【完結:R15】蒼色の一振り

雪村こはる

文字の大きさ
17 / 275

いざ、潤銘郷へ【1】

しおりを挟む
 どのくらい走り続けただろうか。そろそろ息が上がってきた。
 澪には、潤銘郷までの距離がどの程度であるか想像もつかなかった。
 
 翠穣郷すいじょうきょう栄泰郷えいたいきょう洸烈郷こうれつきょうは、他郷からの侵入を許している。
 特に翠穣郷は五つの郷の中でも最も自然が多く、鮮度の高い食物が豊富にあった。そのため各郷の良家が良質な食物を求めて買い物に行く。
 各郷との交流が最も盛んな郷である。身分は関係なく、郷への出入りは自由。平穏で争い事を嫌う郷として有名である。

 そんな翠穣郷の統主、つゆり伊吹いぶきも本来であれば、「王はなりたいやつに任せておけばいい。我等の郷は俺が守る」と言うような人間だ。しかし、時期王によって溯雅ノ國の法自体が変えられてしまうやもしれぬ。
 そんな不穏な空気が流れている中、己等の郷を自由にさせるわけにはいかないと伊吹も業を煮やしているところだった。

 栄泰郷は、他郷からの民で賑わっており、洸烈郷は武力を学びたい者が大勢修行に来る。
 しかし、専門的な技術を持ち、名刀を造るための秘技を使っている匠閃郷しょうせんきょうは、一定の区間までしか侵入を許していない。刀や武具の依頼はその手前で行い、直接名を馳せたたくみとやり取りを交わすことは出来ない。
 九重と勧玄の出会いは、この交流可能な区間でのことだった。他者から刀の依頼を受ける程の仕事がなかった頃の九重は、他郷からの客足の多いところで店を出していた。
 まだ無名の九重の刀に誰も見向きもしなかったが、勧玄だけはその質の高さを見破っていた。

 また潤銘郷じゅんめいきょうは、隣国との交流が盛んであり、あちらの法も一部考慮しなければならなかった。そのため、流通内容や異国の文化が潤銘郷を通さず他郷に流れることを恐れてどの郷よりも厳重に警備されていた。
 よって、潤銘郷に出入りできるのは同郷の良家と親交のある良家か、通行手形を持っている潤銘郷の出身者、或いは高額な通行料を支払える者のみとされていた。
 手形なしでは、潤銘郷から出て行くにも高額な通行料がかかるため、一度入ってしまえば出ていくことも困難であった。また、どの郷よりも物価が高く、通行料を支払えずに留まり続けたものの生活が困難となり奉行に声をかけられる者も後を絶たない。

 他の郷に比べて貧富の差は少ないが、生活困難に陥った者の行く末は、誰も知らない。
 その処遇を決めるのは統主である神室歩澄であり、誰にも悟られぬよう動いているからだ。
 そんな潤銘郷に入郷できる機会は滅多にない。神室家の力がなければ二度と入郷することは不可能だろう。

 あの神室歩澄が易々と人質同然の澪を逃がす筈がない。素直にその波についていく澪であったが、彼らから離れれば恐らく攻撃されるか捕らわれるかだろうと予想はついた。

 澪は草原から鬱蒼とした森の中へ入った。このまま走っていては、とても体がもたない。
 草原に平行に並ぶ森から先回りし、走る速度を上げる。枝に飛び乗り、次の木へ移っていく。まるで宙を舞うかのように次々へと木々を掻き分け渡り、何十頭もの馬を追い越していった。

 ある程度馬を追い越すと、枝の上にしゃがみ、機会を待つ。最後列の馬が見えた瞬間、澪はその馬めがけて飛び降りた。

 馬に飛び乗る瞬間、兵士の後頭部に手刀を食らわせ、気絶させた。
 急な重みが加わったことで驚いた馬が前足を上げたが、澪は手綱をぐっと引き寄せ鎮静させた。

「ごめんね。乱暴はしないから、あの人達を追って」
  
 そう馬の頭を撫でる。落ち着きを取り戻した馬は、その群れの後を追った。

「貴方もごめんなさいね」

 己の体の前で気を失った兵士が落ちないよう足で固定し、澪は申し訳ないと眉を下げた。
しおりを挟む
感想 5

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

酔っぱらったせいで、勇者パーティーを洗脳してしまった

透けてるブランディシュカ
ファンタジー
悪友のせいで酔ったら。(※重複投稿しています)仲仁へび

復讐のための五つの方法

炭田おと
恋愛
 皇后として皇帝カエキリウスのもとに嫁いだイネスは、カエキリウスに愛人ルジェナがいることを知った。皇宮ではルジェナが権威を誇示していて、イネスは肩身が狭い思いをすることになる。  それでも耐えていたイネスだったが、父親に反逆の罪を着せられ、家族も、彼女自身も、処断されることが決まった。  グレゴリウス卿の手を借りて、一人生き残ったイネスは復讐を誓う。  72話で完結です。

