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弐章 比良山の若天狗
二十一
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「あのぅ……それでいくと、今、太郎さんに気をあげたのはどうなるんですか? ケンゾク……とかとは、違うんですか? 違いますよね?」
藍は知らない間に太郎とまでそんな契約をしたのでは、と警戒していた。だが太郎は、愛の言葉を別の意味で捉えたようで、ほんのり頬を染めて答えた。
「今のは給水ポイントで水を貰ったようなものかな。残念ながら、僕のこの身は、すでに愛宕権現の眷属だから……藍の気持ちには応えてあげられないんだ。ごめんね」
藍は、少しの間忘れていた感覚を思い出した。背筋がゾクッとして寒気を覚える感覚を。
「だったら……さっさと山に帰ってください! そしたらもう倒れる心配もないでしょ!」
「え、嫌だよ」
太郎は、さらりと言った。
「何でですか! 学校までの距離を行き来するだけで倒れるんだから、ここにいない方が良いでしょ!」
「僕の身は権現に捧げたけど、心は藍に捧げたから。一緒にいないと死んじゃう」
「私じゃないでしょーが! いい加減にしてください! 治朗さんも何か言ってください! 太郎さんがこのまま弱っても良いんですか?」
「……いや」
藍と太郎が言い合う中、何故か治朗はじっと押し黙っていた。ただただ、二人の様子を見つめていた。
そして藍から声がかかると、小さく頷いた。
「兄者がここに残ると仰るなら、そうなさればよろしいかと。俺が微力ながらお支えします」
「は!?」
治朗はくるりと藍の方を向いて、居住まいを正した。
「俺も、本日よりこちらで世話になる。よろしく頼む」
「な、何でそうなるんですか……!?」
「兄者はお前の傍にいることを望んでおられる。そのためにご苦労があるのだから、おれでができることでお支えしたいと、さっきから言っている」
「だ、だって別のお山ですよね? どうしてそこまで……」
「お前には関係ない。それに……」
治朗は、じっと藍の顔を見つめた。何やら言葉に詰まったような、困っているような面持ちだった。
「な、何ですか?」
「いや、いい」
「要約すると、これからずっと藍の護衛を引き受けてくれるってこと? あと買い物とか掃除とか周辺の見回りとか諸々」
「は、はい、喜んで!」
別の用事まで押しつけていたように聞こえたが、藍は黙っておいた。
「良かった。治朗になら安心して任せられるよ。ありがとうね」
「いえ、兄者のためならば、これくらい……!」
「いやいや、冗談じゃないですよ! 何で二人も……」
「ちゃんと家賃は二部屋分、払うよ?」
「当たり前ですよ!」
「ああ、そうだ。まずは母君の許可だよね。ちょっと待ってね、今聞いてみるから」
藍が言いたいのは、そういうことじゃなかった。
だが太郎と治朗の間で話がまとまっていく。どうしてか、家主に近いはずの藍の言葉が一番届かない。そして太郎がどうしてスマートフォンを持っているのか。疑問が増えるばかりだった。
「母君、いいって言ってくれたよ」
「あの寛大な女性か。改めてご挨拶をせねば」
治朗は、母・優子の店の方向に手を合わせて深々とお辞儀をすると、すぐ隣にいる藍に向き直った。
そして時代劇のお侍のようにぴんと背筋を伸ばし、深く頭を下げた。
「藍……といったな。数々の非礼、謝罪する。これからどうぞ、よろしく頼む」
「う……は、はい……」
母の許可まで得てしまっては、藍も承諾せざるを得ない。
藍は、しぶしぶ同じように頭を下げた。
互いに顔を上げると、治朗は晴れ晴れとしたように笑みを浮かべた。
藍は知らない間に太郎とまでそんな契約をしたのでは、と警戒していた。だが太郎は、愛の言葉を別の意味で捉えたようで、ほんのり頬を染めて答えた。
「今のは給水ポイントで水を貰ったようなものかな。残念ながら、僕のこの身は、すでに愛宕権現の眷属だから……藍の気持ちには応えてあげられないんだ。ごめんね」
藍は、少しの間忘れていた感覚を思い出した。背筋がゾクッとして寒気を覚える感覚を。
「だったら……さっさと山に帰ってください! そしたらもう倒れる心配もないでしょ!」
「え、嫌だよ」
太郎は、さらりと言った。
「何でですか! 学校までの距離を行き来するだけで倒れるんだから、ここにいない方が良いでしょ!」
「僕の身は権現に捧げたけど、心は藍に捧げたから。一緒にいないと死んじゃう」
「私じゃないでしょーが! いい加減にしてください! 治朗さんも何か言ってください! 太郎さんがこのまま弱っても良いんですか?」
「……いや」
藍と太郎が言い合う中、何故か治朗はじっと押し黙っていた。ただただ、二人の様子を見つめていた。
そして藍から声がかかると、小さく頷いた。
「兄者がここに残ると仰るなら、そうなさればよろしいかと。俺が微力ながらお支えします」
「は!?」
治朗はくるりと藍の方を向いて、居住まいを正した。
「俺も、本日よりこちらで世話になる。よろしく頼む」
「な、何でそうなるんですか……!?」
「兄者はお前の傍にいることを望んでおられる。そのためにご苦労があるのだから、おれでができることでお支えしたいと、さっきから言っている」
「だ、だって別のお山ですよね? どうしてそこまで……」
「お前には関係ない。それに……」
治朗は、じっと藍の顔を見つめた。何やら言葉に詰まったような、困っているような面持ちだった。
「な、何ですか?」
「いや、いい」
「要約すると、これからずっと藍の護衛を引き受けてくれるってこと? あと買い物とか掃除とか周辺の見回りとか諸々」
「は、はい、喜んで!」
別の用事まで押しつけていたように聞こえたが、藍は黙っておいた。
「良かった。治朗になら安心して任せられるよ。ありがとうね」
「いえ、兄者のためならば、これくらい……!」
「いやいや、冗談じゃないですよ! 何で二人も……」
「ちゃんと家賃は二部屋分、払うよ?」
「当たり前ですよ!」
「ああ、そうだ。まずは母君の許可だよね。ちょっと待ってね、今聞いてみるから」
藍が言いたいのは、そういうことじゃなかった。
だが太郎と治朗の間で話がまとまっていく。どうしてか、家主に近いはずの藍の言葉が一番届かない。そして太郎がどうしてスマートフォンを持っているのか。疑問が増えるばかりだった。
「母君、いいって言ってくれたよ」
「あの寛大な女性か。改めてご挨拶をせねば」
治朗は、母・優子の店の方向に手を合わせて深々とお辞儀をすると、すぐ隣にいる藍に向き直った。
そして時代劇のお侍のようにぴんと背筋を伸ばし、深く頭を下げた。
「藍……といったな。数々の非礼、謝罪する。これからどうぞ、よろしく頼む」
「う……は、はい……」
母の許可まで得てしまっては、藍も承諾せざるを得ない。
藍は、しぶしぶ同じように頭を下げた。
互いに顔を上げると、治朗は晴れ晴れとしたように笑みを浮かべた。
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