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命乞い【16】

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「勧玄様! そんな……最後だなんて言わないで!」

「いや……。もう、もたねぇよ。……村の奴ら、頼むな。アイツらもお前のこと大好きなんだ」

 そう言い残して勧玄は息を引き取った。
 澪は、大声を上げて声が枯れるまで泣き続けた。日が沈みかけた頃、村人が野菜を持ってやって来た。
 二人の亡骸と、その傍らで崩れるように泣きわめく澪の姿。村人達は、すぐに全員を集め、二人の亡骸を丁寧に葬った。

 二人を守れなかった。そう泣きじゃくる澪を責める村人はただの一人もいなかった。二人が澪を大切に、また澪も二人を信頼し、心を開いていることなどわかっていたからだ。

 九重との付き合いが長い村人達とて、辛いことには変わりはない。しかし、両親から見放され、心の拠り所だった二人を一気に亡くした澪に比べれば、と誰も澪を責めることなどできなかった。

「いいかい、りょうちゃん。あんたは、勧玄様が命をかけて守った娘だよ。だから、胸を張って生きな。ここにいる村の衆は、何があっても澪ちゃんの味方だよ。何があってもね」

 そう言ったのは、村長の妻だった。村人は皆、澪が宗方の姫であると知っていた。九重の娘が宗方に嫁いだという話は、村の中では名誉として騒がれたのだから。
 しかし、誰もそのことには触れなかった。宗方が機能しなくなっても、誰も娘を嫁がせた九重を責めなかった。それは、九重が持つ豊かな人間性故だ。

 澪が立ち直るまで、村人達は代わる代わる澪の世話をした。明るく接し、美味しいものを食べさせ、九重と勧玄の昔話を話して聞かせた。
 村人達の暖かな気遣いは、ここへ来たばかりの頃の九重と勧玄を思い出させた。

 そんな優しかった村人達。笑顔を取り戻し、「勧玄様の最後の約束を守らなきゃいけないんだ」そう言って村を出ていく澪を、誰も止めなかった。

「辛くなったらいつでも帰っておいで。澪ちゃんの家はここだよ」

 そう言って、皆笑顔で見送った。村人達は、澪が何をしに行くのか想像もつかなかった。しかし、目的を持ったことで澪が以前のように活気に満ちた表情を取り戻したのは事実。
 そんな澪を止めたら、九重と勧玄に叱られそうで、誰もそんなことなどできなかった。






ーー

 郷境へと続く草原を駆け抜けながら、澪は去年のことを思い出し涙が滲む。一つ見つけた華月。そして、このまま行けば潤銘郷に入ることができる。
 勧玄との約束を胸に、澪は神室歩澄に続く軍勢に紛れ、足を進めた。
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