となりの天狗様

真鳥カノ

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終章 となりの天狗様

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「で、どうなってるの」
「な、何がですか……?」
 空を飛んでいても、地上に降りても、こうして家に戻っても、太郎はずーっと藍に詰め寄ったままだった。その主張もまた、先ほどからずーっと変わらない。
 こうして万事解決し、家に帰って皆で食卓を囲んでいる今でさえ、そうだ。
「何で藍と慧が仲良さげなの? 何でいきなり信頼し合ってるの? 何で慧や三郎たちが助けた時の方が藍は嬉しそうなの? 僕の方が付き合いも助けた回数も多いのに!」
 どう言ったものか……藍の頭はずっとその言葉で一杯だった。
「ま、まず……慧は、どうも私の眷属になったみたいです」
「眷属!? 何で、いつの間に!?」
 太郎の視線が慧に向いた。刺々しいどころではないナイフのような視線を受け、慧はたじろいでいた。
「いや、あの……この前怪我したところにハンカチを充ててもらって……その時にこいつの血が俺の血に混ざって……つまり不可抗力で……」
 しどろもどろになりながら何とか話した説明に、藍を含め全員(太郎以外)が、納得したように頷いた。
「なるほどな。猪がことある毎に出てきてたのは、そういう理由か」
 炊きたての白ご飯を噛みしめて、三郎が言う。
「成り行きとは言え、きちんと主人を守っていたんだ。褒めてやって然るべきではないか?」
 優子が作り置きして置いてくれた煮物を頬張りながら、僧正坊が言う。
「あのぅ……それに兄者は、この者については実力・人格共に申し分ないとご自分で仰っておられたのでは……?」
 じっくりと寝かせていた漬物をかじりながら、遠慮がちに治朗が言う。
 三人の天狗たちに口々に言われ、太郎は反論の言葉を無くして唸っていた。
 一方の慧は、食卓についているものの、太郎の嫉妬の視線に怯え、一口も食べていない。まさかこんな事態になるとは、予想していなかった。
「もう……太郎さん、さっき慧にお礼言ってたじゃないですか。『藍を守ってくれてありがとう』って。なのに、どうしてそんなに責めるんですか」
「それとこれとは別なんだよ。助けてくれたこと自体は感謝してる。でもね、今、僕が話してるのは回数とか、期間とか、藍から受けた感謝の度合いの問題なんだよ」
 だめだこりゃ……という声が食卓のどこかから聞こえた。
 慧は、萎縮していくばかりだった。
「すみません……やっぱり俺は、太郎坊の前に顔を出せるような者じゃなかった」
 そう言うと、慧は立ち上がり、縁側から外に出ようとした。
「あー待った待った!」
 慧が萎縮する原因と、太郎の怒りの矛先は、どこか噛み合っていないと、藍は感じていた。必死に慧を引き戻し、太郎の前に座らせる。
「太郎さん、慧は、太郎さんが慧のことを今でも怒っていると思ってるみたいなんですが、どうでしょう」
「……怒ってる? 何で?」
「……え」
 太郎はまだ憮然としていたが、その問いに対しては疑問符が浮かんでいた。
「じ、じゃあ……慧を破門にするべきだって言ってたっていうのは?」
「そんなことまで話してたの? だって仕方ないじゃないか。あの時、うちの頭領の栄術太郎様も、他のお山の頭領も皆、慧を死罪にするべきだなんて言ってたんだから」
「……え、それは……」
 驚き、声を無くした慧に代わり、僧正坊がぱくりと一口頬張りながら、語った。
「それは本当だ。私は賛成しなかったが……そういった意見が強かったのは確かだ。なにせ異例の出来事だったからな。太郎が破門と言い出さなければ、間違いなく死んでいただろう」
 慧は、太郎の顔を見た。再会して初めて、まっすぐにじっと見つめていた。
「……説明しようと思ったのに、すぐにいなくなったから。人の話は最後まで聞きなよ」
「……はい、すみませんでした……!」
 ぽたりと、慧の手のひらに何かが零れた。太郎はそれを、困ったような笑みで見つめていたのだった。
「ね? 話してみないとわからないって言ったでしょ」
「ああ。ありがとう……!」
 藍が慧の肩をぽんぽん叩くと、慧のあふれ出る涙が止まらなくなっていた。慧はそれを隠そうと必死だが、皆から見える位置なので、どうしても隠しおおせなかった。
 治朗も三郎も僧正坊も顔を逸らして、見ないように、食事に意識を傾けるようにした。
 だがその時、またも太郎の眉がぴくりと跳ね上がった。
「……ほらまた」
 藍は、太郎の方を向くのが、いい加減辛くなってきていた。
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