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第4章 祭りの前のひと仕事、ふた仕事
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「……面白くない話をしてしまったな。すまん」
「い、いえ、そのようなことは……」
どう返事をすればいいのかわからないでいたレティシアに、アベルは水をくれるよう、身振りで伝えてきた。
慌てて水差しを手に取るが、気付けばアベルの視線はレティシアを超えて、室内のテーブルに向いていた。
テーブルの上には、起きたら食べられるようにとアランが用意した夕食が置いてあった。パンと、野菜のスープだ。いつも通り、ジャガイモも入っている。
「その……殿下が生きていらしたら、今の状況を喜んで下さったでしょうか」
「ジャガイモ畑が王宮以外にも広がっている光景を、か? さぁ……どうだろうな」
その言葉はつっけんどんで、急に冷え込んだような声音だった。
「もう、死んだ人間だ。死人を喜ばせたところで、俺たちの腹が膨れるわけじゃない」
「そうですけど……どうにか、あの一件での疑いだけでも晴らして差し上げたいじゃないですか」
「会ったこともない人間のことなど、気にするな。弟の……リュシアン王子の、兄への劣等感から来る八つ当たりに散々付き合わされたんだろう。忘れる方が良い」
「でも誤解なのに……!」
「くどい!」
鋭い声が部屋の中に響いた。同時に、アベルのうめき声も、聞こえてきた。
叫んだせいで頭痛が再来したらしい。
「もう……急に大きな声を出すからですよ」
「……いいから、放っておけ。お前の方こそ、いいのか? もうこんなに遅い時間だが……」
「う……」
痛いところを突かれてしまった。もうとっくに夕食の時間を過ぎてしまっている。今戻っても確実に残ってはいないだろう。
「ああ……食材を無駄にさせてしまって申し訳ないわ」
「……家人達が聞けば泣いて喜びそうな台詞だな」
「だって本当ですもの。ここに来て、畑仕事を手伝わせて頂くようになって知りましたから。日々口にしているものが、どれほどの手をかけてられてきたか。それを無駄にさせてしまって……私ったらなんて罪深いのかしら」
「……心配するな。このご時世だ。おそらく家人達のまかないにでもなっているはずだ」
「そうでしょうか? 誰かの口に入るならいいのですけど……ああ、でもそれでもネリー……侍女には迷惑をかけてしまっているわ。きっといつまでも私が帰ってこないからやきもきしているでしょうし……」
「ああ、口裏を合わせてくれているという侍女か」
アベルは少し考え込むと、ゆっくりと起き上がり、そろそろと部屋の端に置いてあるチェストに向かった。
レティシアが支えようとするも、固辞した。なんだか睨まれてしまったが、怒っている様子ではない。あまり病人扱いをされたくはないのだろうか。
そう思っていると、アベルは引き出しから箱を一つ取り出し、レティシアに差し出した。その箱は、見覚えのある箱だった。
「これは……昨日頂いた箱では?」
「ああ」
促されるまま開けてみると、昨日貰ったものと同じペンダントが入っていた。同じような、澄んだ真っ青な、宝石のように輝く魔石のペンダントだ。
「それを、その侍女に渡してやれ。お前の声を届けることが出来る」
「え?」
話が飛躍しすぎていて、すぐには理解できなかった。
「お前の持つ石と、その石とで繋がっていて、お互いに声を届けることが出来るんだ」
「そんな……便利なものが? 本当に?」
「本当だ。アランとジャンも、それでよく連絡を取り合っている」
「……ああ! ジャンが帰ってくるより前にレシピやジャガイモの情報を聞いていたのは、そういう理由で?」
「その通り。ただし、声を送っても、相手に届くには時間がかかる。二人の距離が遠く離れているほど、より長い時間がかかると思った方が良い」
「なるほど……ここと王都では、どれくらいの時間が?」
「今のところ、数時間といったところだな。これでも改良したんだ。初めて作った時は、学院の敷地内ほどの距離でも数時間かかったんだからな」
ほぅと感嘆の息を漏らしつつ、レティシアはちらりとアベルの顔をのぞき見た。苦労して改良した者特有の、達成感と懸念とがない交ぜになった顔をしている。
この技術を、アベルは学院在籍時に確立しようとしていたと聞いた。それは、リュシアンから聞いたエルネスト王子の功績とも重なる。
(王子との……大切なご友人との、共同研究だったのね)
宝物をしまい込むように、レティシアは箱にそっと蓋をした。
「アベル様、ありがとうございます。大事に、使わせて頂きますね」
「……ああ。頼んだ」
ふいに、アベルが微笑んだ。先ほど見せたような、優しく逞しい笑みと、そして発明を見て貰って誇らしげな少年のような、そんな笑みだ。
レティシアは、また顔が熱くなる感覚を覚えた。このままだと、また心臓までおかしくなる。
「じ、じゃあ今日はこれで失礼しますね! 国王陛下にお目通り適うよう、必ずなんとかしますから!」
「ああ」
