大阪梅田あやかし横丁〜地下迷宮のさがしもの〜

真鳥カノ

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其の伍 紡ぐ思い、解ける時間(とき)

十八

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 百花の語る不穏な言葉にも、風見は黙って耳を傾けていた。
 思わず息をのんでしまった初名に、百花は悲しげな面持ちを向けた。
「やっぱり、嫌やんな……自分のおばあさんが、そんな目で見られてたやなんて」
「そ、そんな……ちょっとびっくりしただけで……」
「ええの。ええのよ。だって、うちは嫌になったから。そんな風にちょっとでも考えてしもた自分が、心底から嫌になった。その時になってようやく気付いたんや。結局、あの子のことを外へ出る道具みたいに思てたんやって……外へ出してくれへんのやったら、せめて血や肉を貰いたい、なんて……そんなおぞましいことを……!」
 悲しげだった百花の瞳が、じわりと滲んだ。初名が思わずその手を重ねようとすると、百花はやんわりとそれを振り払った。
「そうか……だからお前は、あんなこと言うたんか」
 背を向けたまま、風見がぽつりと呟いた。その声に、百花は小さく頷いた。
「あれだけ一緒におるのが楽しいと思てたのに、もう外に出してくれへんとわかった途端、喰いとうて仕方なくなった。このままやったら、うちは取り返しのつかんことをしてしまう。そう思て、うちはあの子を突き放したんや。『もうここへは来んといて。大嫌い』って言って……そうしたらあの子、泣いて帰って、二度と来んようになってしもた」
「正確には、俺がもう来んように言うた。このままやったら、喰われるかもしれん、て言うてな……すまんかった」
 百花は、肩をふるわせながら、かぶりを振っていた。
「それでええ。ありがとう、風見さん……こんな酷い女、友達やない方がええのよ。嫌いになってくれて、良かったんや」
「嫌いには……なってないと思います」
 初名は、遠慮がちではあるが、はっきりと言い放った。百花の目からこぼれ落ちる涙が、ぴたりと止んでいた。
「そんなわけあれへんわ。大嫌いとか、喰われるとか言われてるんやで」
「私よりも、百花さん自身の方がわかってるんじゃないんですか? 私なんかよりずっと前から、わかっていたんでしょう?」
 そう言うと、初名は自分の鞄を引き寄せて、百花の前に差し出した。梅の柄が描かれた着物を再利用して作られた鞄だ。
 梅の花が散らした柄は可憐であり、華やかだった。何かの祝い事のように。
「おばあちゃん、この着物のこと、ずっと大事にしてました。私が成人式の時に着せてあげるって言ってくれました。自分が、成人式の時に、大事な友達が作ってくれたものだからって」
「……梅子が、そう言うてたの?」
 初名が頷くと、百花はその白い手をそっと伸ばした。そして慈しむように、そっと触れていた。
「……結局、自分のお迎えの方が、成人式より先に来るだろうって言って、こうして鞄にしてくれたんです。あなたも、同じくらい大事な友達を見つけなさいって言って」
「友達……?」
 その言葉の意味を、百花は信じられないようだった。初名は強く頷いて見せた。そして風見も、しっかりと頷いていた。
 そう・・、思っていいのだと、示した。
「ああ……梅子……!」
 初名が手を離すと、百花は鞄を受け取って、そっと優しく抱きしめた。始めは壊さないように、だがだんだんと強く、噛みしめるようにその腕に収めていた。
「実を言うと、私はこっちの方が好きなんです。この方が、いつも一緒にいられるから」
「確かに、そうやね」
 百花はそう言って初名の鞄をもう一度優しく撫でると、静かに立ち上がった。そして、戸棚から何か小さなものを取り出していた。
 百花はそれを、初名に差し出した。巾着よりも小さな、手のひらサイズほどの袋だ。
「あげる」
「え、これをですか? い、頂けません!」
 初名は思わずためらってしまった。
 手渡されたそれは、おそらく正絹しょうけんのとても上等な布地で、染めは入っていないものの、梅の柄の刺繍が入っていた。
 ぽんと貰ってしまえるようなものではないと、一目でわかった。
 だが百花はクスクス笑ってもう一度差し出した。
「ただの匂い袋や。それもうちの着物から作った再利用……そんな恐縮するようなもんとちゃうよ」
 そう言って、百花は強引に匂い袋を初名の鞄に結いつけた。
「女はな、気ぃ抜かれへんのよ。いつでもどこでも、綺麗にしておくんが女の戦支度なんや。香りも含めてな」
 匂い袋は、鞄のお守りと同じ場所に重ねてつけられていた。揺らすと、お守りについた竹刀のストラップと共に、淡い香りがほんのり香ってくる。不思議と、気持ちが落ち着くように感じた。
「これも、お守りや」
 そう言った百花の言葉は、とても力強く、頼もしかった。
 まだ涙がじわりと滲んだままの瞳は、悲しさと喜びと慈しみと、そして初名への激励で、太陽のような輝きを放っていた。
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