15 / 275
命乞い【15】
しおりを挟む
九重の孫であり、己の大切な弟子。あの子は守らなければならない。
そう勧玄は思うが、毒の回りは思った以上に早く、意識が朦朧とする。
「勧玄様!」
そんな中、駆け寄ってくる澪。涙を流し、傷を見て解毒薬を取り出す。
「りょ……無駄だ……。あれから幾分か経ってる。……手遅れだ」
「いやだ! 勧玄様! 死なないで!」
涙で濡らした顔で必死に懇願する澪。手遅れだと言われても諦めることなどできるわけがない。解毒薬を傷口に塗り、口に含んだ液体を口移しで勧玄に飲ませた。
「はっ……。初めての接吻は蒼くんでなくてよかったのか?」
「そんなこと言ってる場合じゃない!」
孫と同等の年の澪に口付けられたことに、多少の気恥ずかしさがあった。照れ隠しのつもりで勧玄は言ったが、動揺している澪に叱咤されてしまった。
「誰がこんな……」
「俺達のことは気にするな……」
多少でも解毒薬が聞いたのか、先程よりもいくらかまともに話せるようになった。しかし、いくらももたないだろう。そう勧玄は察する。
仰向けで倒れ込んだ勧玄を覗き込むような形で澪は「気にするななんて言わないで! 私が敵をとってやる!」と叫んだ。
「物騒なことを言うでないよ。不必要な殺生はするな」
「不必要なんかじゃない!」
「せっかくお前を守ったんだ。俺と九重の死を無駄にするんじゃないよ」
「勧玄様は死なない! だって、だって強いもの!」
勧玄の着物をぐっと掴み、澪はぼろぼろと涙を流す。掴んだ着物は無数の皺を作り、布を擦り合わせる音が響く。
「力はいつか衰える」
「……誰が、こんな……。……勧玄様、万浬は?」
澪は、顔をあげて腰にあるはずの刀の行方を探す。
「あー……。盗られちまった。あんなに必死で守ってきたのにな。九重の形見だったのに……」
勧玄とて泣きたい気分だった。せめて万浬だけでも澪に託したかった。
「悪いな、澪。九重の刀、全部持ってかれたんだ。お前のも……華月と葉月も持ってかれちまった」
勧玄は、苦痛に顔を歪めた。
華月と葉月は、澪が万浬と玄浬を模して作った澪専用の刀だった。九重から技術を学び、自分の戦闘力に見合った刀を鍛刀した。
澪にとって、華月も葉月も我が子同然。そして、九重から培った技術の全てを込めた渾身の一作だ。
しかし、そんなことよりも目の前の勧玄が死なないことの方が大切だった。
「わかったから……。万浬も華月も葉月もいつかちゃんと取り返す。だから、持っていったやつが誰か教えて」
「……」
「教えて! 勧玄様!」
「……宗方の家臣だ」
「っ……」
澪はそれを聞いてはっとする。目を見開いて、勧玄の顔を見つめた。
「言っても無駄なんだろ? ……アイツらはお前を探してる。少し前に探らせたが、どうやらお前の母親はお前に懸賞金を賭けて探させているようだ」
「懸賞金……? って、勧玄様……お母様のこと……」
「知ってるよ、澪姫」
そう言って勧玄は微笑む。彼が澪と呼ぶのは初めてだった。本名を呼んでもらえたことに胸が熱くなる。
(初めて名前を呼んでもらったのがこんな時だなんて……)
「気を付けろ。懸賞金目的で、城以外の奴からも狙われるかもしれん」
「……わかった。大丈夫。私は負けないよ。勧玄様の力を引き継いでいるからね」
「それでこそ俺の一番弟子だ」
「……一番?」
「お前、知らないのか? 大剣豪勧玄は、弟子はとらねぇ主義なんだ。アイツの頼みだから引き受けた」
そう言って勧玄の目線は、九重の亡骸に移った。
「空穏は?」
「ありゃ、俺の孫だ」
そう言ってにっこりと笑った。
その笑顔に澪は嗚咽する。自分は勧玄のたった一人の最初で最後の弟子だった。勧玄の強さも技術も、自分だけが継承した賜物。
