となりの天狗様

真鳥カノ

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参章 飯綱山の狐使い

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 その日はなんだか、おかしかった。最初に違和感を感じたのは、一時間目の数学だ。
「次の問題を、えーと五十音順で持田もちだの次の……柚木ゆのき、解いてみろ」
 五十音順で並べば、次は「山南やまなみ」……藍のはずだったのに、とばされた。
 担当していた教師はあまり生徒の名前を覚えない人だったから仕方ないと、その時は思った。
 だが二時間目でも、三時間目でも、四時間目でも、どうしてか藍は名前を呼ばれなかった。まるで教師には見えていないかのように。
 そして、その違和感が決定的になったのは、昼休みだった。
 いつも通り、自分の席で、鞄から太郎お手製のお弁当を取り出した。蓋を開けると、彩り豊かなおかずの数々が目に入る。幸い目は着いていない。
 一度、太郎に”キャラ弁”はやめてほしいと嘆願した。治朗の口添えもあって、あの手の込んだ不気味な”キャラ弁”はなんとか廃止に持ち込めた。それは良かったのだが、毎日のお弁当が非常に手の込んだものであることは変わりなく、むしろ強化されていく羽目になった。
 中学の頃から使っている学生用のお弁当箱に、どこぞの料亭ばりのメニューを詰め込んだお弁当は、かえってクラスメイトの注目を集めた。
 今では、藍がお弁当の蓋を開けると、必ず誰かが覗き込み、感嘆の声を上げ、また別の誰かが寄ってくる。そうしてあっという間に藍の机がクラスメイトに囲まれてしまい、皆が藍のお弁当を記念撮影し終わるまで、藍は一口たりとも口にできないのだ。
 そんなことが半月は続いていたので、藍は半分諦めた心地で、お弁当を広げていた。だが、今日はどこか様子が違う。
「……?」
 弁当箱の蓋を開けたというのに、誰も寄ってこない。もしも誰かが遅れて来たなら……そう思って、藍は蓋を開けたまま、しばらく放置していた。だが、誰も来ないどころか、見向きもしない。
 昼休みの半分が経過しようとしている。そろそろ食べないと、と思い、藍はおそるそおる箸を手にした。そして、同じようにそろりそろりと口に運んだ。
 するとやはり、何も言われない。
「お、おかしい……?」
 それを違和感と呼んでいいものかどうか、藍はしばし悩んだ。だがぱくぱく口に運び、あっという間に弁当箱が空になり、それでも誰も何も言わないといったことが、これまでにはなかった。
 太郎の作るお弁当は、キャラ弁だろうと何だろうと人気だったのだ。それが急に興味を持たれなくなってしまった。
「いったい、どうして……?」
 空になったお弁当箱を見つめて、藍は首をかしげていた。だが、この時はまだ気づいていなかったのだ。

 興味を持たれなくなったのは太郎のお弁当ではなく、藍自身だったということにーー。
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