【完結:R15】蒼色の一振り

雪村こはる

文字の大きさ
11 / 275

命乞い【11】

しおりを挟む
 しかし、その後母の実家に戻った澪は、高熱を出し倒れた。村の流行り病にかかったのではないかと直ぐ様城に運ばれた。

 そこから三日間眠り続け、澪が回復した後、蒼を探しに城下に降りたが蒼の姿を見つけることはできなかった。
 それどころか、高熱のせいか毒のせいなのか蒼の顔が朧気で思い出せなかったのだ。
 それでも会ったら思い出せる。あの声を聞けばきっと思い出せる。声だけはちゃんと覚えているのだから。その記憶を頼りに探し続けた。

 しかし、澪はそのまま大人になった。もう一度蒼に会いたい。会って、約束を守れなかったことを謝りたかった。

 あれから十五年も経っている。蒼も妻を持ち、どこかで幸せに暮らしているかもしれない。そうは思うが、記憶の中の蒼はいつまでたっても愛しいままだった。

 彼に会うまでは死ねない。ちゃんと謝罪するまでは死ねない。会えないことが胸を焦がし、宗方家の騒動もあって、それ以来澪は恋もしたことなどなかった。
 ただ辛い時も、苦しい時も思い出すのは、得意のおむすびを褒めてくれた蒼のことだけ。顔は思い出せないのに、とても笑顔が綺麗だった気がした。



 そんな蒼を求め、祖父に助けを求め、当時十二歳だった澪は城を抜け出して命からがら城下へ逃げてきた。

 曖昧な記憶を辿り、ようやく目的の村を見つけた。
 久しぶりに会った澪の姿に祖父、九重は言葉を失った。
 血色の悪い肌に艶のない髪。右腕や背中は切り刻まれてぼろ雑巾のようだった。
 もっと驚いたのは、無理に修行をさせたせいで大きくなりすぎた筋肉。発達しすぎた肉体は、限界をとうに超え、女性らしさを失っていた。

「澪……どうしてこんな姿に……」

 九重は、澪を抱き締めながら声を上げて泣いた。彼の記憶の中に残る澪は、愛らしく美しい少女だった。それがどうだ。とても十二歳の少女とは思えない体つき。まるで化け物のようだと九重は思った。

 九重はまず、澪の体を十分休ませた。
 隣の褥で変わり果てた伽代のことを聞いた。実の娘が孫にこんな惨い仕打ちをしていた。そう考えるだけで胸が張り裂けそうだった。

 十分な食事と睡眠を取った澪。城では、眠っている間に襲われることも多く、とても悠長に眠ってなどいられなかった。

 すっかり回復し、笑顔もみられるようになった頃、突然稽古をしなくなった澪の体は、少しずつ筋肉量が低下していった。

「澪。ずっとここにいなさいと言ってあげたい。けれど、お前が宗方の姫であることは変えられない事実だ。だから、お前は強くならなきゃいけない。自分の身は自分で守らなきゃならない」

 ある日九重は静かにそう言った。

「まだ強くならなきゃだめ?」

「だめだよ。大切なものを守るために」

「大切なもの?」

「澪にとって大切なものって何だろう?」

「お祖父様じいさまと、優しい村の人と……蒼くんかな?」

「蒼くん?」

 九重は驚き目を見開いたが、すぐに微笑んだ。澪にも慕うことのできる男がいてよかった。普通の少女のように恋を知ることができたことに安堵したのだ。
しおりを挟む
感想 5

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

私が王子との結婚式の日に、妹に毒を盛られ、公衆の面前で辱められた。でも今、私は時を戻し、運命を変えに来た。

MayonakaTsuki
恋愛
王子との結婚式の日、私は最も信頼していた人物――自分の妹――に裏切られた。毒を盛られ、公開の場で辱められ、未来の王に拒絶され、私の人生は血と侮辱の中でそこで終わったかのように思えた。しかし、死が私を迎えたとき、不可能なことが起きた――私は同じ回廊で、祭壇の前で目を覚まし、あらゆる涙、嘘、そして一撃の記憶をそのまま覚えていた。今、二度目のチャンスを得た私は、ただ一つの使命を持つ――真実を突き止め、奪われたものを取り戻し、私を破滅させた者たちにその代償を払わせる。もはや、何も以前のままではない。何も許されない。

夫婦交換

山田森湖
恋愛
好奇心から始まった一週間の“夫婦交換”。そこで出会った新鮮なときめき

【完結】20年後の真実

ゴールデンフィッシュメダル
恋愛
公爵令息のマリウスがが婚約者タチアナに婚約破棄を言い渡した。 マリウスは子爵令嬢のゾフィーとの恋に溺れ、婚約者を蔑ろにしていた。 それから20年。 マリウスはゾフィーと結婚し、タチアナは伯爵夫人となっていた。 そして、娘の恋愛を機にマリウスは婚約破棄騒動の真実を知る。 おじさんが昔を思い出しながらもだもだするだけのお話です。 全4話書き上げ済み。

最後の女

蒲公英
恋愛
若すぎる妻を娶ったおっさんと、おっさんに嫁いだ若すぎる妻。夫婦らしくなるまでを、あれこれと。

旧校舎の地下室

守 秀斗
恋愛
高校のクラスでハブられている俺。この高校に友人はいない。そして、俺はクラスの美人女子高生の京野弘美に興味を持っていた。と言うか好きなんだけどな。でも、京野は美人なのに人気が無く、俺と同様ハブられていた。そして、ある日の放課後、京野に俺の恥ずかしい行為を見られてしまった。すると、京野はその事をバラさないかわりに、俺を旧校舎の地下室へ連れて行く。そこで、おかしなことを始めるのだったのだが……。

復讐のための五つの方法

炭田おと
恋愛
 皇后として皇帝カエキリウスのもとに嫁いだイネスは、カエキリウスに愛人ルジェナがいることを知った。皇宮ではルジェナが権威を誇示していて、イネスは肩身が狭い思いをすることになる。  それでも耐えていたイネスだったが、父親に反逆の罪を着せられ、家族も、彼女自身も、処断されることが決まった。  グレゴリウス卿の手を借りて、一人生き残ったイネスは復讐を誓う。  72話で完結です。

断る――――前にもそう言ったはずだ

鈴宮(すずみや)
恋愛
「寝室を分けませんか?」  結婚して三年。王太子エルネストと妃モニカの間にはまだ子供が居ない。  周囲からは『そろそろ側妃を』という声が上がっているものの、彼はモニカと寝室を分けることを拒んでいる。  けれど、エルネストはいつだって、モニカにだけ冷たかった。  他の人々に向けられる優しい言葉、笑顔が彼女に向けられることない。 (わたくし以外の女性が妃ならば、エルネスト様はもっと幸せだろうに……)  そんな時、侍女のコゼットが『エルネストから想いを寄せられている』ことをモニカに打ち明ける。  ようやく側妃を娶る気になったのか――――エルネストがコゼットと過ごせるよう、私室で休むことにしたモニカ。  そんな彼女の元に、護衛騎士であるヴィクトルがやってきて――――?

処理中です...