その事実が嬉しくもあるが、苦しい程の痛みも伴った。
「そんなに嬉しいか」
「うん……。嬉し……」
「なぁ、澪。お前、潤銘郷に行け」
「潤銘郷……?」
「ああ。お前の探してる蒼くんとやらは、恐らく潤銘郷の出身だ」
「え……?」
「十四年前にこの村に訪れた者のことを調べさせた。……潤銘郷から名家のやつらが何人か来ている。悪いが、家柄はわからねぇ。ただ、潤銘郷の出身なのは確かだ。
目的がなくなっちまう。そう思うなら、その男を探せ。いいか、盗まれた万浬と玄浬、華月と葉月を取り返せ。これがお前への最後の課題だ。いいな? 約束を守るまで絶対に死ぬな。
挫けそうになったら目的を思い出せ。大丈夫、お前は誰よりも強い。強さは武力だけじゃないってことを忘れんなよ」
勧玄の表情はどこか穏やかだった。藍色の髪は、風に揺られて少しだけ靡く。
そう勧玄は思うが、毒の回りは思った以上に早く、意識が朦朧とする。
「勧玄様!」
そんな中、駆け寄ってくる澪。涙を流し、傷を見て解毒薬を取り出す。
「りょ……無駄だ……。あれから幾分か経ってる。……手遅れだ」
「いやだ! 勧玄様! 死なないで!」
涙で濡らした顔で必死に懇願する澪。手遅れだと言われても諦めることなどできるわけがない。解毒薬を傷口に塗り、口に含んだ液体を口移しで勧玄に飲ませた。
「はっ……。初めての接吻は蒼くんでなくてよかったのか?」
「そんなこと言ってる場合じゃない!」
孫と同等の年の澪に口付けられたことに、多少の気恥ずかしさがあった。照れ隠しのつもりで勧玄は言ったが、動揺している澪に叱咤されてしまった。
「誰がこんな……」
「俺達のことは気にするな……」
多少でも解毒薬が聞いたのか、先程よりもいくらかまともに話せるようになった。しかし、いくらももたないだろう。そう勧玄は察する。
仰向けで倒れ込んだ勧玄を覗き込むような形で澪は「気にするななんて言わないで! 私が敵をとってやる!」と叫んだ。
「物騒なことを言うでないよ。不必要な殺生はするな」
「不必要なんかじゃない!」
「せっかくお前を守ったんだ。俺と九重の死を無駄にするんじゃないよ」
「勧玄様は死なない! だって、だって強いもの!」
勧玄の着物をぐっと掴み、澪はぼろぼろと涙を流す。掴んだ着物は無数の皺を作り、布を擦り合わせる音が響く。
「力はいつか衰える」
「……誰が、こんな……。……勧玄様、万浬は?」
澪は、顔をあげて腰にあるはずの刀の行方を探す。
「あー……。盗られちまった。あんなに必死で守ってきたのにな。九重の形見だったのに……」
勧玄とて泣きたい気分だった。せめて万浬だけでも澪に託したかった。
「悪いな、澪。九重の刀、全部持ってかれたんだ。お前のも……華月と葉月も持ってかれちまった」
勧玄は、苦痛に顔を歪めた。
華月と葉月は、澪が万浬と玄浬を模して作った澪専用の刀だった。九重から技術を学び、自分の戦闘力に見合った刀を鍛刀した。
澪にとって、華月も葉月も我が子同然。そして、九重から培った技術の全てを込めた渾身の一作だ。
しかし、そんなことよりも目の前の勧玄が死なないことの方が大切だった。
「わかったから……。万浬も華月も葉月もいつかちゃんと取り返す。だから、持っていったやつが誰か教えて」
「……」
「教えて! 勧玄様!」
「……宗方の家臣だ」
「っ……」
澪はそれを聞いてはっとする。目を見開いて、勧玄の顔を見つめた。
「言っても無駄なんだろ? ……アイツらはお前を探してる。少し前に探らせたが、どうやらお前の母親はお前に懸賞金を賭けて探させているようだ」
「懸賞金……? って、勧玄様……お母様のこと……」
「知ってるよ、澪姫」
そう言って勧玄は微笑む。彼が澪と呼ぶのは初めてだった。本名を呼んでもらえたことに胸が熱くなる。
