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命乞い【5】
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「あ、あの! 私にも刀を貸して下さい!」
澪は、声を張り上げて歩澄に訴えた。彼は、じろりとその姿に目を向けてから「瑛梓」と後ろにいた男の名を呼んだ。
「……はい」
己の刀を差し出すのに抵抗があるのだろう。一瞬躊躇した瑛梓は、歩澄の命令に従おうと腰の下緒に手を伸ばす。
その傍ら、「あ、あのー……できたらその刀を貸していただけないでしょうか」そう澪は歩澄の刀を指差して言った。
その瞬間、場の空気が凍りついた。澪も確かなそれを感じた。
「凱坤刀を……? この刀は、お前ごときが扱っていい刀ではない。価値のわからぬ者に触れさせる気などない」
きっぱりと言い放たれた。
(そっちじゃないんだけどな……。それに、刀の価値なら、絶対私の方がわかってると思うんだけど……)
心の中で不平不満を溢す澪の目線は、凱坤刀と共に歩澄の腰に並ぶもう一振りの刀に向けられていた。
(あの柄に鍔。間違いなく、華月……)
会いたかった刀の存在に、逸る気持ちを抑えきれなかった。今すぐにでも奪ってこの手で触れたかった。しかし、この場でそれをするにはあまりにも分が悪い。
いくらなんでもこの人数相手に無傷で生き延びるなど無理な話だ。そう冷静に思い直し、澪は黙って瑛梓に渡された刀を受け取った。
ずっしりとした重み。澪にとって、この重さは珍しくはなかった。幼少期から振るい、つい半日程前まで身に付けていた重みである。
その刀を置いてきたのは、彼らの警戒心を少しでも軽くするため。体一つで乗り込むのは無謀な気もしたが、生き延びる方法としてはもはやこれしかなかった。
澪の発言にすっかり機嫌を悪くした歩澄は、「さっさと始めろ」そう一言放った。それを合図にするかのように澪は刀を抜いた。
先程まで人肉を斬っていたとは思えない程、血液は拭いとられ輝いていた。
「……綺麗」
澪も思わずうっとりとする。こんなにも丁寧に磨きあげられた刀を久しぶりに見たからだ。
匠閃城では、戦う意欲のない者ばかりで、鍛刀に長けている匠閃郷の人間とは思えない程、ぞんざいに刀を扱っていた。
それに比べると、歩澄の家臣は物の使い方を心得ているようだと感心した。
「汚れてしまうと困るので、持っていてもらえますか?」
そう言って瑛梓に鞘を渡す澪。彼は、黙ってそれを受け取った。
「やるならさっさと始めるぞ」
やる気のない徳昂の声が聞こえ、澪はそちらに体を向ける。
「無謀なことを……」
後ろから哀れむように瑛梓は呟いた。瑛梓としても、自分よりも年下と思われる澪がむざむざ殺されに行くのを見届けることしかできないのが心苦しかった。
いくら攻め入った郷の姫だからといって、何もこんなふうに公開処刑をしなくたっていいのに。そうは思うが、主の命令は絶対である。
歩澄の右腕とも呼ばれている徳昂に、このように華奢な女性が勝てるとはとても思えなかった。
面白そうに下衆な笑みを浮かべる徳昂の家来達。私もこいつらと同等か。そう思うと、何とも言えぬ感情が瑛梓の心を揺すぶった。
それは、城下に置いてきた妹と同じくらいの年であろう澪が不憫に思えたからだ。
(家族全員を殺され、心中穏やかでいられるはずのない状況でよくここまで精神を保っていられる……)
平然ともとれる澪の態度に、瑛梓は脱帽する。これから自分も殺されるというのにこの落ち着きぶりには違和感を抱く。しかし、こうなっては見届けるしかない状況に、ただ真っ直ぐ目を向けた。
澪は、声を張り上げて歩澄に訴えた。彼は、じろりとその姿に目を向けてから「瑛梓」と後ろにいた男の名を呼んだ。
「……はい」
己の刀を差し出すのに抵抗があるのだろう。一瞬躊躇した瑛梓は、歩澄の命令に従おうと腰の下緒に手を伸ばす。
その傍ら、「あ、あのー……できたらその刀を貸していただけないでしょうか」そう澪は歩澄の刀を指差して言った。
その瞬間、場の空気が凍りついた。澪も確かなそれを感じた。
「凱坤刀を……? この刀は、お前ごときが扱っていい刀ではない。価値のわからぬ者に触れさせる気などない」
きっぱりと言い放たれた。
(そっちじゃないんだけどな……。それに、刀の価値なら、絶対私の方がわかってると思うんだけど……)
心の中で不平不満を溢す澪の目線は、凱坤刀と共に歩澄の腰に並ぶもう一振りの刀に向けられていた。
(あの柄に鍔。間違いなく、華月……)
会いたかった刀の存在に、逸る気持ちを抑えきれなかった。今すぐにでも奪ってこの手で触れたかった。しかし、この場でそれをするにはあまりにも分が悪い。
いくらなんでもこの人数相手に無傷で生き延びるなど無理な話だ。そう冷静に思い直し、澪は黙って瑛梓に渡された刀を受け取った。
ずっしりとした重み。澪にとって、この重さは珍しくはなかった。幼少期から振るい、つい半日程前まで身に付けていた重みである。
その刀を置いてきたのは、彼らの警戒心を少しでも軽くするため。体一つで乗り込むのは無謀な気もしたが、生き延びる方法としてはもはやこれしかなかった。
澪の発言にすっかり機嫌を悪くした歩澄は、「さっさと始めろ」そう一言放った。それを合図にするかのように澪は刀を抜いた。
先程まで人肉を斬っていたとは思えない程、血液は拭いとられ輝いていた。
「……綺麗」
澪も思わずうっとりとする。こんなにも丁寧に磨きあげられた刀を久しぶりに見たからだ。
匠閃城では、戦う意欲のない者ばかりで、鍛刀に長けている匠閃郷の人間とは思えない程、ぞんざいに刀を扱っていた。
それに比べると、歩澄の家臣は物の使い方を心得ているようだと感心した。
「汚れてしまうと困るので、持っていてもらえますか?」
そう言って瑛梓に鞘を渡す澪。彼は、黙ってそれを受け取った。
「やるならさっさと始めるぞ」
やる気のない徳昂の声が聞こえ、澪はそちらに体を向ける。
「無謀なことを……」
後ろから哀れむように瑛梓は呟いた。瑛梓としても、自分よりも年下と思われる澪がむざむざ殺されに行くのを見届けることしかできないのが心苦しかった。
いくら攻め入った郷の姫だからといって、何もこんなふうに公開処刑をしなくたっていいのに。そうは思うが、主の命令は絶対である。
歩澄の右腕とも呼ばれている徳昂に、このように華奢な女性が勝てるとはとても思えなかった。
面白そうに下衆な笑みを浮かべる徳昂の家来達。私もこいつらと同等か。そう思うと、何とも言えぬ感情が瑛梓の心を揺すぶった。
それは、城下に置いてきた妹と同じくらいの年であろう澪が不憫に思えたからだ。
(家族全員を殺され、心中穏やかでいられるはずのない状況でよくここまで精神を保っていられる……)
平然ともとれる澪の態度に、瑛梓は脱帽する。これから自分も殺されるというのにこの落ち着きぶりには違和感を抱く。しかし、こうなっては見届けるしかない状況に、ただ真っ直ぐ目を向けた。
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