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参章 飯綱山の狐使い
十一
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「さ、珊瑚……ちゃん? えぇと……琥珀ちゃんとそっくりだね」
「はい。姉妹です」
「姉妹……なるほど……」
珊瑚の口調は、きっぱりとしていた。どうも琥珀とは少し違い、しっかりしたお姉さんといった性格のようだ。
藍は、この子ならば、とふと思った。
「ねえ珊瑚ちゃん。ご主人様(?)に言われて私を探してたのかな?」
「はい、そうです」
「どうしてか、教えてくれる?」
「ご主人様は、”練習”と言ってました」
「れ、練習?」
「はい、人を探す練習です」
「れ……練習して、どうなるの?」
「私たちが、いつか立派にお役目を果たせるようになります!」
「お役目って、何かな?」
「人捜しやじょうほうをさぐる……ということです」
最後の方が曖昧だった。どうもこの珊瑚も、すべては理解できていないらしい。だが責任感が強いということは確かなようだ。
「そっか。頑張らないとね」
「はい」
「じゃあ、一緒にご主人様のところに行こうか。あと琥珀ちゃんも探そう」
「それが……ご主人様がいません」
どこかで聞いた、と藍は思った。それもつい先ほど。
「お話ししてくれません。どこにもいないです……」
琥珀と同じことをしようとして、同じ結果に至ったらしい。先ほどまで気丈に構えていた珊瑚の瞳が、じんわりとにじみ始めた。
「う……だ、大丈夫! お姉さんもご主人様に会ってみたいから、一緒に探そうね。ね?」
藍がそう言うと、珊瑚はぐっと踏ん張り、滲んでいた目元を拭った。
「はい……おねがいします!」
珊瑚は勢いよくお辞儀した。そして、藍が差し出した手を握り、二人並んで歩き出した。
どっちを探せばいいか検討がつかなかったので、ひとまず琥珀と分かれた方向とは逆に向かった。そちらには、大きな公園があるのだ。琥珀か、そのご主人様がいるかもしれない。
「それにしても、こんなに小さいのに偉いね。お役目を果たすって、私が小さい頃は考えてなかったよ」
「ご主人様といっしょにいたくて、私たちはついてきました。当たり前のことです」
「そ、そうか……しっかりしてるなぁ」
「きゅうしょくです」
「……もしかして、恐縮?」
「……きょうしゅく、です」
言い直した珊瑚は、ちょっと赤くなって俯いていた。可愛いと思うと同時に、申し訳ないことをした気分になった。
その時、藍の視界に店の看板が入り込んできた。
「あー珊瑚ちゃん! あれ、食べない?」
藍が指さした看板を、珊瑚も見た。看板には、ふっくら揚がった丸い姿にたっぷりのチョコレートがかかった、ドーナツが描かれていた。
子供扱いしてしまっただろうか、と案じたが、珊瑚の瞳はキラキラ輝きだした。
あの店は今、クラスの女子の間で話題の新規オープンした店だった。全メニュー制覇したいとうっとりしながら言っていた女子とまったく同じ目を、今の珊瑚はしている。
「美味しそうだね。食べてみようか。ね?」
珊瑚は、責任感からかしばし躊躇していたようだったが、美味しそうな看板と店から香ってくる香りに負けたらしい。小さく頷いて、藍に従った。
店のカウンターでは、揚げたての香りとチョコレートの香りが一斉に香ってきた。そういえば琥珀は、お菓子は食べたことがないと言っていた。珊瑚も、こういったチョコレートの香りは初めてなのかもしれない。
手にしたドーナツを、珊瑚はしげしげと眺めていた。ふんわりしたドーナツには甘いチョコレートがかかり、その上には色とりどりのチョコスプレーが散りばめられていた。さらには、チョコレートは上下半分に切られており、間にたっぷりの生クリームが挟まっている。甘さの集中砲火だった。
さらには、珊瑚はそれらを初めて見る。とにかく甘そうな香りと綺麗な彩りに目を白黒させながら、珊瑚はおそるおそるドーナツをかじった。小さな口を目一杯大きく開いて、チョコとドーナツとクリームすべてを口に収める。すると……
「お……おいしいです!」
歓喜の叫びが、道に響き渡った。もちろん藍一人にだが。
だがそんなことなど構わず、珊瑚はぱくぱくと大きな口でドーナツを頬張り続けた。
「良かったぁ」
自分が落ち込ませてしまったと、藍は少し気にしていた。だがこうして元気を取り戻してくれたなら良かった。
藍は、夢中で食べる珊瑚の口元にクリームがついていることに気づいた。
「クリーム、ついちゃってるよ」
ハンカチを取り出し、そっと拭ってやった。琥珀にしたのと同じように。
すると、再びパチンと何かが弾けたような音がした。
藍は、しまった、と思った。珊瑚もまた、ぶるっと震えたからだ。
「お、おひげが……」
「当たっちゃった!? ごめんね、痛い?」
そう尋ねると、珊瑚は小さく頭を振った……ように見えた。今となってはわからない。
