となりの天狗様

真鳥カノ

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弐章 比良山の若天狗

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 入って来たのは、見たことのない青年だった。年齢はおそらく太郎と同じくらい。髪はスポーツ選手のように短く揃え、スーツをきっちり着こなしている。その瞳は切れ長なのにやや大きく丸い。それがどうしう理由か見開かれていて、事の他大きくなっている。そしてその大きく熱く、鋭い視線は、藍ただ一人に向けられていた。
 藍は驚きのあまり、瞬きを繰り返すしかできなかった。だが、隣にいた太郎は違った。
「おや、治朗」
 そう言って片手を上げる太郎に、治朗と呼ばれた青年は顔をぱっと綻ばせた。
「兄者!」
 さっき見せた鬼の形相が幻だったかと思うほどの明るい面持ちだ。
 治朗は目に入る一切のものを無視して、太郎のもとに駆け寄った。
「兄者、ご無沙汰しております! 所用で愛宕に伺ったところ、こちらに居を移されたと聞きまして、ご挨拶に伺った次第です」
「そうなんだ。手間かけさせてごめんね。何か用だった?」
「いえ、用の方は済みました。愛宕に伺う際は必ず兄者にご挨拶をせねばなりませんので。しかもお会いするのは数年ぶり……もう矢も楯もたまらず……!」
 要するに、太郎にとてもとても会いたくてたまらなかったので来てしまった、ということらしい。
 太郎の方もそういう翻訳ができているらしく、やや困ったように治朗見つめていた。
「会いに来てくれたのはありがたいけど……まさか飛んで・・・きたんじゃないよね?」
飛んで・・・まいりましたが?」
 その言葉を聞き、太郎はぐいっと治朗の背中を覗き込んだ。その仕草で、藍もまた嫌な予感がした。
 今の治朗の背には何もないが、先日会った際に見た太郎の背中……ちょうど今覗き込んでいる辺りにあったのは、漆黒の翼だった。
「あの、太郎さん、この方もしかして……?」
 藍の嫌な予感を後押しするように、太郎は事も無げに頷いた。
「うん、天狗の仲間だよ。比良山治朗坊っていうんだ」
 紹介された治朗坊は、何も言わず、ぎろりと藍をねめつけていた。その視線は怖いものだったが、同時に反発心も抱いた。
(どうして、何もしてないのに、いきなり睨まれなきゃいけないの……!)
 気付けば藍も同じような視線を治朗に向けていた。二人の火花散る視線の間で、太郎ののんびりとした声が響いた。
「よく次郎坊って名前と間違えられるんだけどね、次郎坊は比良山の頭領で、治朗の義理の父親に当たる人。こっちは息子の治朗なんだ。親子で同じ名前なんだけど漢字だけ違うってややこしいよね。名前つける時にそう言ったんだけどね」
「太郎さん」
「なに?」
「今、この人の名前の由来までは聞かせてくれなくて結構です。要するに、この人は天狗で、比良山治朗坊って名前なんですね」
「そうだよ」
 藍が名を呼んだ瞬間、治朗坊の視線がさらに鋭利さを増した。逆鱗に触れたかのような、怒気を感じる。
「誰が俺の名を呼んでいいと言った、人間。まず貴様が名乗れ!」
「どうして名乗らないといけないんですか。失礼なのはあなたでしょ」
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