となりの天狗様

真鳥カノ

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四章 鞍馬山の大天狗

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「おはようございます」
 そろりと台所を覗くと、太郎が忙しく動き回っていた。いつもすぐ疲れてヘトヘトになるのに、いつもよく働いている人だ。治朗がその手伝いとして同じようにくるくる走り回っている。
「ああ、おはよう、藍。勉強疲れたの? 今日はちょっとゆっくりだね」
「すみません」
「いいよ、別に。はい、これお弁当!」
 嬉々として渡されたお弁当箱は、今日もずっしりと重かった。普通の大きさの箱なのだが、そこに詰め込まれたものが重量を増加させている。
 先日、勇気を出してキャラ弁はやめてほしいと言ってみた結果、確かに顔を描くようなことはなくなったのだが、手の込んだメニューであることには変わりない。お節の重箱のような中身を見たクラスメイトたちは、皆一様に祈りが込められていると言った。以来、太郎のお弁当は「祈りの弁当」と呼ばれている。
 食べる藍にとっては、重い”祈り”であった。だけど、そういったことは表に出さないように努めていた。
「……ありがとうございます。いただきます」
受け取る代わりに、持って降りた皿を机に置いた。その皿を見た太郎は、またも目を輝かせた。
「藍、全部食べてくれたの!?」
「は、はい。美味しかったです。ありがとうございました」
「そ、そんないいよぅ、気にしなくて……僕がやりたくてやったことなんだから……うふふ」
 ここまで過剰に照れるようなことを言っただろうか、と藍は首をかしげずにはいられなかった。と、その時、もう一つの皿も視界に入った。
 藍が昨夜、離れまで持って行ったおにぎりの皿だ。
(あ……全部食べてる)
「……何をにやけている」
 にやけている、など自覚はなかったが、ほんの少しぼーっとしていたようだ。治朗の厳格な声が、藍を引きずり戻した。
 だが、藍はもう一度ちらりと視線だけで皿を見た。そこにあったものがなくなっている、という様を見ると、胸の内がぽかぽかと温まっていくのが分かった。
 すると藍は、思わず声をかけていた。
「あの……そっちは、どうでしたか?」
 だが、くるりと振り返った太郎はきょとんとした顔をしていた。
「そっちって?」
「そっちって……そっちのお皿の……おにぎり……」
 太郎は首を傾げたままだった。何もピンと来ていないようだ。
 知らないふりをしているのか、何なのか。つい先ほどまで感じていたぽかぽかした気持ちが、急激に冷えていく。
「ああ、あの握り飯か」
 その時、背後から急に賛辞の声がかかった。治朗の声だ。
「朝方起きたら部屋の前に置いてあったからありがたく頂いた。美味かったぞ」
「……なんて?」
「美味かったぞ」
「その前」
「ありがたく頂いた」
「さらにその前」
「部屋の前に置いてあった……か?」
 藍の頭の中で、瞬時に離れの見取り図が展開された。
 2階にある太郎と治朗の部屋は壁一枚隔てた隣同士。扉の場所も、ものすごく近いのだ。それこそ壁一枚分ほどの距離しか空いていない。
 そんな場所に、真っ暗な中、手探りで行ったのだ。的確に太郎の部屋の扉の前に置くことは難しい。天狗じゃあるまいし。
「間違えた……!」
 床に崩れ落ちた藍を、太郎と治朗がおそるそおる覗き込んだ。
「大丈夫?」
「何が間違えたんだ?」
「それは……」
 その先を言おうとして、口をつぐんだ。言ってしまえば、おにぎりを作って黙って置いておいた意味がなくなる。
 一応は「美味かった」とも言ってもらえたことだし、ここは話を収束させる方がいいと咄嗟に判断した藍は、覗き込む二人を振り切って立ち上がった。そして、目にはいったおかずの皿を手にした。
「あ、これ! お母さんのお店で出してる煮っころがしだ。これも朝ご飯ですか?」
「うん、昨日余ったんだって。お弁当にも入れてるよ」
「やった! お母さんの煮っころがし美味しくて大好きなんです。運んじゃいますね~」
 そう言って、藍は母の煮っころがしが盛られた大皿を持って台所をあとにした。
(よし、とりあえずごまかせた……!)
 などと思って、ほっとしていた。だが……
「俺は……あの握り飯を食べてはいけなかったのでしょうか?」
「どうもそうみたいだね」
……などという会話が交わされていたことなど、まったく知る由もないのだった。

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