18 / 228
いざ、潤銘郷へ【2】
しおりを挟む
その頃、歩澄は先頭をきりながら横を走る瑛梓を横目に見る。
「あの女はついて来ているか?」
「先程まで走ってついてきている姿を確認しています。逃げ出せばすぐに知らせがくるでしょう」
瑛梓は一つに結った腰近くまである白金色の髪を靡かせながら、声の聞こえる位置まで馬を寄せる。
「ほう……」
歩澄は右手で手綱を持ち、左手で首から下げた鎖を手繰り寄せ、懐中時計を取り出し開く。
時間を確認し、「既に三時間以上もあの速度で走り続けているか……。一度様子を見に行ってこい」そう言った。
瑛梓は頷き「承知致しました。歩澄様」と言い残し、馬の距離を取り後方へと向かっていった。
歩澄は懐中時計を再び襟元から中に垂らし、前を向く。
小型時計の文化があるのは潤銘郷だけである。隣国から輸入されている中でも高級な品であり、貴族のみ使用できる状態であった。
貿易に直接関わっている神室家は、最先端の文化で生活している。
よって、時計をもつ家柄の人間のみ、時間、分、秒の単位が存在することを知っていた。
(女であれ程の体力……。たった一人の姫だと聞いていたが、箱入り娘というわけではなさそうだな)
歩澄は、疑問だった。宗方憲明には男児と女児が一人ずついた筈。そして、男児の方は自らの手で抹殺した。
時期統主として、もう少し腕の立つ者だと想像していた。梓月よりも三つ程若いと聞いていたが、三年前の梓月は既に歩澄の直属の家臣であった。
歩澄が瑛梓と梓月を傍に置いたのは、同情からではなく、その実力を見込んでの事だ。
時期統主と期待されていれば、敵郷から身を守ろうと少しくらい抵抗しても良さそうなものを、ぶるぶると震えるばかりで謝りながら、死んでいったのだった。
更に歩澄が驚いたのは、統主である憲明の姿。げっそりと痩せこけていて、とても統主としての覇気など感じなかった。それどころか「いっそのこと殺してくれ」と歩澄に頭を下げたのだった。
命乞いをされることはあっても、殺してくれと頼まれることなどあまり経験のない歩澄。嫌気もさしたが、こんな統主の下で生活する郷の民が不憫に思えた。
「民を守る気のない統主などいらない。その一族もな」
歩澄はそう言い放って、統主の命を奪った。次いで側室の姿。潤銘郷の特産物である碧空石の装飾品を身に纏い、一際美しい姿で着飾っていた。城の者達が簡素な服装をしている中、側室とその従者だけ贅沢三昧であった様子が伺えた。
匠閃郷は貧富の差が激しいと聞く。貧しい村は食うものにも困り、飢え死にする者も絶えないとの情報が耳に入った。それが本当のことかどうか梓月に調べるよう命令したところだが、もしも噂が本当だとしたら、民から搾取した年貢を私利私欲のために利用していたことになる。
なんという下衆な郷かと吐き気がする程だ。反対に最後に殺した正室は、窶れていて焦点も合わぬ程、狂っていた。
もはや匠閃郷も終わり。そんな情報が入ってきたが、歩澄もここまで崩壊しているなどとは想像もしていなかった。
そこへきて生き残った最後の姫。刀の峰に飛び乗り、徳昂を負かし馬と同等に走る体力。
目の前で家族を殺されても全く動じず、さも当然かのように亡骸を見ていたあの冷ややかな目。
自らの命乞いだけをし、歩澄についてくる姫。
あの一族が不気味でならなかった。
澪のあの戦闘力があれば、自分だけ城から抜け出すこととて可能だったはず。そして、姫があれだけの戦闘力を持つことができるのであれば、それ以上の戦闘力を統主や時期統主がもっていてもおかしくはない。
歩澄は、考えれば考えれる程深まる謎に、興味があった。この一連の違和感が何なのかを知りたいと思う反面、神室家に危険が及ぶようならすぐにでも処分しなければならないと奥歯を噛み締めた。
「あの女はついて来ているか?」
