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参章 飯綱山の狐使い
十六
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「あなたじゃないならこの二重の結界は誰が張ったんですか。あなたなら解けるんですか。琥珀ちゃんたちは見つけられるんですか。あんな小さな子たちに『ご主人様』なんて呼ばせて恥ずかしくないんですか。いきなり会話できなくなったって泣いてたのに放置するなんて酷いじゃないですか。あと見てたんなら知ってますよね、クレープとドーナツとアイスの料金、請求しますから!」
「お、おう……言うなぁ、お嬢」
いつの間にか呼び名ができていることにも構わず、藍は三郎を睨みつけた。この際だ、何でも聞いてやろうと構えていた。
「えーと、何だっけ……お嬢の二重の結界を張った奴は、太郎じゃない方は知らん。そこはもっと探らないとな」
「じゃあ探らなくていいんですか。依頼なんでしょ」
「そこまでは頼まれてないからな。別料金てやつだ。で、その結界を破れるか……だったな?」
おもむろに、三郎の手が伸びてきた。そして、何かを探るように藍の眼前で止まった。
「お嬢、今朝、猪と遭遇したか?」
「猪?……ああ、私の学校まで会いにてくれ来ました」
「”来てくれた”? ”遭った”じゃなくて?」
藍が頷くと、三郎はふぅんと呟いて、俯いてしまった。そして、急に顔を上げたかと思うと、急に手を出してきた。
「お嬢、その猪からハンカチ受け取ったろう。出せ」
「はい?」
「ハンカチだよ、ハンカチ。うちのチビどもの口を拭いたやつだ」
三郎の手が、ぐいっと藍に迫った。勢いに押され、ポケットからハンカチを取り出し、三郎の手のひらに置いた。すると、三郎はそのハンカチを潰さんばかりに握りしめた。
端に縫い付けたアップリケがしわを刻んでいく。
どうするつもりなんだろうと、藍はハラハラして見ていた。すると、そのハンカチは急に青く染まった。
「え!?」
正確には、三郎の手のひらから生じた青い炎に飲み込まれた。これも太郎たちの言っていた神通力に当たるのだろうか……などということは、この際考えもしなかった。
「えぇぇ!? な、何で? 何で燃やして……!?」
藍の悲痛な叫びが空しく響く中、真っ白だったハンカチはあっという間に青い炎に食い尽くされ、後には黒く焦げた布だったモノだけが残された。
「ふぅ……これでいいぜ。もう無視されることはないだろう」
「そ、それは良かったですけど……これ……私の……」
黒い残骸を拾い集めていると、徐々に音が聞こえ始めた。そして、周囲の視線が妙に背中に刺さると感じ始めた。
「あのお姉ちゃん、公園で火遊びしてるーいけないよね?」
そんな声までが、聞こえてきた。
「おう、周りから認識されるようになってきてるじゃねえか。良かったな」
藍は言おうかどうか迷った。燃え落ちたこのハンカチは、藍が小学生の頃に買って貰って、刺繍をしたり補修をしたりしてずっと使い続けていた一番のお気に入りだったのだと。
迷ったが……やめておいた。どうも助けてくれたらしいことはわかるので、言えなかった。それはぐっと堪えて、必要な一言を告げた。
「あ、ありがとうございます……」
「気にするな。大天狗・飯綱三郎にかかればざっとこんなもんよ」
藍と違い、三郎は胸を反り返らせて、実に得意げに言ったのだった。
「お、おう……言うなぁ、お嬢」
いつの間にか呼び名ができていることにも構わず、藍は三郎を睨みつけた。この際だ、何でも聞いてやろうと構えていた。
「えーと、何だっけ……お嬢の二重の結界を張った奴は、太郎じゃない方は知らん。そこはもっと探らないとな」
「じゃあ探らなくていいんですか。依頼なんでしょ」
「そこまでは頼まれてないからな。別料金てやつだ。で、その結界を破れるか……だったな?」
おもむろに、三郎の手が伸びてきた。そして、何かを探るように藍の眼前で止まった。
「お嬢、今朝、猪と遭遇したか?」
「猪?……ああ、私の学校まで会いにてくれ来ました」
「”来てくれた”? ”遭った”じゃなくて?」
藍が頷くと、三郎はふぅんと呟いて、俯いてしまった。そして、急に顔を上げたかと思うと、急に手を出してきた。
「お嬢、その猪からハンカチ受け取ったろう。出せ」
「はい?」
「ハンカチだよ、ハンカチ。うちのチビどもの口を拭いたやつだ」
三郎の手が、ぐいっと藍に迫った。勢いに押され、ポケットからハンカチを取り出し、三郎の手のひらに置いた。すると、三郎はそのハンカチを潰さんばかりに握りしめた。
端に縫い付けたアップリケがしわを刻んでいく。
どうするつもりなんだろうと、藍はハラハラして見ていた。すると、そのハンカチは急に青く染まった。
「え!?」
正確には、三郎の手のひらから生じた青い炎に飲み込まれた。これも太郎たちの言っていた神通力に当たるのだろうか……などということは、この際考えもしなかった。
「えぇぇ!? な、何で? 何で燃やして……!?」
藍の悲痛な叫びが空しく響く中、真っ白だったハンカチはあっという間に青い炎に食い尽くされ、後には黒く焦げた布だったモノだけが残された。
「ふぅ……これでいいぜ。もう無視されることはないだろう」
「そ、それは良かったですけど……これ……私の……」
黒い残骸を拾い集めていると、徐々に音が聞こえ始めた。そして、周囲の視線が妙に背中に刺さると感じ始めた。
「あのお姉ちゃん、公園で火遊びしてるーいけないよね?」
そんな声までが、聞こえてきた。
「おう、周りから認識されるようになってきてるじゃねえか。良かったな」
藍は言おうかどうか迷った。燃え落ちたこのハンカチは、藍が小学生の頃に買って貰って、刺繍をしたり補修をしたりしてずっと使い続けていた一番のお気に入りだったのだと。
迷ったが……やめておいた。どうも助けてくれたらしいことはわかるので、言えなかった。それはぐっと堪えて、必要な一言を告げた。
「あ、ありがとうございます……」
「気にするな。大天狗・飯綱三郎にかかればざっとこんなもんよ」
藍と違い、三郎は胸を反り返らせて、実に得意げに言ったのだった。
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