声は、優しげで穏やかだった。これ以上顔まで見られないと思ったレティシアは、急いで転移魔術を発動させて、逃げるようにその場から消え去ったのだった。
「い、いえ、そのようなことは……」
どう返事をすればいいのかわからないでいたレティシアに、アベルは水をくれるよう、身振りで伝えてきた。
慌てて水差しを手に取るが、気付けばアベルの視線はレティシアを超えて、室内のテーブルに向いていた。
テーブルの上には、起きたら食べられるようにとアランが用意した夕食が置いてあった。パンと、野菜のスープだ。いつも通り、ジャガイモも入っている。
「その……殿下が生きていらしたら、今の状況を喜んで下さったでしょうか」
「ジャガイモ畑が王宮以外にも広がっている光景を、か? さぁ……どうだろうな」
その言葉はつっけんどんで、急に冷え込んだような声音だった。
「もう、死んだ人間だ。死人を喜ばせたところで、俺たちの腹が膨れるわけじゃない」
「そうですけど……どうにか、あの一件での疑いだけでも晴らして差し上げたいじゃないですか」
「会ったこともない人間のことなど、気にするな。弟の……リュシアン王子の、兄への劣等感から来る八つ当たりに散々付き合わされたんだろう。忘れる方が良い」
「でも誤解なのに……!」
「くどい!」
鋭い声が部屋の中に響いた。同時に、アベルのうめき声も、聞こえてきた。
叫んだせいで頭痛が再来したらしい。
「もう……急に大きな声を出すからですよ」
「……いいから、放っておけ。お前の方こそ、いいのか? もうこんなに遅い時間だが……」
「う……」
痛いところを突かれてしまった。もうとっくに夕食の時間を過ぎてしまっている。今戻っても確実に残ってはいないだろう。
「ああ……食材を無駄にさせてしまって申し訳ないわ」
「……家人達が聞けば泣いて喜びそうな台詞だな」
「だって本当ですもの。ここに来て、畑仕事を手伝わせて頂くようになって知りましたから。日々口にしているものが、どれほどの手をかけてられてきたか。それを無駄にさせてしまって……私ったらなんて罪深いのかしら」
「……心配するな。このご時世だ。おそらく家人達のまかないにでもなっているはずだ」
「そうでしょうか? 誰かの口に入るならいいのですけど……ああ、でもそれでもネリー……侍女には迷惑をかけてしまっているわ。きっといつまでも私が帰ってこないからやきもきしているでしょうし……」
「ああ、口裏を合わせてくれているという侍女か」
アベルは少し考え込むと、ゆっくりと起き上がり、そろそろと部屋の端に置いてあるチェストに向かった。
レティシアが支えようとするも、固辞した。なんだか睨まれてしまったが、怒っている様子ではない。あまり病人扱いをされたくはないのだろうか。
そう思っていると、アベルは引き出しから箱を一つ取り出し、レティシアに差し出した。その箱は、見覚えのある箱だった。
「これは……昨日頂いた箱では?」
「ああ」
促されるまま開けてみると、昨日貰ったものと同じペンダントが入っていた。同じような、澄んだ真っ青な、宝石のように輝く魔石のペンダントだ。
「それを、その侍女に渡してやれ。お前の声を届けることが出来る」
「え?」
話が飛躍しすぎていて、すぐには理解できなかった。
「お前の持つ石と、その石とで繋がっていて、お互いに声を届けることが出来るんだ」
「そんな……便利なものが? 本当に?」
「本当だ。アランとジャンも、それでよく連絡を取り合っている」
「……ああ! ジャンが帰ってくるより前にレシピやジャガイモの情報を聞いていたのは、そういう理由で?」
「その通り。ただし、声を送っても、相手に届くには時間がかかる。二人の距離が遠く離れているほど、より長い時間がかかると思った方が良い」
「なるほど……ここと王都では、どれくらいの時間が?」
「今のところ、数時間といったところだな。これでも改良したんだ。初めて作った時は、学院の敷地内ほどの距離でも数時間かかったんだからな」
ほぅと感嘆の息を漏らしつつ、レティシアはちらりとアベルの顔をのぞき見た。苦労して改良した者特有の、達成感と懸念とがない交ぜになった顔をしている。
この技術を、アベルは学院在籍時に確立しようとしていたと聞いた。それは、リュシアンから聞いたエルネスト王子の功績とも重なる。
(王子との……大切なご友人との、共同研究だったのね)
宝物をしまい込むように、レティシアは箱にそっと蓋をした。
「アベル様、ありがとうございます。大事に、使わせて頂きますね」
「……ああ。頼んだ」
ふいに、アベルが微笑んだ。先ほど見せたような、優しく逞しい笑みと、そして発明を見て貰って誇らしげな少年のような、そんな笑みだ。
レティシアは、また顔が熱くなる感覚を覚えた。このままだと、また心臓までおかしくなる。
「じ、じゃあ今日はこれで失礼しますね! 国王陛下にお目通り適うよう、必ずなんとかしますから!」
「ああ」
声は、優しげで穏やかだった。これ以上顔まで見られないと思ったレティシアは、急いで転移魔術を発動させて、逃げるようにその場から消え去ったのだった。
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