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第2章 鍛冶屋の(魔)王様
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そうして何度目かの朝日を浴びる頃、依頼主の使者は唐突にやってきた。
馬車が何台も、工房の前に停まっている。これだけたくさん馬車が集まっていることはなかなかないらしく、工房だけじゃなく、話を聞きつけた村人が何人も集まってきていた。
使者は、そんな衆目すべてから身を隠すかのように、真っ黒なコートを着込み、フードを目深にかぶった装いだった。
怪しい。不気味。そして、気になる。
かえって村人の関心を引いてしまった使者は、決して顔を見せないようにしながら話した。
「……剣が200、鎧が100。ハイ、確かに。ご苦労様でした」
使者は抑揚のない声でそう言うと、工房の前に金貨のどっさり詰まった袋を置いて去ってしまった。
急ぎなのか、人目が気になるのか……あるいは両方か。
それが気になるのはライだけのようで、ゲルハルトと弟子たちは、使者を見送ると即座に踵を返していた。
「お前ら、おつかれさん! しばらく休みにするから、ゆっくりしろや」
「親方、ありがとうございます!」
「さすが親方だぜ!」
口々に賞賛する弟子たちに、ゲルハルトはニカッと笑ってみせる。
「ただし、休んでる間に、この報酬が俺の酒代に消えちまわないか、祈ってろよ」
「そりゃないぜ、親方~!」
悲鳴と笑い声が混ざり合って、点々と散っていく。
残されたのはライとゲルハルトの二人だけだ。
ゲルハルトは、長い息をついて、ライを振り返った。
「俺は休む。さすがに今回はこたえた」
「ああ。そのようだ」
誰あろう、ゲルハルトが一番不眠不休で働いていたのだ。無理もない。
「お前さんはどうする? 今から旅立つ……なんてわけはないよな?」
「ああ、その……まだ用事がある」
「そうだな」
ゲルハルトは苦笑していた。やっぱり、アッシュ関連の何かがあると、バレているようだ。
「まぁ、仕事は終わりだ。あとは好きにしな」
ゲルハルトはそう言うと、手近な椅子を引き寄せてどっかり座った。
ライはその脇を抜けて、こそこそと自分の持ち場だった、工房の隅っこの金床まで向かった。すると、何かがずるずるついてくる。
「!」
くるっと振り返ると、ゲルハルトがすぐ側にいた。椅子に座ったままついてきている。まじまじと、ライを見ている。
「親方? 休むのでは……?」
「おう。ゆっくり休めてるぞ」
どうやら仕事をしていない=休んでいるということらしい。
屁理屈はいいから、寝室で寝てくれないだろうか。
でなければ、この後の作業ができない……。
「俺に見られたら困ることでもやるのか?」
ぎくっと、思わず身体が硬直したが、どうにか頭を振った。
「まさか。学んだことを手に馴染ませたいだけだ」
「ほぉ、そりゃあ感心だ。俺が直々に見てやるから、遠慮なく続けな」
(ああ、ダメだ。やはりこの親方、見学するつもりだ……!)
ゲルハルトの目はなぜか燦々と輝いている。いったい何に期待しているのか……。
だが期待に応えられるようなことをするわけではない。魔力を使うのだから、むしろ怖がられるか落胆されるか、どちらかだ。
そう思っていると、真正面から、まっすぐな視線が飛んできた。ナイフのような鋭い視線が。
「俺に、見せてみろ」
刺し貫かれるような視線と声に、ライは諦念した。
逃げられないと悟った。
(ああ、せっかくアッシュには『決して作業場を覗かないように』と言い含めたのに……)
ため息をついて、ライは隠しておいた包みを開いた。
馬車が何台も、工房の前に停まっている。これだけたくさん馬車が集まっていることはなかなかないらしく、工房だけじゃなく、話を聞きつけた村人が何人も集まってきていた。
使者は、そんな衆目すべてから身を隠すかのように、真っ黒なコートを着込み、フードを目深にかぶった装いだった。
怪しい。不気味。そして、気になる。
かえって村人の関心を引いてしまった使者は、決して顔を見せないようにしながら話した。
「……剣が200、鎧が100。ハイ、確かに。ご苦労様でした」
使者は抑揚のない声でそう言うと、工房の前に金貨のどっさり詰まった袋を置いて去ってしまった。
急ぎなのか、人目が気になるのか……あるいは両方か。
それが気になるのはライだけのようで、ゲルハルトと弟子たちは、使者を見送ると即座に踵を返していた。
「お前ら、おつかれさん! しばらく休みにするから、ゆっくりしろや」
「親方、ありがとうございます!」
「さすが親方だぜ!」
口々に賞賛する弟子たちに、ゲルハルトはニカッと笑ってみせる。
「ただし、休んでる間に、この報酬が俺の酒代に消えちまわないか、祈ってろよ」
「そりゃないぜ、親方~!」
悲鳴と笑い声が混ざり合って、点々と散っていく。
残されたのはライとゲルハルトの二人だけだ。
ゲルハルトは、長い息をついて、ライを振り返った。
「俺は休む。さすがに今回はこたえた」
「ああ。そのようだ」
誰あろう、ゲルハルトが一番不眠不休で働いていたのだ。無理もない。
「お前さんはどうする? 今から旅立つ……なんてわけはないよな?」
「ああ、その……まだ用事がある」
「そうだな」
ゲルハルトは苦笑していた。やっぱり、アッシュ関連の何かがあると、バレているようだ。
「まぁ、仕事は終わりだ。あとは好きにしな」
ゲルハルトはそう言うと、手近な椅子を引き寄せてどっかり座った。
ライはその脇を抜けて、こそこそと自分の持ち場だった、工房の隅っこの金床まで向かった。すると、何かがずるずるついてくる。
「!」
くるっと振り返ると、ゲルハルトがすぐ側にいた。椅子に座ったままついてきている。まじまじと、ライを見ている。
「親方? 休むのでは……?」
「おう。ゆっくり休めてるぞ」
どうやら仕事をしていない=休んでいるということらしい。
屁理屈はいいから、寝室で寝てくれないだろうか。
でなければ、この後の作業ができない……。
「俺に見られたら困ることでもやるのか?」
ぎくっと、思わず身体が硬直したが、どうにか頭を振った。
「まさか。学んだことを手に馴染ませたいだけだ」
「ほぉ、そりゃあ感心だ。俺が直々に見てやるから、遠慮なく続けな」
(ああ、ダメだ。やはりこの親方、見学するつもりだ……!)
ゲルハルトの目はなぜか燦々と輝いている。いったい何に期待しているのか……。
だが期待に応えられるようなことをするわけではない。魔力を使うのだから、むしろ怖がられるか落胆されるか、どちらかだ。
そう思っていると、真正面から、まっすぐな視線が飛んできた。ナイフのような鋭い視線が。
「俺に、見せてみろ」
刺し貫かれるような視線と声に、ライは諦念した。
逃げられないと悟った。
(ああ、せっかくアッシュには『決して作業場を覗かないように』と言い含めたのに……)
ため息をついて、ライは隠しておいた包みを開いた。
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