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毒草事件【1】

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 歩澄は自室で刀の手入れをしていた。匠閃城の兵士とは何人も刀を交えた。中には、刀を抜く前に叩き斬った者もいる。
 まさか毒が塗り込まれていたとは思いもしなかった。直接肌に触れただけで爛れるという恐ろしい毒。

 鞘から刀を引き抜けば、刀についた血液の色がいつもとは違った。毒の成分と混じったためであった。
 刀を布で拭えば、臭気もいつもとは違う。歩澄にしかわからない程度の違和感であったが、それにより澪の言っていた事が嘘ではなかったと証明するには十分だった。

 琥太郎を軽々と担ぐ姿を思い出し、深い溜め息をつく。

(あの女は一体何者なんだ……)

 黙々と作業をしていると、障子の向こう側から声がする。

「歩澄様、よろしいでしょうか」

「徳昂か。入れ」

 声で徳昂を判断した歩澄は、入室を許した。
 歩澄の前に座り、頭を下げた徳昂。

「匠閃城でのご無礼をお許しいただきたく参りました」

「……もういい」

 澪を相手に手を抜いたと発言したことだろうと歩澄は思い、そう答えた。

「あの者は、私が仕留めます。どうか今一度機会をいただけませんか」

「殺せと言ったわけではない。故に、お前の失敗を咎めるつもりもない。暫くは放っておけ」

「しかし! 相手は敵郷の姫です。何を考えているかわかりません。今の内に始末しておくのが賢明かと存じます」

「……して、どの様に始末するつもりでいる?」

「……毒を盛ります」

「そうか。好きにしろ」

「……よいのですか?」

「ああ」

「ありがたく存じます! きっと今夜、仕留めてみせます!」

 それだけ言うと、徳昂は部屋を後にする。浮き足だっているのが手に取るようにわかる。そんな徳昂の姿を見て、歩澄は指で眉間を押さえる。

「まったく、芸がない……」

 徳昂の表情を見れば、澪を殺したくて仕方がないことなどわかる。刀を交えて勝てなかった相手に、どのようにして再戦を挑むかと思えば、毒を盛るなどという幼稚な発想。
 おそらく刀に毒が塗り込まれていたという事実から、毒を盛って殺めようという考えに至ったのだろう。

 徳昂は、他の家来の中でもそこそこの武力を持つ者である。歩澄を慕い、歩澄のためになら命をも捨てられる男。
 しかし、知能の低さが歩澄を悩ませていた。瑛梓や梓月は言わずとも機転を利かせ、最善の道を選ぶ。優先順位を考慮し、必要なものとそうでないものを瞬時に選択する頭脳がある。
 しかし徳昂は、一度執着したらその目的を達成するまでいつまでもそこにしがみつこうとする。戦においてはその執念深さが凶器となるが、日常生活においては仇となる時もある。

 澪に興味はあるものの、歩澄にとって命などどうでもよかった。徳昂と激戦を繰り広げたあの姫が、毒を盛られてあっさり死ぬのであればその程度。
 それで徳昂の気が済むのであれば好きにすればいい。そういった意味合いで歩澄は言ったのであった。
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