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参章 飯綱山の狐使い
十九
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その大きな音と衝撃は、藍の目の前で起こり、止んだ。痛みは、少しもない。あの大石に押しつぶされたかと思ったが、どうもそうではない。
藍がおそるおそる目を開けると、先ほど眼前に迫っていた大石が、ぱっくりと二つに割れて地面に転がっていた。
突然そんな事態が起こり、周囲は騒然としていた。
そんな中、藍の足下にぴょこぴょこと小さな影が近寄ってきた。
「おねえさん、無事ですか!?」
「……こ、琥珀ちゃん?」
琥珀だけでなく、珊瑚と翡翠も、揃って藍を見上げていた。
「おねえさん、怪我はないですか」
「いたくないですか?」
「こわいですか」
三人とも、大きな瞳の半分に涙をにじませながら、藍に迫ってきた。この子たちが、あの大石を割ってくれたのだと、わかった。
「だ……大丈夫だよ。皆のおかげで、けがしてないよ。ありがとう」
藍が笑ってそう言うと、琥珀たちの涙が堰を切ったようにあふれ出した。そして……
「う……うわぁぁぁぁぁぁぁん!」
三人は一斉に泣き出し、藍の膝にしがみついた。この子たちこそ、必死だったのかもしれない。急にひとりぼっちになったかと思ったら、藍の危機を察知した。三人で力を合わせることで、どうにか藍を救ってくれた。さっき会ったばかりの藍を。
「心配かけちゃったんだね。ごめんね。助けてくれて、本当にありがとうね……!」
「おねえさんが無事でした……うわぁぁ!」
「死んじゃうと思いました……!」
「良かったです……うわぁぁぁん」
藍自身、ほっとすると腰が抜けてしまった。立ち上がれない代わりに、泣きつく三人をぎゅっと抱きしめることにした。
その時だった。また、大きな音が聞こえたのはーー
「うそ……!?」
上空には、先ほどと同じか、更に大きな石……いや、岩が降ってきている。今の藍には、避けることなどできない。
ちらりと視線を動かすと、驚きの表情で駆け寄ろうとしている三郎がいる。だが、これでは間に合ったとしても無事では済まない。
藍は思わず身をかがめ、三人の上から覆い被さった。
(せめてこの子たちを、少しでも守らないと……!)
今度こそ、と藍は覚悟を決めた。だがその瞬間、藍たちを突風が襲った。石どころか地面の砂埃まで舞い上がったかと思うと、藍たちの上に別の影が出来た。
目を向けると、それは影ではなく、影よりも真っ黒な、翼だった。
「治朗くん!?」
藍の声に応えることはせず、治朗は落ちてくる岩に向けて構えを取った。そして大きく振りかぶったかと思うと、大岩に向けて拳を振るった。
岩は、大きな音を立てて方向を変え、飛んでいった。アーケードの屋根など超えて、遙か上空へ、遙か遠くまで。その姿が豆粒ほどの大きさになって見えなくなっても、岩はまだ飛んでいた。数秒後、遠くの山で衝突したように見えたのだった。
それから呆然と、岩の飛んでいった方角を見守っていたが、それ以降、”天狗礫”が降って来ることはなくなったのだった。治朗が、退治したという事らしい。
「……す、すごい……」
「あれくらい造作もない」
手の泥を払いながら、本当に何でもないように治朗は言った。そして、右手を差し出した。
「無事か」
「は、はい……無事です」
治朗に対しては対等に話すようになっていたというのに、思わず敬語に戻ってしまった。治朗に引き上げられて立ち上がると、つられるように管狐たちも立ち上がった。大岩を投げ飛ばしてしまった治朗を尊敬半分、畏怖半分といった目で見つめている。
「……三郎の管狐たちだな。お前たちも無事か」
三人揃ってこくこく頷いた様子を見て、治朗はようやく息を吐き出した。すると、横合いから信じられないほどのんきな声が寄ってきた。
「いやぁ、さすがは比良の跡取り息子。豪快だねぇ」
ぱちぱちと軽い拍手の音を響かせながら、三郎は歩み寄った。そのニコニコした顔を、治朗はぎろりと睨みつけた。
「”さすが”ではない。いったい何をやっている! 藍もお前の管狐たちも死ぬところだったんだぞ」
「何言ってんだ。お前が来たじゃねえか」
「俺が来なければどうするつもりだったんだと言っている!」
「来るだろ?」
三郎は、何かを確信しているように、ニタリと笑った。その顔を見て、治朗の眉がぴくりと跳ね上がった。
「お前まさか……俺を呼ぶために藍を囮に……!?」
「まさか、そんな酷い真似するわけねえだろ」
三郎は、笑ったままそう言った。治朗の言葉に対する本当の答えは、読めない。
治朗の眉がみるみるつり上がり、唇は歪んでいく。
藍が三人を抱き寄せて二人の纏う空気を見守る中、もう一つの声が、響いてきた。