ほんの一瞬のうちに、珊瑚の姿が忽然と消えてしまったからだ。
「ま、また……消えちゃった……!」
「はい。姉妹です」
「姉妹……なるほど……」
珊瑚の口調は、きっぱりとしていた。どうも琥珀とは少し違い、しっかりしたお姉さんといった性格のようだ。
藍は、この子ならば、とふと思った。
「ねえ珊瑚ちゃん。ご主人様(?)に言われて私を探してたのかな?」
「はい、そうです」
「どうしてか、教えてくれる?」
「ご主人様は、”練習”と言ってました」
「れ、練習?」
「はい、人を探す練習です」
「れ……練習して、どうなるの?」
「私たちが、いつか立派にお役目を果たせるようになります!」
「お役目って、何かな?」
「人捜しやじょうほうをさぐる……ということです」
最後の方が曖昧だった。どうもこの珊瑚も、すべては理解できていないらしい。だが責任感が強いということは確かなようだ。
「そっか。頑張らないとね」
「はい」
「じゃあ、一緒にご主人様のところに行こうか。あと琥珀ちゃんも探そう」
「それが……ご主人様がいません」
どこかで聞いた、と藍は思った。それもつい先ほど。
「お話ししてくれません。どこにもいないです……」
琥珀と同じことをしようとして、同じ結果に至ったらしい。先ほどまで気丈に構えていた珊瑚の瞳が、じんわりとにじみ始めた。
「う……だ、大丈夫! お姉さんもご主人様に会ってみたいから、一緒に探そうね。ね?」
藍がそう言うと、珊瑚はぐっと踏ん張り、滲んでいた目元を拭った。
「はい……おねがいします!」
珊瑚は勢いよくお辞儀した。そして、藍が差し出した手を握り、二人並んで歩き出した。
どっちを探せばいいか検討がつかなかったので、ひとまず琥珀と分かれた方向とは逆に向かった。そちらには、大きな公園があるのだ。琥珀か、そのご主人様がいるかもしれない。
「それにしても、こんなに小さいのに偉いね。お役目を果たすって、私が小さい頃は考えてなかったよ」
「ご主人様といっしょにいたくて、私たちはついてきました。当たり前のことです」
「そ、そうか……しっかりしてるなぁ」
「きゅうしょくです」
「……もしかして、恐縮?」
「……きょうしゅく、です」
言い直した珊瑚は、ちょっと赤くなって俯いていた。可愛いと思うと同時に、申し訳ないことをした気分になった。
その時、藍の視界に店の看板が入り込んできた。
「あー珊瑚ちゃん! あれ、食べない?」
藍が指さした看板を、珊瑚も見た。看板には、ふっくら揚がった丸い姿にたっぷりのチョコレートがかかった、ドーナツが描かれていた。
子供扱いしてしまっただろうか、と案じたが、珊瑚の瞳はキラキラ輝きだした。
あの店は今、クラスの女子の間で話題の新規オープンした店だった。全メニュー制覇したいとうっとりしながら言っていた女子とまったく同じ目を、今の珊瑚はしている。
「美味しそうだね。食べてみようか。ね?」
珊瑚は、責任感からかしばし躊躇していたようだったが、美味しそうな看板と店から香ってくる香りに負けたらしい。小さく頷いて、藍に従った。
店のカウンターでは、揚げたての香りとチョコレートの香りが一斉に香ってきた。そういえば琥珀は、お菓子は食べたことがないと言っていた。珊瑚も、こういったチョコレートの香りは初めてなのかもしれない。
手にしたドーナツを、珊瑚はしげしげと眺めていた。ふんわりしたドーナツには甘いチョコレートがかかり、その上には色とりどりのチョコスプレーが散りばめられていた。さらには、チョコレートは上下半分に切られており、間にたっぷりの生クリームが挟まっている。甘さの集中砲火だった。
さらには、珊瑚はそれらを初めて見る。とにかく甘そうな香りと綺麗な彩りに目を白黒させながら、珊瑚はおそるおそるドーナツをかじった。小さな口を目一杯大きく開いて、チョコとドーナツとクリームすべてを口に収める。すると……
「お……おいしいです!」
歓喜の叫びが、道に響き渡った。もちろん藍一人にだが。
だがそんなことなど構わず、珊瑚はぱくぱくと大きな口でドーナツを頬張り続けた。
「良かったぁ」
自分が落ち込ませてしまったと、藍は少し気にしていた。だがこうして元気を取り戻してくれたなら良かった。
藍は、夢中で食べる珊瑚の口元にクリームがついていることに気づいた。
「クリーム、ついちゃってるよ」
ハンカチを取り出し、そっと拭ってやった。琥珀にしたのと同じように。
すると、再びパチンと何かが弾けたような音がした。
藍は、しまった、と思った。珊瑚もまた、ぶるっと震えたからだ。
「お、おひげが……」
「当たっちゃった!? ごめんね、痛い?」
そう尋ねると、珊瑚は小さく頭を振った……ように見えた。今となってはわからない。
ほんの一瞬のうちに、珊瑚の姿が忽然と消えてしまったからだ。
「ま、また……消えちゃった……!」
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