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前進
【30】
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会社名の下には、飯田義孝と書かれている。両方苗字みたいな名前だ。
「あの……なんの用ですか?」
雅臣の経営する会社だと気付き、警戒する。見た目からして、私よりも若い。雅臣の後輩だろうか、それとも全く知らない社員を雇ったのか。
どちらかはわからないが、彼は販売の話をした。
「実はですね、私達は青汁を販売していまして 」
「青汁……」
そこでようやく、夜中にやっていた青汁の通販番組に株式会社サンケアと書かれていた文字を思い出した。
そうか、青汁の会社だったんだ……。
「青汁って興味ありますか?」
「いえ……」
「青汁って聞くと、苦そう、不味そう。体にいいのはわかってるけど、中々手が出せない、そんなイメージじゃないですか?」
構えていたのだけれど、飯田という男はごく自然に営業を始めた。パンフレットを持ち出して、あの通販番組と同じような説明をした。
「今は、若い女性にも凄く人気なんですよ。特にこちらはフルーツが多く使用されているので、ジュース感覚で飲めるんです。なのに、1日に必要な栄養分が取れる。特許も取得していますし、これはうちにしかない商品です」
おそらくマニュアルがあるんだろう。作り笑顔で流暢に話している。
「これを飲めば、風邪だってひきにくくなりますよ」
スッピン隠しのためのマスクだったが、夏風邪と勘違いでもしているのか、彼はそう言った。
この人が、私の家だと推測して訪れたかどうかはわからないが、変に刺激せずあくまでも自然に断ろうと思った。
「ご家族で飲まれている方も多いですよ。サンプルを置いていきますので、よろしければ」
そう言ってクーラーボックスから、缶に入った青汁と、粉末のものとを取り出した。
「ご家族は何人ですか?」
何となく試されているようだった。
「2人です。父と母と」
「えっと……」
「私は、嫁いでいてこの家には普段いないんです。今日は宅配便の荷物を受け取るために実家に帰って来たものですから。妹も随分前に一人暮らしを始めたきり、全く帰ってこないので」
私は、咄嗟に姉の振りをした。例え、私の所在を確認しに来たところで、私の顔など知らないのだ。
まして、眼鏡にマスク姿のままの私。昔の私の映像を知っていたとしても恐らく姉かどうかの判断まではつかないだろう。
「……そうでしたか。妹さんがいらっしゃるんですね」
「ええ」
「では、妹さんの分も置いていきますね」
「ああ、いえ。結構ですよ。少し前に色々ありましてね、今は県外で暮らしているので」
「県外で……それはお姉様も寂しいでしょう」
「まあ、そうですね。でも、私も自分の生活がありますし、妹は妹で自分の生活がありますからね。あまり連絡もしてこないし、帰ってくることも少ないかもしれないですね」
姉になりきって話をするのは、変な感じがした。
「そうですね。私も実家には暫く帰っていないので、人のことは言えませんが」
「ご実家遠いんですか?」
「ええ。高知なんですよ。都会に憧れて東京に出たんですけどね」
「四国ですか……それじゃあ、帰るのに時間がかかりますね。でも、東京にいたのに、静岡で働くなんて何だかもったいない気もしますね」
「そうですか? 静岡はいいところだなって思いますよ。住みやすいし、人柄も温厚で暖かいですし。尊敬してた先輩についてきた形で今の仕事をしてるんで、やりがいもありますよ」
そう言って、わざとらしくガッツポーズをした。やはり、雅臣の後輩か。雅臣はもともと東京の大学を卒業して、暫くそのまま働いていたし。大学の後輩だとしたら、この男も東大卒か……これ以上は話すのをやめておこう。
変に勘ぐられるのは面倒だ。
「やりがいをもって仕事ができるのはいいことですね。頑張って下さい」
「ありがとうございます」
「でも、すみません。父は、昔からこういった営業を酷く嫌うので、お願いすることはないと思います……」
「あー……。そうですよね。今の時代、こうやって玄関のドアを開けてくれるだけいい方なんですよ。インターフォン越しに追い返されることの方が多いですから」
「大変なお仕事ですね」
「いえいえ。もし万が一ってことがありましたら、パンフレットを入れておくので、ご注文はこの番号へかけてください。私の携帯電話に直接かけていただいてもかまいません」
「……ないとは思いますが」
「念のため、です」
少しでも買う素振りを見せれば、すぐにでも契約書を書かされるだろう。筆跡も見られたくはないし、何度もこられるのは困る。
しっかりと断っておかないと面倒だ。
「わかりました。サンプルありがとうございます。私もそろそろ夕飯の買い物にいかなければならないので……」
「ああ、そうでしたか。すみません。……ちなみに、妹さんはどちらの県に引っ越されたんですか?」
ぞくっと鳥肌が立った。やっぱり、この男は知っていて来たのだろうか。一なんて珍しい名字だから、表札を見ればすぐにわかることだ。
「……何でですか?」
「……少し前に千葉県で大きな地震があったので、心配になりまして」
「ああ、大丈夫です。妹は九州にいるので」
「そうですか。それなら安心しました」
吉とでるか、凶とでるかはわからない。しかし、一という苗字が珍しいという話から、父の実家が熊本だという話を雅臣は知っている。
ただ、熊本だとあえて言わなかったのは、彼が千葉の地震の話をしたから。恐らく熊本は、震災の影響で現在も復興中だろう。そんなところに支援でもないのにわざわざ行くのかなんて追及されたら、それ以上の言い訳も思い付かなかったから。
