となりの天狗様

真鳥カノ

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参章 飯綱山の狐使い

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 藍が知らないのも無理はないが、藍と優子がそれぞれ出かけた後の山南家は、実に静かだった。
 太郎も治朗も、藍や優子に話しかけることで賑やかになっていたのだから、当然だろう。
 藍がバタバタと走り去り、優子が店のランチメニューの仕込みに出かけると、家には太郎と治朗の二人だけになる。そして二人とも、不言実行を心がけている。
 二人だけになると、どちらとも、何も言わずとも、各自役割分担をして作業に取りかかるのだった。
 太郎は母屋の、治朗は離れの掃除に。それが終わると太郎は庭を掃き、次いで門前を掃き清める。そしてランチが終わって一息つくであろう優子のもとに弁当を届ける。届けたら商店街に買い物に行き、夕食の準備に取りかかる。合間に細々とした用事も済ませつつ、こうした主夫業をこなしていた。
「では兄者、俺はそろそろ行って参ります」
「うん、よろしくね」
 治朗の方は、掃除を終え、細かな備品の補充などを終えると学校へ向かう。藍の様子を見るためだ。太郎が渡した鈴があれば危機を察知でき、神通力を行使すればすぐに駆けつけられるということから、最近ではそうべったり張り付くと言うこともなくなったのだった。
 その方が藍も喜ぶから、と太郎は言った。だが治朗は、胸の内では承服しかねていたらしい。快く送り出そうとする顔に、治朗は釈然としていないのだった。
「兄者、少しよろしいですか」
「うん?」
 治朗は出かける準備をとりやめて、太郎の前に座り込んだ。昼食の準備を始めようとしていた太郎も、その手を止めた。
 二人揃って、主のいない家の居間で向かい合った。
「兄者は、藍を危険から守ってやりたいとお考えで?」
「そうだよ」
 太郎はすぐさま頷いた。
「それならば何故、今日、藍を一人で行かせたのですか? 朝話していた夢が、ただの夢ではない可能性もあります」
「どうしてそう思うの?」
「兄者の仰る通り、あの者は自身では御しきれない強い力を秘めているからです。そういった者の見る夢は、大抵何かしら意味があった。現実味を帯びて、はっきりと形を成したものほど」
 治朗の言葉を、太郎は一つ一つ頷きながら聞いていた。そして、言葉を選ぶように考え込んだかと思うと、指を二本立てた。
「理由は二つ。一つは、藍の傍に、僕と治朗の二人が揃っていること」
「は?」
「あやかしの類いは、自分より強い者にはそうそう手出しはしない。自分より強い者が目をかけている者にも、ね。僕と治朗、二人が守りについている藍に手出ししようなんて、まず思わないだろう」
「先日の、呼子は?」
 縁側で昼寝をしていた呼子がちらりと二人の方を見た。太郎は、何でもないという風に手を振った。
「あの時は自分の縄張りを荒らされて気が立ってたから。それに木を倒した方はともかく、呼子の方は大きい声で物真似しただけだからね」
 そう言われてしまえば、治朗はひとまず納得するほかなかった。
「……では、もう一つの理由とは?」
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