はじめまして、私の知らない婚約者様

有木珠乃@『ヒロ弟』コミカライズ配信中
ファンタジー
ミルドレッド・カーマイン公爵令嬢は突然、学園の食堂で話しかけられる。 見覚えのない男性。傍らには豊満な体型の女性がいる。 けれどその女性から発せられた男性の名前には、聞き覚えがあった。 ミルドレッドの婚約者であるブルーノ王子であることを。 けれどミルドレッドの反応は薄い。なぜなら彼女は……。 この世界を乙女ゲームだと知った人々による、悪役令嬢とヒロイン、魔女の入れ替え話です。 悪役令嬢を救いたかったはずなのに、どうしてこんなことに? ※他サイトにも掲載しています。

私が王子との結婚式の日に、妹に毒を盛られ、公衆の面前で辱められた。でも今、私は時を戻し、運命を変えに来た。

MayonakaTsuki
恋愛
王子との結婚式の日、私は最も信頼していた人物――自分の妹――に裏切られた。毒を盛られ、公開の場で辱められ、未来の王に拒絶され、私の人生は血と侮辱の中でそこで終わったかのように思えた。しかし、死が私を迎えたとき、不可能なことが起きた――私は同じ回廊で、祭壇の前で目を覚まし、あらゆる涙、嘘、そして一撃の記憶をそのまま覚えていた。今、二度目のチャンスを得た私は、ただ一つの使命を持つ――真実を突き止め、奪われたものを取り戻し、私を破滅させた者たちにその代償を払わせる。もはや、何も以前のままではない。何も許されない。

私の息子を“愛人の子の下”にすると言った夫へ──その瞬間、正妻の役目は終わりました

放浪人
恋愛
政略結婚で伯爵家に嫁いだ侯爵令嬢リディアは、愛のない夫婦関係を「正妻の務め」と割り切り、赤字だらけの領地を立て直してきた。帳簿を整え、税の徴収を正し、交易路を広げ、収穫が不安定な年には備蓄を回す――伯爵家の体裁を保ってきたのは、いつも彼女の実務だった。 だがある日、夫オスヴァルドが屋敷に連れ帰ったのは“幼馴染”の女とその息子。 「彼女は可哀想なんだ」 「この子を跡取りにする」 そして人前で、平然と言い放つ。 ――「君の息子は、愛人の子の“下”で学べばいい」 その瞬間、リディアの中で何かが静かに終わった。怒鳴らない。泣かない。微笑みすら崩さない。 「承知しました。では――正妻の役目は終わりましたね」

つまらなかった乙女ゲームに転生しちゃったので、サクッと終わらすことにしました

蒼羽咲
ファンタジー
つまらなかった乙女ゲームに転生⁈ 絵に惚れ込み、一目惚れキャラのためにハードまで買ったが内容が超つまらなかった残念な乙女ゲームに転生してしまった。 絵は超好みだ。内容はご都合主義の聖女なお花畑主人公。攻略イケメンも顔は良いがちょろい対象ばかり。てこたぁ逆にめちゃくちゃ住み心地のいい場所になるのでは⁈と気づき、テンションが一気に上がる!! 聖女など面倒な事はする気はない!サクッと攻略終わらせてぐーたら生活をGETするぞ! ご都合主義ならチョロい!と、野望を胸に動き出す!! +++++ ・重複投稿・土曜配信 (たま~に水曜…不定期更新)

夫と息子に邪険にされたので王太子妃の座を譲ります~死に戻ってから溺愛されても今更遅い

青の雀
恋愛
夫婦喧嘩の末に置き去りにされた妻は、旦那が若い愛人とイチャついている間に盗賊に襲われ、命を落とした。 神様の温情により、10日間だけこの世に戻った妻と護衛の騎士は、その10日間の間に心残りを処分する。それは、娘の行く末と……もし、来世があるならば、今度は政略といえども夫以外の人の妻になるということ。 もう二度と夫と出会いたくない彼女は、彼女を蔑ろにしてきた息子とも縁を切ることを決意する。 生まれかわった妻は、新しい人生を強く生きることを決意。 過去世と同じ轍を踏みたくない……

処理中です...