となりの天狗様

真鳥カノ

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参章 飯綱山の狐使い

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「それはね、藍がその相手を夢の中で投げ飛ばしたから」
「はぁ!?」
「確かに悪夢に取り込まれて現実でも身を崩すといったことは多いけど……聞いた話、そんな怖い目にあってるのに逃げずに対抗するって……しかも勝つって……誰かが悪さしようとしてたんだとしたら、相当びっくりしただろうね」
 太郎は話しながらくつくつと笑っていた。そんな様子を、治朗は初めて見た。
 天狗に召し上げられる前も含めて、何百年と交流があったが、こんなにも可笑しそうに笑うところは、見たことがなかった。
「本当……”違う”のに”同じ”で、困る」
「は?」
 太郎の瞳が、目の前の治朗ではない誰かを見ていた。だがすぐに、治朗に視線を戻した太郎は、いつものゆったりとした様子で話した。
「まぁそういうわけだから、僕としてはそんなに焦ってないんだ。いつも通り、頼んだよ」
「そのことですが、その”いつも通り”も、俺は疑問です」
「何が?」
「兄者はここで藍に結界を張り、俺が藍の傍に着いているということです。それほど藍の身を案じておられるならば、逆にすればいいではありませんか」
 治朗の言い分はもっともだった。太郎も治朗も、共にそれぞれのお山の頭領から実力を認められている。どちらがどちらの役割を担っても、申し分ない働きができる。
「うーん、それはねぇ、僕も考えたんだけどねぇ……ちょっと治朗に任せるのが不安で……」
「な、何故ですか? 俺はこの家と人間一人ぐらい、隠し通して見せます」
「それ」
 太郎は、びしっと治朗を指さした。何のことかわからない治朗はたじろぐが、太郎はぐいぐい膝を詰めていき、妙に厳しい視線を向けていた。
「治朗はさ、強すぎるんだよ」
「はい?」
「結界を張ると言うことは、境界を作ること。藍と、邪なものたちとの境界線をね」
「はい、それはよく存じておりますが……」
 古来より、結界というものは様々な場所に存在してきた。身近なものでいえば、実は箸を箸置きに置くことすら当てはまる。結界とは境界線……その言葉通り、何かと何かを触れさせないもの。転じて、邪なものからその存在を隠す御簾、もしくは壁のようなものとして捉えられる。弱い結界……薄い御簾のようなものならぼんやり隠す程度だが、強い結界……壁になると、その内側に何が存在するのか、結界の外にいる者には認識できなくなってしまうのだ。
「治朗の場合、絶対に危険なものを近づけさせまいとして、境界線が分厚い壁になって、藍が結界の外と全然まったく繋がらなくしてしまいそうなんだよね」
 悩ましげにそう言う太郎を、治朗は愕然として見つめていた。そんなに信用がないのかと。
「あ、兄者……いくら何でも、そんなことは……」
「ないって言い切れる?」
 太郎の曇りない笑みに、治朗は反論できなかった。
 なぜなら、確かに、まさしく、太郎の言った通り、藍を危険なものから遠ざけるため、さらに強い結界を張ってやろうと考えていたからだ。
「……藍の身辺警護に、行って参ります」
「うん、よろしくね」 
 結局、最初の会話に戻った。治朗は先ほどよりも少し……いやかなり元気をなくして、すごすごと家から出たのだった。
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