう言っても、辰三はやめない。
「だってな、彼氏は君みたいなんやのうて、彼女みたいなんが良かったんやから。君が彼女みたいになろうとしても、意味ないんちゃう?」
その瞬間、バチンと何かが弾けるような音が響いた。音は一つではなく、二つ、三つと連鎖的にあちこちで聞こえた。
音と同時に、女性の体から真っ黒なもやが噴き出した。火山の噴火のように、あっという間に辰三と女性を包み込んでいく。
だが周囲の人たちにはそれが見えていないようだ。傍らの女性も同様に、何が起きたかわかっていないように呆然としている。
初名はというと、竦んでいた。女性から噴き出た悪意が、妬みが、憎しみが、熱気のように肌を焼いていく。自分まで、燃やし尽くされてしまうのではないか。そう感じるほどに、真っ黒なもやは熱く、烈しかった。
全身が焼けただれていくように、しびれて、重くなっていった。
「や、やめ……!」
ひりつく喉からかろうじて絞り出した声は、二人に届くことはなかった。女性の黒いもやが天井まで焦がし、煤にまみれたように周り中が真っ黒く染まっていく様が視界いっぱいに広がって……初名の意識が、閉じた。
ただ、何かわからないが、違和感を感じた。美人だが、近寄りたくない。違和感のような嫌悪感のようなものだ。嫉妬かと思ったが、会ったばかりの彼女たちにそんなことを思うはずもない。
何だろうかと考えていると、辰三が彼女たちの方に歩いていった。初名が止める間もなかった。
顔も手も包帯が巻かれた異様な出で立ちの男性を、周囲の人は避けた。まさかそんな人が自分たちの方に来るとは思っていなかったらしい女性二人は、辰三が近づくにつれ、だんだんと頬をひくつかせていった。
辰三が目の前に立つと、二人は完全にすくみ上っていた。
「な、何か……用ですか?」
「用っちゅうか……」
辰三は二人をじっと見比べていた。異様な外見に加えて値踏みするような仕草に、女性たちは徐々に苛立ちをにじませていった。
このままではマズイと思った初名は慌てて駆け寄った。
「ごめんなさい! すぐに行きますから……! ほら辰三さん、行きましょう」
「なるほどなるほど。そういう事情か」
初名の制止も意に介さず、辰三は何やら納得したように頷いた。
そして、そのまま片方の女性にぐいぐい顔を近づけ、その耳元で囁いた。
「大変やなぁ。自分の彼氏盗った子の友達続けるやなんて」
その声は、もう一人には届いていなかったらしい。囁きを受けた女性だけが、みるみる表情をこわばらせ、その整った顔を歪ませていった。
同時に、女性の周囲が何やらぼんやりとした。初名はそれを見て、背筋が粟立つのを感じた。悪寒、違和感、嫌悪感、それらに加えて最も感じているのが、恐怖だ。そしてようやく気付いた。ぼんやりしていると感じたのは、実際にぼんやりとして見える黒いもやだということに。
先日会った和子の、おもちゃの指輪から溢れ出ていたものと同じ真っ黒いもやを、今、目の前の女性が全身に纏っていたのだ。
初名は思わず後ずさったが、辰三はさらに近づいて囁いた。
「その子の傍におったかて、彼氏と縒り戻すんは無理やで」
「辰三さん、もうそれくらいで……!」
初名がそう言っても、辰三はやめない。
「だってな、彼氏は君みたいなんやのうて、彼女みたいなんが良かったんやから。君が彼女みたいになろうとしても、意味ないんちゃう?」
その瞬間、バチンと何かが弾けるような音が響いた。音は一つではなく、二つ、三つと連鎖的にあちこちで聞こえた。
音と同時に、女性の体から真っ黒なもやが噴き出した。火山の噴火のように、あっという間に辰三と女性を包み込んでいく。
だが周囲の人たちにはそれが見えていないようだ。傍らの女性も同様に、何が起きたかわかっていないように呆然としている。
初名はというと、竦んでいた。女性から噴き出た悪意が、妬みが、憎しみが、熱気のように肌を焼いていく。自分まで、燃やし尽くされてしまうのではないか。そう感じるほどに、真っ黒なもやは熱く、烈しかった。
全身が焼けただれていくように、しびれて、重くなっていった。
「や、やめ……!」
ひりつく喉からかろうじて絞り出した声は、二人に届くことはなかった。女性の黒いもやが天井まで焦がし、煤にまみれたように周り中が真っ黒く染まっていく様が視界いっぱいに広がって……初名の意識が、閉じた。