「先程まで走ってついてきている姿を確認しています。逃げ出せばすぐに知らせがくるでしょう」
瑛梓は一つに結った腰近くまである白金色の髪を靡かせながら、声の聞こえる位置まで馬を寄せる。
「ほう……」
歩澄は右手で手綱を持ち、左手で首から下げた鎖を手繰り寄せ、懐中時計を取り出し開く。
時間を確認し、「既に三時間以上もあの速度で走り続けているか……。一度様子を見に行ってこい」そう言った。
瑛梓は頷き「承知致しました。歩澄様」と言い残し、馬の距離を取り後方へと向かっていった。
歩澄は懐中時計を再び襟元から中に垂らし、前を向く。
小型時計の文化があるのは潤銘郷だけである。隣国から輸入されている中でも高級な品であり、貴族のみ使用できる状態であった。
貿易に直接関わっている神室家は、最先端の文化で生活している。
よって、時計をもつ家柄の人間のみ、時間、分、秒の単位が存在することを知っていた。
(女であれ程の体力……。たった一人の姫だと聞いていたが、箱入り娘というわけではなさそうだな)
歩澄は、疑問だった。宗方憲明には男児と女児が一人ずついた筈。そして、男児の方は自らの手で抹殺した。
時期統主として、もう少し腕の立つ者だと想像していた。梓月よりも三つ程若いと聞いていたが、三年前の梓月は既に歩澄の直属の家臣であった。
歩澄が瑛梓と梓月を傍に置いたのは、同情からではなく、その実力を見込んでの事だ。
時期統主と期待されていれば、敵郷から身を守ろうと少しくらい抵抗しても良さそうなものを、ぶるぶると震えるばかりで謝りながら、死んでいったのだった。
更に歩澄が驚いたのは、統主である憲明の姿。げっそりと痩せこけていて、とても統主としての覇気など感じなかった。それどころか「いっそのこと殺してくれ」と歩澄に頭を下げたのだった。
命乞いをされることはあっても、殺してくれと頼まれることなどあまり経験のない歩澄。嫌気もさしたが、こんな統主の下で生活する郷の民が不憫に思えた。
「民を守る気のない統主などいらない。その一族もな」
歩澄はそう言い放って、統主の命を奪った。次いで側室の姿。潤銘郷の特産物である碧空石の装飾品を身に纏い、一際美しい姿で着飾っていた。城の者達が簡素な服装をしている中、側室とその従者だけ贅沢三昧であった様子が伺えた。
匠閃郷は貧富の差が激しいと聞く。貧しい村は食うものにも困り、飢え死にする者も絶えないとの情報が耳に入った。それが本当のことかどうか梓月に調べるよう命令したところだが、もしも噂が本当だとしたら、民から搾取した年貢を私利私欲のために利用していたことになる。
なんという下衆な郷かと吐き気がする程だ。反対に最後に殺した正室は、窶れていて焦点も合わぬ程、狂っていた。
もはや匠閃郷も終わり。そんな情報が入ってきたが、歩澄もここまで崩壊しているなどとは想像もしていなかった。
そこへきて生き残った最後の姫。刀の峰に飛び乗り、徳昂を負かし馬と同等に走る体力。
目の前で家族を殺されても全く動じず、さも当然かのように亡骸を見ていたあの冷ややかな目。
自らの命乞いだけをし、歩澄についてくる姫。
あの一族が不気味でならなかった。
澪のあの戦闘力があれば、自分だけ城から抜け出すこととて可能だったはず。そして、姫があれだけの戦闘力を持つことができるのであれば、それ以上の戦闘力を統主や時期統主がもっていてもおかしくはない。
歩澄は、考えれば考えれる程深まる謎に、興味があった。この一連の違和感が何なのかを知りたいと思う反面、神室家に危険が及ぶようならすぐにでも処分しなければならないと奥歯を噛み締めた。
応援ありがとうございます!
0
お気に入りに追加
198
1 / 5
この作品を読んでいる人はこんな作品も読んでいます!
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる