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第4章 祭りの前のひと仕事、ふた仕事
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髪を梳かし、きっちり結い上げる。
化粧は薄く、顔色をほんのり赤く見せる程度。
できるだけ肌を隠すよう、露出を抑えたドレス。基調となる色は白と黒。そして同じく黒の手袋をつける。
質素に、清淑に、慎み深く……そうレティシアは装った。
それでも輝き波打つ金の髪を、黒に近いヴェールで覆い隠す。
夜明け前の室内では、あれやこれやと身支度が行われていた。暗い中で黒っぽい装いなのだから、まさしく手探りだった。
大きな鏡の前で、レティシアはランプの明かりを頼りに、自分の全身を見つめ直す。
「これで、失礼ではないかしら?」
その様に、レティシアだけでなく、ネリーまでがうなり声を上げた。普段の倍以上の苦労をした割に、あまり納得のいかない仕上がりだったのだ。
「なんだか……喪服のようですけど」
「目立ってはいけないのだし、これくらいが丁度いいんじゃない? なによりも、訪問するのは教会なのだし」
ネリーはまだ不服そうだったが、レティシアの言葉にしぶしぶ頷いた。
「そうですね……せっかくセルジュ様が急いでお約束を取り付けて下さったんですもの。目立つ格好をして、万一のことがあってはいけませんしね」
「そうよ。まさか昨夜の今朝で話が通るとは思っていなかったけれど。それも大司教様に」
「昔からお嬢様にはお甘いご様子でしたものね」
卒業セレモニーでの一件があって以降、レティシアは教会すらも避けていた。バルニエ領での日々が忙しかったというだけじゃない。
「偽聖女」などと呼ばれ、大勢の目の前で聖大樹を枯らしてしまった。自分を可愛がってくれた大司教に合わせる顔など無かった。
だが、大司教の方は会いたいと伝えてくれていた。
その優しさを利用するようで心苦しかったが、今は、一人でも多く味方が欲しい。
(利用できるものは、何でも利用すると決めたのよ)
気を抜くと、自分の掌すら見失ってしまいそうな暗闇の中、ランプの灯りだけが、しっかりとレティシアたちの在処を示していた。
(しっかり、しなくちゃ……! あの方達には、今、”灯り”が必要なんだから)
レティシアは、胸元にそっと手を置いた。服の布越しに、アベルから贈られたペンダントの感触がある。
「よし」と小さく呟いて、最後に黒のローブをすっぽり被ると、自室を後にした。
ネリーが慎重に前後左右に視線を走らせる。万が一にも誰とも遭遇することのないように、慎重に、裏口まで進んだ。
そこにセルジュと、彼が用意した馬車が待っているのだ。
「まさか自分の家の中でこんなに緊張するなんてね」
「……お嬢様、私は毎日、お嬢様が帰って来るまでこうですよ」
「……悪かったわ」
謹慎中のレティシアの部屋に誰も侵入しないように目を光らせているネリーの苦労が、声に滲み出ていた。
その日頃の経験の甲斐あってか、二人は誰にも見つかることなく、屋敷から出ることが出来た。
「……転移魔法以外で、足を使って屋敷を出たのは久しぶりだわ」
屋敷を一歩出ると、そこかしこに花壇が整えられていた。
庭師が丹念に世話をしている庭の花壇から、甘い香りが漂ってくる……と思ったのだが、違った。花壇は蕾まではなんとか付いているが、葉が色を無くし、茎も細くしなびている。蕾は、太陽から顔を背けてしまっていた。
「……ここでも……」
『恵み』が、こんな王国の中心に近い場所でまで朽ちかかっている。
「もはや、ひとつの領地がどうこうという話ではないかもしれないね」
固く閉じた花びらをじっと見つめていたレティシアの耳に、穏やかな声が聞こえてきた。セルジュは、柔らかな笑みを浮かべていた。
「シア……行こうか」
「ええ、お兄様」
静かに差し出された手に、レティシアは掌を預けた。
化粧は薄く、顔色をほんのり赤く見せる程度。
できるだけ肌を隠すよう、露出を抑えたドレス。基調となる色は白と黒。そして同じく黒の手袋をつける。
質素に、清淑に、慎み深く……そうレティシアは装った。
それでも輝き波打つ金の髪を、黒に近いヴェールで覆い隠す。
夜明け前の室内では、あれやこれやと身支度が行われていた。暗い中で黒っぽい装いなのだから、まさしく手探りだった。
大きな鏡の前で、レティシアはランプの明かりを頼りに、自分の全身を見つめ直す。
「これで、失礼ではないかしら?」
その様に、レティシアだけでなく、ネリーまでがうなり声を上げた。普段の倍以上の苦労をした割に、あまり納得のいかない仕上がりだったのだ。
「なんだか……喪服のようですけど」
「目立ってはいけないのだし、これくらいが丁度いいんじゃない? なによりも、訪問するのは教会なのだし」
ネリーはまだ不服そうだったが、レティシアの言葉にしぶしぶ頷いた。
「そうですね……せっかくセルジュ様が急いでお約束を取り付けて下さったんですもの。目立つ格好をして、万一のことがあってはいけませんしね」
「そうよ。まさか昨夜の今朝で話が通るとは思っていなかったけれど。それも大司教様に」
「昔からお嬢様にはお甘いご様子でしたものね」
卒業セレモニーでの一件があって以降、レティシアは教会すらも避けていた。バルニエ領での日々が忙しかったというだけじゃない。
「偽聖女」などと呼ばれ、大勢の目の前で聖大樹を枯らしてしまった。自分を可愛がってくれた大司教に合わせる顔など無かった。
だが、大司教の方は会いたいと伝えてくれていた。
その優しさを利用するようで心苦しかったが、今は、一人でも多く味方が欲しい。
(利用できるものは、何でも利用すると決めたのよ)
気を抜くと、自分の掌すら見失ってしまいそうな暗闇の中、ランプの灯りだけが、しっかりとレティシアたちの在処を示していた。
(しっかり、しなくちゃ……! あの方達には、今、”灯り”が必要なんだから)
レティシアは、胸元にそっと手を置いた。服の布越しに、アベルから贈られたペンダントの感触がある。
「よし」と小さく呟いて、最後に黒のローブをすっぽり被ると、自室を後にした。
ネリーが慎重に前後左右に視線を走らせる。万が一にも誰とも遭遇することのないように、慎重に、裏口まで進んだ。
そこにセルジュと、彼が用意した馬車が待っているのだ。
「まさか自分の家の中でこんなに緊張するなんてね」
「……お嬢様、私は毎日、お嬢様が帰って来るまでこうですよ」
「……悪かったわ」
謹慎中のレティシアの部屋に誰も侵入しないように目を光らせているネリーの苦労が、声に滲み出ていた。
その日頃の経験の甲斐あってか、二人は誰にも見つかることなく、屋敷から出ることが出来た。
「……転移魔法以外で、足を使って屋敷を出たのは久しぶりだわ」
屋敷を一歩出ると、そこかしこに花壇が整えられていた。
庭師が丹念に世話をしている庭の花壇から、甘い香りが漂ってくる……と思ったのだが、違った。花壇は蕾まではなんとか付いているが、葉が色を無くし、茎も細くしなびている。蕾は、太陽から顔を背けてしまっていた。
「……ここでも……」
『恵み』が、こんな王国の中心に近い場所でまで朽ちかかっている。
「もはや、ひとつの領地がどうこうという話ではないかもしれないね」
固く閉じた花びらをじっと見つめていたレティシアの耳に、穏やかな声が聞こえてきた。セルジュは、柔らかな笑みを浮かべていた。
「シア……行こうか」
「ええ、お兄様」
静かに差し出された手に、レティシアは掌を預けた。
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