75 / 109
其の伍 紡ぐ思い、解ける時間(とき)
十一
しおりを挟む
初名の声は、震えていた。泣いているのか、怯えているのか、両方か。
その言葉を受け止めた百花は、驚く様子もなく、ゆったりと初名の顔を覗き込んだ。
「……なんで傷つけてしもたんか、聞いてもええ?」
初名は、ゆっくりと頷き、呼吸を繰り返してから、話し始めた。
「去年、剣道の大きな大会に出ました。高校生活最後の、全国大会です。絶対に負けたくなかったから、気合いも入ってたし、興奮もしてたと思います。部員……仲間も皆同じで、団体戦でも決勝までいきました」
「いやぁ……全国大会の、決勝? 凄いなぁ、ホンマに凄いわ」
百花は、珍しく頬を染めながら喜んでいた。だがそんな嬉しそうな顔をされると、初名はかえって苦い気持ちになっていた。
「団体って確か……順番決まってるんやなかった? 中堅とか、大将とかが強いんやろ?」
「はい。私は中堅を任されてました。決勝の相手校は、団体戦に二年生が混ざってて、その子が中堅で、私の相手でした……すごく強かった」
「いやぁ、その子も凄いなぁ」
初名は、その言葉には苦いながらも笑って頷いていた。
「大将戦より凄かったって、終わった後、皆に言われました」
「そうなんや。どっちが勝ったん?」
「……相手です」
「……そうか」
百花の声が、少し気遣わしげに響いた。初名も声を落としてしまったからかもしれない。だが、初名がはっきりと言えなかったのは、それだけが理由ではなかった。その空気を、百花は感じ取ったようだ。
「……その試合で、何かあったん?」
初名は、再び深呼吸した。答えるために、心の準備がいるのだ。
「私の竹刀が、折れてしまって……」
「竹刀が折れるて……そんなことあるん?」
「滅多にないですけど、たまには。激しくぶつかった時に相手の竹刀が私の竹刀に突き刺さって、勢いで離そうとしたらものすごくしなって、メキメキッて音がして……」
「いやぁ……」
「あ、でも別に反則じゃないんですよ。審判に言って試合を止めて貰って、急いで竹刀を替えたから試合は続けられました。けどなんだか集中が切れちゃって……それを原因にするべきじゃないとは思うんですけど、やっぱり悔しかった。コートを出て面を取った後も、私、ぶっきらぼうにしてたんだと思います。大将戦まで終わった後、中堅戦のその子が来てくれて、謝ってくれました」
「……ええ子やね」
「そう思います。ただちょっと強引で……自分の竹刀を私に押しつけて、折れた竹刀を持って行こうとしたんです。お詫びですって言って」
「あら、まぁ……」
「負けた直後っていうのもあったし、あまりに強引に持って行こうとするから、自分で思ったよりも強く引き留めちゃって、ちょっとしたもみ合いみたいになってしまって……その、竹刀の、折れた先が……目に……」
百花の静かな呼吸の音が響いた。だがそれ以上に、初名のしゃくり上げる声が、大きく響いていた。
初名は拳を必死に握りしめ、口を閉じて嗚咽を堪えようとしていた。
その言葉を受け止めた百花は、驚く様子もなく、ゆったりと初名の顔を覗き込んだ。
「……なんで傷つけてしもたんか、聞いてもええ?」
初名は、ゆっくりと頷き、呼吸を繰り返してから、話し始めた。
「去年、剣道の大きな大会に出ました。高校生活最後の、全国大会です。絶対に負けたくなかったから、気合いも入ってたし、興奮もしてたと思います。部員……仲間も皆同じで、団体戦でも決勝までいきました」
「いやぁ……全国大会の、決勝? 凄いなぁ、ホンマに凄いわ」
百花は、珍しく頬を染めながら喜んでいた。だがそんな嬉しそうな顔をされると、初名はかえって苦い気持ちになっていた。
「団体って確か……順番決まってるんやなかった? 中堅とか、大将とかが強いんやろ?」
「はい。私は中堅を任されてました。決勝の相手校は、団体戦に二年生が混ざってて、その子が中堅で、私の相手でした……すごく強かった」
「いやぁ、その子も凄いなぁ」
初名は、その言葉には苦いながらも笑って頷いていた。
「大将戦より凄かったって、終わった後、皆に言われました」
「そうなんや。どっちが勝ったん?」
「……相手です」
「……そうか」
百花の声が、少し気遣わしげに響いた。初名も声を落としてしまったからかもしれない。だが、初名がはっきりと言えなかったのは、それだけが理由ではなかった。その空気を、百花は感じ取ったようだ。
「……その試合で、何かあったん?」
初名は、再び深呼吸した。答えるために、心の準備がいるのだ。
「私の竹刀が、折れてしまって……」
「竹刀が折れるて……そんなことあるん?」
「滅多にないですけど、たまには。激しくぶつかった時に相手の竹刀が私の竹刀に突き刺さって、勢いで離そうとしたらものすごくしなって、メキメキッて音がして……」
「いやぁ……」
「あ、でも別に反則じゃないんですよ。審判に言って試合を止めて貰って、急いで竹刀を替えたから試合は続けられました。けどなんだか集中が切れちゃって……それを原因にするべきじゃないとは思うんですけど、やっぱり悔しかった。コートを出て面を取った後も、私、ぶっきらぼうにしてたんだと思います。大将戦まで終わった後、中堅戦のその子が来てくれて、謝ってくれました」
