【完結:R15】蒼色の一振り

雪村こはる

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毒草事件【2】

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 それから一時が過ぎた頃、毒の入った茶器を持って再び徳昂が歩澄のもとを訪れた。

「もうすぐあの女がやって来ます」

「それで、そのままその器を差し出すつもりか?」

「茶を振る舞う故、ここに来るよう言ってあります。この場で茶を立て、この毒を混ぜたものを出すつもりです」

「……」

 誰がどう見ても、量の多すぎる禍々しい色をした毒。徳昂が部屋に入って来た途端、毒草の臭いが充満した。

(ここまで愚かだったとはな……。そんな危険なものに手を出すとは到底思えぬ)

 歩澄は、毒に気付いた澪が茶に手をつけず、部屋を後にしようとするところを想像した。思い通りにいかない事に苛立った徳昂がその場で刀を抜き、斬りかかる。その刀を軽々と避けて、逃げ去っていく澪。
 その後の展開まで読めてしまい、いつまでこの茶番に付き合うのかと歩澄は欠伸を噛み殺した。

 準備が整うと、「失礼致します」と声がし、障子が開かれた。まだ戦闘服のままの澪を見て、着替えがないことに気付いた。

(あのような姿でいられるのも、いつ攻撃を仕掛けてくるかと落ち着かないな。本意ではないが、着替えを用意させるか……)

 歩澄がそんなことを考えている内に、「いい茶が入ったのでな。長旅で疲れたであろう。一杯飲んでいくといい」と白々しい言葉を並べる徳昂。

 刀を交え、負けた者がそんなことを言えば、警戒しろと言っているようなもの。
 さっさと断りを入れて出ていけばいい。そう思う歩澄は、退屈そうに澪と徳昂を一段高くなった上段から見下ろしていた。

「ありがとうございます」

 あらかじめ毒を入れておいた茶器に茶と湯を注ぎ、丁寧に立てる徳昂。見た目は茶会だが、充満する悪臭と歩澄側から見える毒の存在が既に歩澄の気分を悪くさせていた。

「どうぞ」

 立て終わった茶器を澪に差し出す。器の中をじっと見つめる澪。
 何かを感じ取ったであろう澪の姿を見て、先程想像した情景が浮かぶ。

 しかし、澪はそれを口に運んだ。

「っ……」

 歩澄は驚愕し、思わず身を乗り出した。
 徳昂はほくそ笑み、澪の反応を待った。

 澪の喉は上下し、あっという間に茶器の中は空になった。

「美味しいお茶でした。ありがとうございます」

 そう言って丁寧に頭を下げた。
 本来であれば、数口飲んでいる内にもがき苦しんでもよさそうなところ、澪は平然としている。
 徳昂は、澪の体が崩れ落ちるのを今か今かと待つ。

 それ故に、部屋には沈黙が流れた。

「……他に何かご用がありましたでしょうか?」

 澪が沈黙を破り、徳昂へ目を向ける。

「いや……。そうだな。……馬には何故乗れる?」

 毒が効くまでの時間稼ぎをしようと、思い付く質問を始める徳昂。

「乗り方を教わりました」
 
「誰に?」

「城の者にです」

「刀は何故扱える?」

「師匠に稽古をつけていただきました」

「何故、姫が刀を握る?」

「何故でしょう。物心ついた頃から木刀を振り回していたようです」

「……気分は悪くないか?」

「お陰様で、好調にごさいます」

「……」

 再び沈黙が訪れた。一向に毒が回る気配はない。

「もう一杯飲むか?」

「いえ、結構です。潤銘郷のお茶は高価だと聞きますし。寝がけにそうお茶を飲んでは眠れなくなると困ります故」

「……そうか」

「他にご用がなければこれで失礼しますが、よろしいでしょうか」

「待て。やはりせっかく用意した茶だ。もう一杯飲んでいけ」

「……わかりました」

 歩澄の手前、ここで引くわけにはいかないと思った徳昂は、強引に茶を勧めた。
 澪は頷き、次の茶が出されるのを待つ。

 今度は失敗などしないよう、毒の入れ物として用意した茶器に直接茶と湯を入れ、茶を立てた。
 
 歩澄は、頭を抱えたくなった。この男はどこまで馬鹿なのか。毒の量が多過ぎて、茶を立てる度に大きな波が打つ。
 色は通常の茶よりもうんと濃く、もはや本来の茶の鮮やかさはない。

 毒の存在など疑っていない人間が見ても、危険であることは察しがつく。
 いくらなんでも、これには手を出さない。苦し紛れに取った行動とはいえ、なんとも浅はかだと、自分の家臣として情けなく思えた。
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