憂い視線のその先に

雪村こはる

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見据える未来、払拭できない過去

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 律は、千愛希の腕を引いて頭をしっかり掌で固定する。

「んっ……ふ、ん……」

 ピチャッと静寂の中で響く水音。律の体の中でゾクゾクと何かが蠢いた気がした。
 そっと唇を離せば、また泣きそうな顔をしている千愛希。

「……昔の男でしょ」

「え……違っ……」

「寂しいって顔してる」

「っ……明日ね……」

「うん」

「……本当は結婚する予定だった」

 千愛希の言葉に、律の心臓はぎゅっと握られたように苦しくなった。去年の明日にあたる日、睦月と共に婚姻届を提出しに行く約束をしていたのだ。
 千愛希のマンションを売って、睦月のマンションに移る予定だった。

 今日会社に行ったら、もう睦月の姿はなかった。事務所を近くに建てているのは知っていた。いつ移るのかは発表されていなくて、社内広報で知らせでもくるのかと思っていたが、千愛希にはなんの連絡もなくゴッソリなにもかもなくなっていた。
 一言も挨拶されないまま、睦月は事務所を移っていった。好きじゃないわけじゃなかった。人としてちゃんと好きだった。結婚したくないわけじゃなかった。仕事と向き合いたいだけだった。嫌われたくはなかった。できたらずっと一緒にいたかった。

 何で違うの? 何で私の好きと違うの? なんで結婚できないと側にいてくれないの? 恋愛感情がなかったら、ずっとこの先も1人なの?

 成功の証しとして購入したマンション。住み心地は良くて、お気に入り。だけどだだっ広くて、時々急に寂しくなった。
 仕事で疲れると、仕事内容を理解してくれる睦月が慰めてくれた。千愛希ならできるよって励ましてくれた。

 大好きな上司は突然いなくなった。自分が悪い、そうわかっていても辛かった。恋人を失う辛さとはまた違う。師匠であり、上司であり、時に家族のようだった。
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