「……ええ子やね」
「そう思います。ただちょっと強引で……自分の竹刀を私に押しつけて、折れた竹刀を持って行こうとしたんです。お詫びですって言って」
「あら、まぁ……」
「負けた直後っていうのもあったし、あまりに強引に持って行こうとするから、自分で思ったよりも強く引き留めちゃって、ちょっとしたもみ合いみたいになってしまって……その、竹刀の、折れた先が……目に……」
百花の静かな呼吸の音が響いた。だがそれ以上に、初名のしゃくり上げる声が、大きく響いていた。
初名は拳を必死に握りしめ、口を閉じて嗚咽を堪えようとしていた。
0
あなたにおすすめの小説
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
後宮の胡蝶 ~皇帝陛下の秘密の妃~
菱沼あゆ
キャラ文芸
突然の譲位により、若き皇帝となった苑楊は封印されているはずの宮殿で女官らしき娘、洋蘭と出会う。
洋蘭はこの宮殿の牢に住む老人の世話をしているのだと言う。
天女のごとき外見と豊富な知識を持つ洋蘭に心惹かれはじめる苑楊だったが。
洋蘭はまったく思い通りにならないうえに、なにかが怪しい女だった――。
中華後宮ラブコメディ。
烏の王と宵の花嫁
水川サキ
キャラ文芸
吸血鬼の末裔として生まれた華族の娘、月夜は家族から虐げられ孤独に生きていた。
唯一の慰めは、年に一度届く〈からす〉からの手紙。
その送り主は太陽の化身と称される上級華族、縁樹だった。
ある日、姉の縁談相手を誤って傷つけた月夜は、父に遊郭へ売られそうになり屋敷を脱出するが、陽の下で倒れてしまう。
死を覚悟した瞬間〈からす〉の正体である縁樹が現れ、互いの思惑から契約結婚を結ぶことになる。
※初出2024年7月
私が王子との結婚式の日に、妹に毒を盛られ、公衆の面前で辱められた。でも今、私は時を戻し、運命を変えに来た。
MayonakaTsuki
恋愛
王子との結婚式の日、私は最も信頼していた人物――自分の妹――に裏切られた。毒を盛られ、公開の場で辱められ、未来の王に拒絶され、私の人生は血と侮辱の中でそこで終わったかのように思えた。しかし、死が私を迎えたとき、不可能なことが起きた――私は同じ回廊で、祭壇の前で目を覚まし、あらゆる涙、嘘、そして一撃の記憶をそのまま覚えていた。今、二度目のチャンスを得た私は、ただ一つの使命を持つ――真実を突き止め、奪われたものを取り戻し、私を破滅させた者たちにその代償を払わせる。もはや、何も以前のままではない。何も許されない。
後宮の手かざし皇后〜盲目のお飾り皇后が持つ波動の力〜
二位関りをん
キャラ文芸
龍の国の若き皇帝・浩明に5大名家の娘である美華が皇后として嫁いできた。しかし美華は病により目が見えなくなっていた。
そんな美華を冷たくあしらう浩明。婚儀の夜、美華の目の前で彼女付きの女官が心臓発作に倒れてしまう。
その時。美華は慌てること無く駆け寄り、女官に手をかざすと女官は元気になる。
どうも美華には不思議な力があるようで…?
JKメイドはご主人様のオモチャ 命令ひとつで脱がされて、触られて、好きにされて――
のぞみ
恋愛
「今日から、お前は俺のメイドだ。ベッドの上でもな」
高校二年生の蒼井ひなたは、借金に追われた家族の代わりに、ある大富豪の家で住み込みメイドとして働くことに。
そこは、まるでおとぎ話に出てきそうな大きな洋館。
でも、そこで待っていたのは、同じ高校に通うちょっと有名な男の子――完璧だけど性格が超ドSな御曹司、天城 蓮だった。
昼間は生徒会長、夜は…ご主人様?
しかも、彼の命令はちょっと普通じゃない。
「掃除だけじゃダメだろ? ご主人様の癒しも、メイドの大事な仕事だろ?」
手を握られるたび、耳元で囁かれるたび、心臓がバクバクする。
なのに、ひなたの体はどんどん反応してしまって…。
怒ったり照れたりしながらも、次第に蓮に惹かれていくひなた。
だけど、彼にはまだ知られていない秘密があって――
「…ほんとは、ずっと前から、私…」
ただのメイドなんかじゃ終わりたくない。
恋と欲望が交差する、ちょっぴり危険な主従ラブストーリー。
【完結】乙女ゲーム開始前に消える病弱モブ令嬢に転生しました
佐倉穂波
恋愛
転生したルイシャは、自分が若くして死んでしまう乙女ゲームのモブ令嬢で事を知る。
確かに、まともに起き上がることすら困難なこの体は、いつ死んでもおかしくない状態だった。
(そんな……死にたくないっ!)
乙女ゲームの記憶が正しければ、あと数年で死んでしまうルイシャは、「生きる」ために努力することにした。
2023.9.3 投稿分の改稿終了。
2023.9.4 表紙を作ってみました。
2023.9.15 完結。
2023.9.23 後日談を投稿しました。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる