鬼嫁はんとばけもん旦那~大正異能夫婦(めおと)喜譚~

真鳥カノ

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第一章 桜舞う

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 どっと店内が湧く。あちこちから拍手が起こり、笑顔が向けられる。
「綾さん共々、皆で一丸となって辰々屋を盛り立てていきまひょ」
 再び大きな拍手が湧き起こる。綾一人、言葉を飲み込めないでいた。
「『一丸となって』……『もり立てる』……私も?」
 そんな呟きが飲み込まれてしまうほどの声に包まれた。キョロキョロと周囲を見回していると、いつしか視界は大きな狸の顔で埋め尽くされた。
「ほお、この子が若ごりょんさん……宗坊の嫁はんか。なるほど……」
 まん丸く、そして深い色の瞳が綾をじっと見つめる。
 和やかであるのに、射抜くような鋭い視線に、綾は縮んでしまう。
 すると、志乃が割って入った。
「ご隠居はん。そないジロジロ見られたら、この子の小さいお顔に穴が空いてしまいますわ。堪忍しとくれやす」
「おお! こら、すまなんだ」
 ご隠居と呼ばれた狸は、カラカラと笑いながら一歩退いた。一歩と言っても、綾の数歩分はある。離れたものの、ご隠居は穏やかな目で綾を見つめる。
「綾さん……やったな? 大変やろうけど、宗一郎をどうか、よろしゅう頼んます」
「え⁉ は、はい……こちらこそ」
 大きな狸さんに頭を下げられ、慌てて綾も頭を下げる。
 そして頭を上げると、ご隠居はニカッと大きな笑みを浮かべていた。
「うん、うん……辰々屋さんのめでたい場にも立ち会えたことやし、今日はこれで失礼しますわ」
「ご隠居はん、そんな……どうぞ、お上がりやす」
 志乃は引き留めようと追いすがるが、ご隠居はカラッとした様子で手を振る。
「いやいや、ホンマに用があったわけやあれへんのや。こう……勘が働いてな」
 ご隠居の視線が、綾の視線とぶつかる。綾は思わず会釈を返した。
「うん、これは祝言が楽しみや。坊にもよろしゅう伝えといてんか」
「ええ、それはもう……」
 志乃が深々と頭を下げる。その時、ご隠居と目が合った。
「綾さん、ほなな」
 綾を見て、そう言った。
 返事をする声が出ず、綾は黙って頭を下げた。
 大きな影と足音がなくなると、志乃が満足した顔をしていた。
「ああ、良かった。一番のお得意さんに顔見せできたわ。ほな綾さん、行きまひょか」
 綾は、そう言う志乃に手を引かれて、奥座敷へと通されていた。
 店の忙しい空気がうそのように、落ち着いて清廉とした場所だった。そこで綾は、志乃と向かい合わせで座る。
 決して鬼の形相などではないのだが、それでも志乃の面持ちには、思わず萎縮してしまう気迫がある。女中がお茶とお菓子を運んできて、ようやくほんの少しだけ、空気が和らぐのだった。
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