九州と濁しておけば、何となく熊本に目星をつけるだろうし、そうでなくても九州は広い。
いくらかの時間稼ぎになるような気がした。
「あの……なんの用ですか?」
雅臣の経営する会社だと気付き、警戒する。見た目からして、私よりも若い。雅臣の後輩だろうか、それとも全く知らない社員を雇ったのか。
どちらかはわからないが、彼は販売の話をした。
「実はですね、私達は青汁を販売していまして 」
「青汁……」
そこでようやく、夜中にやっていた青汁の通販番組に株式会社サンケアと書かれていた文字を思い出した。
そうか、青汁の会社だったんだ……。
「青汁って興味ありますか?」
「いえ……」
「青汁って聞くと、苦そう、不味そう。体にいいのはわかってるけど、中々手が出せない、そんなイメージじゃないですか?」
構えていたのだけれど、飯田という男はごく自然に営業を始めた。パンフレットを持ち出して、あの通販番組と同じような説明をした。
「今は、若い女性にも凄く人気なんですよ。特にこちらはフルーツが多く使用されているので、ジュース感覚で飲めるんです。なのに、1日に必要な栄養分が取れる。特許も取得していますし、これはうちにしかない商品です」
おそらくマニュアルがあるんだろう。作り笑顔で流暢に話している。
「これを飲めば、風邪だってひきにくくなりますよ」
スッピン隠しのためのマスクだったが、夏風邪と勘違いでもしているのか、彼はそう言った。
この人が、私の家だと推測して訪れたかどうかはわからないが、変に刺激せずあくまでも自然に断ろうと思った。
「ご家族で飲まれている方も多いですよ。サンプルを置いていきますので、よろしければ」
そう言ってクーラーボックスから、缶に入った青汁と、粉末のものとを取り出した。
「ご家族は何人ですか?」
何となく試されているようだった。
「2人です。父と母と」
「えっと……」
「私は、嫁いでいてこの家には普段いないんです。今日は宅配便の荷物を受け取るために実家に帰って来たものですから。妹も随分前に一人暮らしを始めたきり、全く帰ってこないので」
私は、咄嗟に姉の振りをした。例え、私の所在を確認しに来たところで、私の顔など知らないのだ。
まして、眼鏡にマスク姿のままの私。昔の私の映像を知っていたとしても恐らく姉かどうかの判断まではつかないだろう。
「……そうでしたか。妹さんがいらっしゃるんですね」
「ええ」
「では、妹さんの分も置いていきますね」
「ああ、いえ。結構ですよ。少し前に色々ありましてね、今は県外で暮らしているので」
「県外で……それはお姉様も寂しいでしょう」
「まあ、そうですね。でも、私も自分の生活がありますし、妹は妹で自分の生活がありますからね。あまり連絡もしてこないし、帰ってくることも少ないかもしれないですね」
姉になりきって話をするのは、変な感じがした。
「そうですね。私も実家には暫く帰っていないので、人のことは言えませんが」
「ご実家遠いんですか?」
「ええ。高知なんですよ。都会に憧れて東京に出たんですけどね」
「四国ですか……それじゃあ、帰るのに時間がかかりますね。でも、東京にいたのに、静岡で働くなんて何だかもったいない気もしますね」
「そうですか? 静岡はいいところだなって思いますよ。住みやすいし、人柄も温厚で暖かいですし。尊敬してた先輩についてきた形で今の仕事をしてるんで、やりがいもありますよ」
そう言って、わざとらしくガッツポーズをした。やはり、雅臣の後輩か。雅臣はもともと東京の大学を卒業して、暫くそのまま働いていたし。大学の後輩だとしたら、この男も東大卒か……これ以上は話すのをやめておこう。
変に勘ぐられるのは面倒だ。
「やりがいをもって仕事ができるのはいいことですね。頑張って下さい」
「ありがとうございます」
「でも、すみません。父は、昔からこういった営業を酷く嫌うので、お願いすることはないと思います……」
「あー……。そうですよね。今の時代、こうやって玄関のドアを開けてくれるだけいい方なんですよ。インターフォン越しに追い返されることの方が多いですから」
「大変なお仕事ですね」
「いえいえ。もし万が一ってことがありましたら、パンフレットを入れておくので、ご注文はこの番号へかけてください。私の携帯電話に直接かけていただいてもかまいません」
「……ないとは思いますが」
「念のため、です」
少しでも買う素振りを見せれば、すぐにでも契約書を書かされるだろう。筆跡も見られたくはないし、何度もこられるのは困る。
しっかりと断っておかないと面倒だ。
「わかりました。サンプルありがとうございます。私もそろそろ夕飯の買い物にいかなければならないので……」
「ああ、そうでしたか。すみません。……ちなみに、妹さんはどちらの県に引っ越されたんですか?」
ぞくっと鳥肌が立った。やっぱり、この男は知っていて来たのだろうか。一なんて珍しい名字だから、表札を見ればすぐにわかることだ。
「……何でですか?」
「……少し前に千葉県で大きな地震があったので、心配になりまして」
「ああ、大丈夫です。妹は九州にいるので」
「そうですか。それなら安心しました」
吉とでるか、凶とでるかはわからない。しかし、一という苗字が珍しいという話から、父の実家が熊本だという話を雅臣は知っている。
ただ、熊本だとあえて言わなかったのは、彼が千葉の地震の話をしたから。恐らく熊本は、震災の影響で現在も復興中だろう。そんなところに支援でもないのにわざわざ行くのかなんて追及されたら、それ以上の言い訳も思い付かなかったから。
九州と濁しておけば、何となく熊本に目星をつけるだろうし、そうでなくても九州は広い。
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