0
あなたにおすすめの小説
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
後宮の胡蝶 ~皇帝陛下の秘密の妃~
菱沼あゆ
キャラ文芸
突然の譲位により、若き皇帝となった苑楊は封印されているはずの宮殿で女官らしき娘、洋蘭と出会う。
洋蘭はこの宮殿の牢に住む老人の世話をしているのだと言う。
天女のごとき外見と豊富な知識を持つ洋蘭に心惹かれはじめる苑楊だったが。
洋蘭はまったく思い通りにならないうえに、なにかが怪しい女だった――。
中華後宮ラブコメディ。
烏の王と宵の花嫁
水川サキ
キャラ文芸
吸血鬼の末裔として生まれた華族の娘、月夜は家族から虐げられ孤独に生きていた。
唯一の慰めは、年に一度届く〈からす〉からの手紙。
その送り主は太陽の化身と称される上級華族、縁樹だった。
ある日、姉の縁談相手を誤って傷つけた月夜は、父に遊郭へ売られそうになり屋敷を脱出するが、陽の下で倒れてしまう。
死を覚悟した瞬間〈からす〉の正体である縁樹が現れ、互いの思惑から契約結婚を結ぶことになる。
※初出2024年7月
私が王子との結婚式の日に、妹に毒を盛られ、公衆の面前で辱められた。でも今、私は時を戻し、運命を変えに来た。
MayonakaTsuki
恋愛
王子との結婚式の日、私は最も信頼していた人物――自分の妹――に裏切られた。毒を盛られ、公開の場で辱められ、未来の王に拒絶され、私の人生は血と侮辱の中でそこで終わったかのように思えた。しかし、死が私を迎えたとき、不可能なことが起きた――私は同じ回廊で、祭壇の前で目を覚まし、あらゆる涙、嘘、そして一撃の記憶をそのまま覚えていた。今、二度目のチャンスを得た私は、ただ一つの使命を持つ――真実を突き止め、奪われたものを取り戻し、私を破滅させた者たちにその代償を払わせる。もはや、何も以前のままではない。何も許されない。
後宮の手かざし皇后〜盲目のお飾り皇后が持つ波動の力〜
二位関りをん
キャラ文芸
龍の国の若き皇帝・浩明に5大名家の娘である美華が皇后として嫁いできた。しかし美華は病により目が見えなくなっていた。
そんな美華を冷たくあしらう浩明。婚儀の夜、美華の目の前で彼女付きの女官が心臓発作に倒れてしまう。
その時。美華は慌てること無く駆け寄り、女官に手をかざすと女官は元気になる。
どうも美華には不思議な力があるようで…?
JKメイドはご主人様のオモチャ 命令ひとつで脱がされて、触られて、好きにされて――
のぞみ
恋愛
「今日から、お前は俺のメイドだ。ベッドの上でもな」
高校二年生の蒼井ひなたは、借金に追われた家族の代わりに、ある大富豪の家で住み込みメイドとして働くことに。
そこは、まるでおとぎ話に出てきそうな大きな洋館。
でも、そこで待っていたのは、同じ高校に通うちょっと有名な男の子――完璧だけど性格が超ドSな御曹司、天城 蓮だった。
昼間は生徒会長、夜は…ご主人様?
しかも、彼の命令はちょっと普通じゃない。
「掃除だけじゃダメだろ? ご主人様の癒しも、メイドの大事な仕事だろ?」
手を握られるたび、耳元で囁かれるたび、心臓がバクバクする。
なのに、ひなたの体はどんどん反応してしまって…。
怒ったり照れたりしながらも、次第に蓮に惹かれていくひなた。
だけど、彼にはまだ知られていない秘密があって――
「…ほんとは、ずっと前から、私…」
ただのメイドなんかじゃ終わりたくない。
恋と欲望が交差する、ちょっぴり危険な主従ラブストーリー。
【完結】乙女ゲーム開始前に消える病弱モブ令嬢に転生しました
佐倉穂波
恋愛
転生したルイシャは、自分が若くして死んでしまう乙女ゲームのモブ令嬢で事を知る。
確かに、まともに起き上がることすら困難なこの体は、いつ死んでもおかしくない状態だった。
(そんな……死にたくないっ!)
乙女ゲームの記憶が正しければ、あと数年で死んでしまうルイシャは、「生きる」ために努力することにした。
2023.9.3 投稿分の改稿終了。
2023.9.4 表紙を作ってみました。
2023.9.15 完結。
2023.9.23 後日談を投稿しました。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる