33 / 275
毒草事件【1】
しおりを挟む
歩澄は自室で刀の手入れをしていた。匠閃城の兵士とは何人も刀を交えた。中には、刀を抜く前に叩き斬った者もいる。
まさか毒が塗り込まれていたとは思いもしなかった。直接肌に触れただけで爛れるという恐ろしい毒。
鞘から刀を引き抜けば、刀についた血液の色がいつもとは違った。毒の成分と混じったためであった。
刀を布で拭えば、臭気もいつもとは違う。歩澄にしかわからない程度の違和感であったが、それにより澪の言っていた事が嘘ではなかったと証明するには十分だった。
琥太郎を軽々と担ぐ姿を思い出し、深い溜め息をつく。
(あの女は一体何者なんだ……)
黙々と作業をしていると、障子の向こう側から声がする。
「歩澄様、よろしいでしょうか」
「徳昂か。入れ」
声で徳昂を判断した歩澄は、入室を許した。
歩澄の前に座り、頭を下げた徳昂。
「匠閃城でのご無礼をお許しいただきたく参りました」
「……もういい」
澪を相手に手を抜いたと発言したことだろうと歩澄は思い、そう答えた。
「あの者は、私が仕留めます。どうか今一度機会をいただけませんか」
「殺せと言ったわけではない。故に、お前の失敗を咎めるつもりもない。暫くは放っておけ」
「しかし! 相手は敵郷の姫です。何を考えているかわかりません。今の内に始末しておくのが賢明かと存じます」
「……して、どの様に始末するつもりでいる?」
「……毒を盛ります」
「そうか。好きにしろ」
「……よいのですか?」
「ああ」
「ありがたく存じます! きっと今夜、仕留めてみせます!」
それだけ言うと、徳昂は部屋を後にする。浮き足だっているのが手に取るようにわかる。そんな徳昂の姿を見て、歩澄は指で眉間を押さえる。
「まったく、芸がない……」
徳昂の表情を見れば、澪を殺したくて仕方がないことなどわかる。刀を交えて勝てなかった相手に、どのようにして再戦を挑むかと思えば、毒を盛るなどという幼稚な発想。
おそらく刀に毒が塗り込まれていたという事実から、毒を盛って殺めようという考えに至ったのだろう。
徳昂は、他の家来の中でもそこそこの武力を持つ者である。歩澄を慕い、歩澄のためになら命をも捨てられる男。
しかし、知能の低さが歩澄を悩ませていた。瑛梓や梓月は言わずとも機転を利かせ、最善の道を選ぶ。優先順位を考慮し、必要なものとそうでないものを瞬時に選択する頭脳がある。
しかし徳昂は、一度執着したらその目的を達成するまでいつまでもそこにしがみつこうとする。戦においてはその執念深さが凶器となるが、日常生活においては仇となる時もある。
澪に興味はあるものの、歩澄にとって命などどうでもよかった。徳昂と激戦を繰り広げたあの姫が、毒を盛られてあっさり死ぬのであればその程度。
それで徳昂の気が済むのであれば好きにすればいい。そういった意味合いで歩澄は言ったのであった。
まさか毒が塗り込まれていたとは思いもしなかった。直接肌に触れただけで爛れるという恐ろしい毒。
鞘から刀を引き抜けば、刀についた血液の色がいつもとは違った。毒の成分と混じったためであった。
刀を布で拭えば、臭気もいつもとは違う。歩澄にしかわからない程度の違和感であったが、それにより澪の言っていた事が嘘ではなかったと証明するには十分だった。
琥太郎を軽々と担ぐ姿を思い出し、深い溜め息をつく。
(あの女は一体何者なんだ……)
黙々と作業をしていると、障子の向こう側から声がする。
「歩澄様、よろしいでしょうか」
「徳昂か。入れ」
声で徳昂を判断した歩澄は、入室を許した。
歩澄の前に座り、頭を下げた徳昂。
「匠閃城でのご無礼をお許しいただきたく参りました」
「……もういい」
澪を相手に手を抜いたと発言したことだろうと歩澄は思い、そう答えた。
「あの者は、私が仕留めます。どうか今一度機会をいただけませんか」
「殺せと言ったわけではない。故に、お前の失敗を咎めるつもりもない。暫くは放っておけ」
「しかし! 相手は敵郷の姫です。何を考えているかわかりません。今の内に始末しておくのが賢明かと存じます」
「……して、どの様に始末するつもりでいる?」
「……毒を盛ります」
「そうか。好きにしろ」
「……よいのですか?」
「ああ」
「ありがたく存じます! きっと今夜、仕留めてみせます!」
それだけ言うと、徳昂は部屋を後にする。浮き足だっているのが手に取るようにわかる。そんな徳昂の姿を見て、歩澄は指で眉間を押さえる。
「まったく、芸がない……」
徳昂の表情を見れば、澪を殺したくて仕方がないことなどわかる。刀を交えて勝てなかった相手に、どのようにして再戦を挑むかと思えば、毒を盛るなどという幼稚な発想。
おそらく刀に毒が塗り込まれていたという事実から、毒を盛って殺めようという考えに至ったのだろう。
徳昂は、他の家来の中でもそこそこの武力を持つ者である。歩澄を慕い、歩澄のためになら命をも捨てられる男。
しかし、知能の低さが歩澄を悩ませていた。瑛梓や梓月は言わずとも機転を利かせ、最善の道を選ぶ。優先順位を考慮し、必要なものとそうでないものを瞬時に選択する頭脳がある。
しかし徳昂は、一度執着したらその目的を達成するまでいつまでもそこにしがみつこうとする。戦においてはその執念深さが凶器となるが、日常生活においては仇となる時もある。
澪に興味はあるものの、歩澄にとって命などどうでもよかった。徳昂と激戦を繰り広げたあの姫が、毒を盛られてあっさり死ぬのであればその程度。
それで徳昂の気が済むのであれば好きにすればいい。そういった意味合いで歩澄は言ったのであった。
0
あなたにおすすめの小説
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
私が王子との結婚式の日に、妹に毒を盛られ、公衆の面前で辱められた。でも今、私は時を戻し、運命を変えに来た。
MayonakaTsuki
恋愛
王子との結婚式の日、私は最も信頼していた人物――自分の妹――に裏切られた。毒を盛られ、公開の場で辱められ、未来の王に拒絶され、私の人生は血と侮辱の中でそこで終わったかのように思えた。しかし、死が私を迎えたとき、不可能なことが起きた――私は同じ回廊で、祭壇の前で目を覚まし、あらゆる涙、嘘、そして一撃の記憶をそのまま覚えていた。今、二度目のチャンスを得た私は、ただ一つの使命を持つ――真実を突き止め、奪われたものを取り戻し、私を破滅させた者たちにその代償を払わせる。もはや、何も以前のままではない。何も許されない。
【完結】20年後の真実
ゴールデンフィッシュメダル
恋愛
公爵令息のマリウスがが婚約者タチアナに婚約破棄を言い渡した。
マリウスは子爵令嬢のゾフィーとの恋に溺れ、婚約者を蔑ろにしていた。
それから20年。
マリウスはゾフィーと結婚し、タチアナは伯爵夫人となっていた。
そして、娘の恋愛を機にマリウスは婚約破棄騒動の真実を知る。
おじさんが昔を思い出しながらもだもだするだけのお話です。
全4話書き上げ済み。
【完結】いせてつ 〜TS転生令嬢レティシアの異世界鉄道開拓記〜
O.T.I
ファンタジー
レティシア=モーリスは転生者である。
しかし、前世の鉄道オタク(乗り鉄)の記憶を持っているのに、この世界には鉄道が無いと絶望していた。
…無いんだったら私が作る!
そう決意する彼女は如何にして異世界に鉄道を普及させるのか、その半生を綴る。
断る――――前にもそう言ったはずだ
鈴宮(すずみや)
恋愛
「寝室を分けませんか?」
結婚して三年。王太子エルネストと妃モニカの間にはまだ子供が居ない。
周囲からは『そろそろ側妃を』という声が上がっているものの、彼はモニカと寝室を分けることを拒んでいる。
けれど、エルネストはいつだって、モニカにだけ冷たかった。
他の人々に向けられる優しい言葉、笑顔が彼女に向けられることない。
(わたくし以外の女性が妃ならば、エルネスト様はもっと幸せだろうに……)
そんな時、侍女のコゼットが『エルネストから想いを寄せられている』ことをモニカに打ち明ける。
ようやく側妃を娶る気になったのか――――エルネストがコゼットと過ごせるよう、私室で休むことにしたモニカ。
そんな彼女の元に、護衛騎士であるヴィクトルがやってきて――――?
復讐のための五つの方法
炭田おと
恋愛
皇后として皇帝カエキリウスのもとに嫁いだイネスは、カエキリウスに愛人ルジェナがいることを知った。皇宮ではルジェナが権威を誇示していて、イネスは肩身が狭い思いをすることになる。
それでも耐えていたイネスだったが、父親に反逆の罪を着せられ、家族も、彼女自身も、処断されることが決まった。
グレゴリウス卿の手を借りて、一人生き残ったイネスは復讐を誓う。
72話で完結です。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる