家政夫くんと、はてなのレシピ

真鳥カノ

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第二章 四品目 ころころ”パンダさん”

5 動画の中の『ねね』

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 動画の中の奈々は、少し緊張しながらも目一杯の笑顔で観客にお辞儀をし、子供用の補助ペダルを置いてもらって、ピアノに向かっていた。深呼吸をして、そっと鍵盤に指を置くと、小さな手のひらからは想像できない艶やかな音を紡ぎ出した。
 それまでのぎこちない動きとは打って変わって、しなやかに、優しく、だがしっかりと鍵盤の上に指を走らせていく。まるで吸い寄せられるように、奈々の指は次々音を奏で、音はメロディを紡いでいった。
「上手だなぁ……」
「ああ。得意だと聞いてはいたが、これほどとはなぁ」
 竹志と野保が、口々に称賛する。それらを奈々は肩を竦めて聞いていた。だけど奈々の演奏に魅入られている竹志たちは、そんな様子に気付いていなかった。
「ねね、きれい! じょうず!」
「……そう」
 今度は天が、奈々の周りをぴょんぴょん跳ねて叫んだ。されるがままになっている奈々だが、何故か、目を合わせようとしない。
「ねね、あれやって!」
「……あれって……」
「ぽろろん、てやって! さっきのみたいにやってや!」
 天は動画の中の奈々の真似をしていた。しなやかな動きで、架空の鍵盤をぽんぽんと叩いているのがわかる。だけど本当は、真似したいのではなくて、奈々の演奏の方が聞きたいのだ。今、目の前で。
 天の期待に満ちた視線が奈々にまとわりつく。
「やらへん。やめて」
 奈々の低い声が、静かに、だがはっきりと居間に響いた。竹志と野保は視線を交わした。
「天ちゃん、今はピアノがないからさ。いくら奈々ちゃんが上手でもできないよ」
「すまんな、天ちゃん」
 二人から揃ってそう言われ、天はちょっとしゅんと俯いてしまった。だが、めげていない様子ですぐに顔を上げた。
「ほな家帰ったらやって!」
「……家でもできへんよ。ピアノなんて、捨てたもん」
 その言葉には、竹志も野保も驚いた。理由を聞きたい気持ちも湧いたが、今は、それよりも他に気遣うことがあった。
 今目の前で、全部否定されたと感じてむくれている天だ。
「なんで? なんで捨てたん!? さっきの、ききたい!」
 天は地団駄を踏んで、喚くのだった。隣に座っていた竹志だけが、奈々がぐっと拳を握りしめたことに気付いた。
「やってやって、やってぇや! ねね! やって!」
 その時、ドンッと大きな音がした。そして――
「やめてって言ってるやろ! 誰のせいやと思ってんの!」
 奈々の声がやむと、今はしんと静まりかえった。
 竹志は、奈々を止められなかったことを悔やんだが、それ以上に今、どうしていいのかがわからない。それは野保も同様だったようで、奈々と天を交互に見ていた。
 やがて、ひくっと、しゃくり上げる声が聞こえた。はっと天の方を向いた時には、もう遅かった。
 天の両目から、ぽろぽろと大粒の涙がいくつもこぼれ落ちているところだった。
「ねね……やってくれへん……うああああぁぁぁぁぁ!」
 奈々もまた、はっとして天の泣き声を聞いていた。だが、朝とは違って抱き寄せることも、頭を撫でてやることもしなかった。できなかった。
 代わりに野保が天の背中を撫でてやると、絡みつくように野保に抱きついた。
 それを見た奈々は安堵したような、だが同時に、また複雑そうな顔をしていた。
 竹志はどちらに声をかけるべきか、決めあぐねていると、玄関の方で音がした。そして――
「ちょっとどうしたの? 大きい声だして……外まで聞こえてるわよ」
「晶さん!」
 入ってきたのは、スーツ姿の晶だった。そういえば今日は外勤先から直帰して、少し早く帰宅すると言っていた。
 晶の声に弾かれたかのように、奈々は踵を返して居間から出て行った。そして、足音は玄関から出て行ったように聞こえた。
「晶! 追いかけてくれ」
「え? なに?」
 野保から指示が飛ぶと、晶は困惑していた。
「奈々ちゃんが一人になっちゃいかん。追いかけて、話を聞いてやってくれ」
「わ、わかった」
 切羽詰まった野保の表情に気圧されたのか、晶は珍しく文句一つ言わずに玄関から出て行った。慣れない土地を歩き回る奈々が相手なら、晶はすぐに追いつけるだろう。
 竹志も野保も、そう思うことにして、今はひとまず天のことを宥めることに専念した。
 居間には未だ、空を突き破るような天の泣き声が響き渡っているのだった。
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