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序章 枯れ庭から外へ
五
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「さ、紗代子……」
綾の二つ年下の妹・紗代子だった。艶やかな黒髪を揺らして、目を潤ませて綾を見上げる。
「どうして? なぜ、こんなにも突然? しかもお相手は、あの悪徳商人だというではないですか!」
「悪徳商人?」
辰々屋について、そんな噂は聞いたことがない。父と母に向き直ると、父だけが答えた。
「本当のことだろう。徳川を捨てて早々に新政府に取り入って、異能についてお目こぼしをもらい、儲けを出し続けている店だ。善良なわけがない」
「お父様、そんな言い方は……」
「黙れ! 言っておくが悪だろうが善だろうが、お前が嫁ぐことは、もう決まったんだ! 逆らうなど許さんぞ!」
有無を言わさない様子だ。そんな父に言い募るのは、綾ではなく紗代子だった。
「お父様! いくらなんでも、お姉様がかわいそう! いくらお姉様の縁談相手が見つからないからって、あんなお家に……しかも、お相手は氷の異能者だっていうじゃありませんか。気に入らない相手は凍らせるとか、心まで凍り付いたようだとか……大陸への出征でも悪い噂ばかりの方でしょう? きっとお姉様のことも一目で凍らせてしまうわ!」
紗代子は、自分では気付いていないらしい。姉である綾を庇っているようで、実は何ひとつ姉を敬ってなどいないことに。
いつものことなので綾はもはや眉をしかめることすらしなかった。
「おお、紗代子……なんと優しいのだ、お前は。だが安心しなさい。確かに綾はお前より器量は良くないし、見目も今ひとつだが……向こうはそれでもいいと言っているのだ。言質を取ってある」
「まぁ、そうなのですか?……なんて奇特な方々。では、お姉様は歓迎してもらえるの?」
「そうだと思うぞ」
「まぁ! それなら安心だわ。お姉様、どうかお幸せにね。お手紙、くださいね」
綾が何かを言う間もなく、父と紗代子の間で、すべて事が決してしまった。母は、終始不機嫌に俯いたままだった。
納得などできるはずもないが、綾が意見できる余地はない。昔から、ない。
だから綾は盛大なため息が出そうになるのを堪えて、深く頭を下げたのだった。
「承知しました。お父様」
綾の二つ年下の妹・紗代子だった。艶やかな黒髪を揺らして、目を潤ませて綾を見上げる。
「どうして? なぜ、こんなにも突然? しかもお相手は、あの悪徳商人だというではないですか!」
「悪徳商人?」
辰々屋について、そんな噂は聞いたことがない。父と母に向き直ると、父だけが答えた。
「本当のことだろう。徳川を捨てて早々に新政府に取り入って、異能についてお目こぼしをもらい、儲けを出し続けている店だ。善良なわけがない」
「お父様、そんな言い方は……」
「黙れ! 言っておくが悪だろうが善だろうが、お前が嫁ぐことは、もう決まったんだ! 逆らうなど許さんぞ!」
有無を言わさない様子だ。そんな父に言い募るのは、綾ではなく紗代子だった。
「お父様! いくらなんでも、お姉様がかわいそう! いくらお姉様の縁談相手が見つからないからって、あんなお家に……しかも、お相手は氷の異能者だっていうじゃありませんか。気に入らない相手は凍らせるとか、心まで凍り付いたようだとか……大陸への出征でも悪い噂ばかりの方でしょう? きっとお姉様のことも一目で凍らせてしまうわ!」
紗代子は、自分では気付いていないらしい。姉である綾を庇っているようで、実は何ひとつ姉を敬ってなどいないことに。
いつものことなので綾はもはや眉をしかめることすらしなかった。
「おお、紗代子……なんと優しいのだ、お前は。だが安心しなさい。確かに綾はお前より器量は良くないし、見目も今ひとつだが……向こうはそれでもいいと言っているのだ。言質を取ってある」
「まぁ、そうなのですか?……なんて奇特な方々。では、お姉様は歓迎してもらえるの?」
「そうだと思うぞ」
「まぁ! それなら安心だわ。お姉様、どうかお幸せにね。お手紙、くださいね」
綾が何かを言う間もなく、父と紗代子の間で、すべて事が決してしまった。母は、終始不機嫌に俯いたままだった。
納得などできるはずもないが、綾が意見できる余地はない。昔から、ない。
だから綾は盛大なため息が出そうになるのを堪えて、深く頭を下げたのだった。
「承知しました。お父様」
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