「許せない……!」
地の底から響いてくるような音だった。同時に、小さく、か細い、鈴の音が聞こえた。
藍がおそるおそる目を開けると、先ほど眼前に迫っていた大石が、ぱっくりと二つに割れて地面に転がっていた。
突然そんな事態が起こり、周囲は騒然としていた。
そんな中、藍の足下にぴょこぴょこと小さな影が近寄ってきた。
「おねえさん、無事ですか!?」
「……こ、琥珀ちゃん?」
琥珀だけでなく、珊瑚と翡翠も、揃って藍を見上げていた。
「おねえさん、怪我はないですか」
「いたくないですか?」
「こわいですか」
三人とも、大きな瞳の半分に涙をにじませながら、藍に迫ってきた。この子たちが、あの大石を割ってくれたのだと、わかった。
「だ……大丈夫だよ。皆のおかげで、けがしてないよ。ありがとう」
藍が笑ってそう言うと、琥珀たちの涙が堰を切ったようにあふれ出した。そして……
「う……うわぁぁぁぁぁぁぁん!」
三人は一斉に泣き出し、藍の膝にしがみついた。この子たちこそ、必死だったのかもしれない。急にひとりぼっちになったかと思ったら、藍の危機を察知した。三人で力を合わせることで、どうにか藍を救ってくれた。さっき会ったばかりの藍を。
「心配かけちゃったんだね。ごめんね。助けてくれて、本当にありがとうね……!」
「おねえさんが無事でした……うわぁぁ!」
「死んじゃうと思いました……!」
「良かったです……うわぁぁぁん」
藍自身、ほっとすると腰が抜けてしまった。立ち上がれない代わりに、泣きつく三人をぎゅっと抱きしめることにした。
その時だった。また、大きな音が聞こえたのはーー
「うそ……!?」
上空には、先ほどと同じか、更に大きな石……いや、岩が降ってきている。今の藍には、避けることなどできない。
ちらりと視線を動かすと、驚きの表情で駆け寄ろうとしている三郎がいる。だが、これでは間に合ったとしても無事では済まない。
藍は思わず身をかがめ、三人の上から覆い被さった。
(せめてこの子たちを、少しでも守らないと……!)
今度こそ、と藍は覚悟を決めた。だがその瞬間、藍たちを突風が襲った。石どころか地面の砂埃まで舞い上がったかと思うと、藍たちの上に別の影が出来た。
目を向けると、それは影ではなく、影よりも真っ黒な、翼だった。
「治朗くん!?」
藍の声に応えることはせず、治朗は落ちてくる岩に向けて構えを取った。そして大きく振りかぶったかと思うと、大岩に向けて拳を振るった。
岩は、大きな音を立てて方向を変え、飛んでいった。アーケードの屋根など超えて、遙か上空へ、遙か遠くまで。その姿が豆粒ほどの大きさになって見えなくなっても、岩はまだ飛んでいた。数秒後、遠くの山で衝突したように見えたのだった。
それから呆然と、岩の飛んでいった方角を見守っていたが、それ以降、”天狗礫”が降って来ることはなくなったのだった。治朗が、退治したという事らしい。
「……す、すごい……」
「あれくらい造作もない」
手の泥を払いながら、本当に何でもないように治朗は言った。そして、右手を差し出した。
「無事か」
「は、はい……無事です」
治朗に対しては対等に話すようになっていたというのに、思わず敬語に戻ってしまった。治朗に引き上げられて立ち上がると、つられるように管狐たちも立ち上がった。大岩を投げ飛ばしてしまった治朗を尊敬半分、畏怖半分といった目で見つめている。
「……三郎の管狐たちだな。お前たちも無事か」
三人揃ってこくこく頷いた様子を見て、治朗はようやく息を吐き出した。すると、横合いから信じられないほどのんきな声が寄ってきた。
「いやぁ、さすがは比良の跡取り息子。豪快だねぇ」
ぱちぱちと軽い拍手の音を響かせながら、三郎は歩み寄った。そのニコニコした顔を、治朗はぎろりと睨みつけた。
「”さすが”ではない。いったい何をやっている! 藍もお前の管狐たちも死ぬところだったんだぞ」
「何言ってんだ。お前が来たじゃねえか」
「俺が来なければどうするつもりだったんだと言っている!」
「来るだろ?」
三郎は、何かを確信しているように、ニタリと笑った。その顔を見て、治朗の眉がぴくりと跳ね上がった。
「お前まさか……俺を呼ぶために藍を囮に……!?」
「まさか、そんな酷い真似するわけねえだろ」
三郎は、笑ったままそう言った。治朗の言葉に対する本当の答えは、読めない。
治朗の眉がみるみるつり上がり、唇は歪んでいく。
藍が三人を抱き寄せて二人の纏う空気を見守る中、もう一つの声が、響いてきた。
「許せない……!」
地の底から響いてくるような音だった。同時に、小さく、か細い、鈴の音が聞こえた。
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