(初めて名前を呼んでもらったのがこんな時だなんて……)
「気を付けろ。懸賞金目的で、城以外の奴からも狙われるかもしれん」
「……わかった。大丈夫。私は負けないよ。勧玄様の力を引き継いでいるからね」
「それでこそ俺の一番弟子だ」
「……一番?」
「お前、知らないのか? 大剣豪勧玄は、弟子はとらねぇ主義なんだ。アイツの頼みだから引き受けた」
そう言って勧玄の目線は、九重の亡骸に移った。
「空穏は?」
「ありゃ、俺の孫だ」
そう言ってにっこりと笑った。
その笑顔に澪は嗚咽する。自分は勧玄のたった一人の最初で最後の弟子だった。勧玄の強さも技術も、自分だけが継承した賜物。
その事実が嬉しくもあるが、苦しい程の痛みも伴った。
「そんなに嬉しいか」
「うん……。嬉し……」
「なぁ、澪。お前、潤銘郷に行け」
「潤銘郷……?」
「ああ。お前の探してる蒼くんとやらは、恐らく潤銘郷の出身だ」
「え……?」
「十四年前にこの村に訪れた者のことを調べさせた。……潤銘郷から名家のやつらが何人か来ている。悪いが、家柄はわからねぇ。ただ、潤銘郷の出身なのは確かだ。
目的がなくなっちまう。そう思うなら、その男を探せ。いいか、盗まれた万浬と玄浬、華月と葉月を取り返せ。これがお前への最後の課題だ。いいな? 約束を守るまで絶対に死ぬな。
挫けそうになったら目的を思い出せ。大丈夫、お前は誰よりも強い。強さは武力だけじゃないってことを忘れんなよ」
勧玄の表情はどこか穏やかだった。藍色の髪は、風に揺られて少しだけ靡く。
0
あなたにおすすめの小説
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
復讐のための五つの方法
炭田おと
恋愛
皇后として皇帝カエキリウスのもとに嫁いだイネスは、カエキリウスに愛人ルジェナがいることを知った。皇宮ではルジェナが権威を誇示していて、イネスは肩身が狭い思いをすることになる。
それでも耐えていたイネスだったが、父親に反逆の罪を着せられ、家族も、彼女自身も、処断されることが決まった。
グレゴリウス卿の手を借りて、一人生き残ったイネスは復讐を誓う。
72話で完結です。
断罪まであと10分、私は処刑台の上で「ライブ配信」を開始した〜前世インフルエンサーの悪役令嬢、支持率100%でクズ王子を逆処刑する〜
深渡 ケイ
ファンタジー
断罪まで、あと10分。
処刑台の上で跪く悪役令嬢スカーレットは、笑っていた。
なぜなら彼女は――
前世で“トップインフルエンサー”だったから。
処刑の瞬間、彼女が起動したのは禁忌の精霊石。
空に展開された巨大モニターが、全世界同時ライブ配信を開始する。
タイトルは――
『断罪なう』。
王子の不貞、聖女の偽善、王家の腐敗。
すべてを“証拠付き・リアルタイム”で暴露する配信に、
国民の「いいね(=精霊力)」が集まり始める。
そして宣言される、前代未聞のルール。
支持率が上がるほど、処刑は不可能になる。
処刑台は舞台へ。
断罪はエンタメへ。
悪役令嬢は、世界をひっくり返す配信者となった。
これは、
処刑されるはずだった悪役令嬢が、
“ライブ配信”で王子と王国を公開処刑する物語。
支持率100%の先に待つのは、復讐か、革命か、
それとも――自由か。
私の息子を“愛人の子の下”にすると言った夫へ──その瞬間、正妻の役目は終わりました
放浪人
恋愛
政略結婚で伯爵家に嫁いだ侯爵令嬢リディアは、愛のない夫婦関係を「正妻の務め」と割り切り、赤字だらけの領地を立て直してきた。帳簿を整え、税の徴収を正し、交易路を広げ、収穫が不安定な年には備蓄を回す――伯爵家の体裁を保ってきたのは、いつも彼女の実務だった。
だがある日、夫オスヴァルドが屋敷に連れ帰ったのは“幼馴染”の女とその息子。
「彼女は可哀想なんだ」
「この子を跡取りにする」
そして人前で、平然と言い放つ。
――「君の息子は、愛人の子の“下”で学べばいい」
その瞬間、リディアの中で何かが静かに終わった。怒鳴らない。泣かない。微笑みすら崩さない。
「承知しました。では――正妻の役目は終わりましたね」
王女の中身は元自衛官だったので、継母に追放されたけど思い通りになりません
きぬがやあきら
恋愛
「妻はお妃様一人とお約束されたそうですが、今でもまだ同じことが言えますか?」
「正直なところ、不安を感じている」
久方ぶりに招かれた故郷、セレンティア城の月光満ちる庭園で、アシュレイは信じ難い光景を目撃するーー
激闘の末、王座に就いたアルダシールと結ばれた、元セレンティア王国の王女アシュレイ。
アラウァリア国では、新政権を勝ち取ったアシュレイを国母と崇めてくれる国民も多い。だが、結婚から2年、未だ後継ぎに恵まれないアルダシールに側室を推す声も上がり始める。そんな頃、弟シュナイゼルから結婚式の招待が舞い込んだ。
第2幕、連載開始しました!
お気に入り登録してくださった皆様、ありがとうございます! 心より御礼申し上げます。
以下、1章のあらすじです。
アシュレイは前世の記憶を持つ、セレンティア王国の皇女だった。後ろ盾もなく、継母である王妃に体よく追い出されてしまう。
表向きは外交の駒として、アラウァリア王国へ嫁ぐ形だが、国王は御年50歳で既に18人もの妃を持っている。
常に不遇の扱いを受けて、我慢の限界だったアシュレイは、大胆な計画を企てた。
それは輿入れの道中を、自ら雇った盗賊に襲撃させるもの。
サバイバルの知識もあるし、宝飾品を処分して生き抜けば、残りの人生を自由に謳歌できると踏んでいた。
しかし、輿入れ当日アシュレイを攫い出したのは、アラウァリアの第一王子・アルダシール。
盗賊団と共謀し、晴れて自由の身を望んでいたのに、アルダシールはアシュレイを手放してはくれず……。
アシュレイは自由と幸福を手に入れられるのか?
私が王子との結婚式の日に、妹に毒を盛られ、公衆の面前で辱められた。でも今、私は時を戻し、運命を変えに来た。
MayonakaTsuki
恋愛
王子との結婚式の日、私は最も信頼していた人物――自分の妹――に裏切られた。毒を盛られ、公開の場で辱められ、未来の王に拒絶され、私の人生は血と侮辱の中でそこで終わったかのように思えた。しかし、死が私を迎えたとき、不可能なことが起きた――私は同じ回廊で、祭壇の前で目を覚まし、あらゆる涙、嘘、そして一撃の記憶をそのまま覚えていた。今、二度目のチャンスを得た私は、ただ一つの使命を持つ――真実を突き止め、奪われたものを取り戻し、私を破滅させた者たちにその代償を払わせる。もはや、何も以前のままではない。何も許されない。
夫と息子に邪険にされたので王太子妃の座を譲ります~死に戻ってから溺愛されても今更遅い
青の雀
恋愛
夫婦喧嘩の末に置き去りにされた妻は、旦那が若い愛人とイチャついている間に盗賊に襲われ、命を落とした。
神様の温情により、10日間だけこの世に戻った妻と護衛の騎士は、その10日間の間に心残りを処分する。それは、娘の行く末と……もし、来世があるならば、今度は政略といえども夫以外の人の妻になるということ。
もう二度と夫と出会いたくない彼女は、彼女を蔑ろにしてきた息子とも縁を切ることを決意する。
生まれかわった妻は、新しい人生を強く生きることを決意。
過去世と同じ轍を踏みたくない……
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる