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毒草事件【8】
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「大変そうですね……」
殿方から言い寄られる経験のない澪にとっては他人事である。多くの異性から敬愛されるというのは、良いことばかりではないのだと顔をしかめた。
「ただ、多少はいる。他郷の姫や奥方の来客用としてね。皆城外に伴侶を持ち、歩澄様を子供の頃から知っている者ばかりだけどね」
梓月の言葉は、歩澄や梓月達に慕情を抱くことのない女人限定を意味していた。つまり、城内での色事を避けるため、女人の出入りを最小限にしているのである。
「それでは城内は殿方ばかりなのですね」
「ああ。むさ苦しいとは思うが……」
そう言って梓月は苦笑を浮かべる。
「いえ……」
匠閃城には多くの女中がいた。兵士以外の料理人や使用人は女性の方が多かったかもしれぬと澪は記憶を辿る。
潤銘城がこうして機能を保っていられるのも、様々な城内の掟が関連しているのやもと思いながら、箸を進めた。
「歩澄様の命令がなければ勝手なことはできないけれど、必要であれば侍女をつけるよう頼んでみる」
「い、いえ! 必要ありません。私は余所者ですし……」
「自覚はあるんだね」
「当然です……」
私は、来客ではない。いつ殺されてもおかしくない身。そんなところに侍女をつけられては、それを快く思わない者達からの襲撃を受けるかもしれぬ。
敵しかいない城内で、自分の身だけなら守れるが、侍女の命まで守りきれるかは自信がない。
そう考える澪は、とても侍女などつけてもらえないと首を振った。
「しかし、不便ではないか? 服装も……」
そう言って澪の衣装をまじまじと見つめる梓月。戦闘服を身に纏ったままの澪は、梓月の視線に気付き「この身一つでここまで来たので、着替えは持っていないのです」と答えた。
「変わった戦闘服だ」
「はい。動きやすさを重視したものを仕立ててもらいました。神室軍の戦闘服も変わっていますね」
「ああ。隣国の文化を取り入れているからね。袴はもう動きづらい。数十年も前から軍服は今の形に変えた」
神室軍の軍服は、象牙色を基調としたものである。襯衣に襟締を締め、生地のしっかりとした上衣と乗馬に適した下衣を着用する。上衣の脇下から下衣の裾まで横二寸程度の黒い縦線が入っていた。
左右対称に取り付けられた胸元の衣嚢には碧空石を使った服飾があしらってある。
膝下まである黒革の長靴を履き、腰には刀を差しているのが正装であった。
「……刀は隣国のものに変えないのですか?」
「試してみたが、どうにも耐久力に劣る。刃も欠けやすく、重いばかりで扱いにくい。やはり、匠閃郷で造られた刀が一番いい。何も、俺達は全てを隣国の文化に真似ていきたいわけではない。
良いものは良いものとして取り入れ、我が国の優れている文化はそのまま残す。それだけのことだよ」
澪にとっては、潤銘郷はまるで異国のようだった。匠閃郷とは、身に付けているものも、顔立ちも違う。まるで潤銘郷だけ時が進み、匠閃郷はいつまでも時代に取り残されているようだと感じた。
「潤銘郷は見たことのないものばかりで驚いてしまいました。刀だけでも匠閃郷のものを扱っていていただけて嬉しいです」
刀を褒めてもらったことが余程嬉しいのか、溢さずにいられないといったように笑みを浮かべる澪を見て、梓月はとくん一つ大きく鼓動を高鳴らせた。
「そう……か」
「しかし、白の戦闘服では汚れてしまいますよ。今日だって、返り血を浴びて真っ赤に染まっていました」
「そうだな……。毎回新調するのも経費がかさむ。それでも、白……というより象牙色は歩澄様を象徴する色だ。胸元の碧空石は潤銘郷を」
「ああ……それで。しっかりと意味があるのですね」
「当然」
梓月の説明で、澪は大きく頷く。象牙色は、神室歩澄の光を受けた髪色に近く、碧空石は彼の目の色に似ている。
軍服そのものが神室歩澄を象徴しているのである。
この郷は、彼を中心として成り立っている。
そして、崩した話口調をしていた梓月も、城や歩澄の話になると口調が変わる。
日頃より役職のある重臣として節度ある行動を心がけている癖が抜けきらないのだ。
殿方から言い寄られる経験のない澪にとっては他人事である。多くの異性から敬愛されるというのは、良いことばかりではないのだと顔をしかめた。
「ただ、多少はいる。他郷の姫や奥方の来客用としてね。皆城外に伴侶を持ち、歩澄様を子供の頃から知っている者ばかりだけどね」
梓月の言葉は、歩澄や梓月達に慕情を抱くことのない女人限定を意味していた。つまり、城内での色事を避けるため、女人の出入りを最小限にしているのである。
「それでは城内は殿方ばかりなのですね」
「ああ。むさ苦しいとは思うが……」
そう言って梓月は苦笑を浮かべる。
「いえ……」
匠閃城には多くの女中がいた。兵士以外の料理人や使用人は女性の方が多かったかもしれぬと澪は記憶を辿る。
潤銘城がこうして機能を保っていられるのも、様々な城内の掟が関連しているのやもと思いながら、箸を進めた。
「歩澄様の命令がなければ勝手なことはできないけれど、必要であれば侍女をつけるよう頼んでみる」
「い、いえ! 必要ありません。私は余所者ですし……」
「自覚はあるんだね」
「当然です……」
私は、来客ではない。いつ殺されてもおかしくない身。そんなところに侍女をつけられては、それを快く思わない者達からの襲撃を受けるかもしれぬ。
敵しかいない城内で、自分の身だけなら守れるが、侍女の命まで守りきれるかは自信がない。
そう考える澪は、とても侍女などつけてもらえないと首を振った。
「しかし、不便ではないか? 服装も……」
そう言って澪の衣装をまじまじと見つめる梓月。戦闘服を身に纏ったままの澪は、梓月の視線に気付き「この身一つでここまで来たので、着替えは持っていないのです」と答えた。
「変わった戦闘服だ」
「はい。動きやすさを重視したものを仕立ててもらいました。神室軍の戦闘服も変わっていますね」
「ああ。隣国の文化を取り入れているからね。袴はもう動きづらい。数十年も前から軍服は今の形に変えた」
神室軍の軍服は、象牙色を基調としたものである。襯衣に襟締を締め、生地のしっかりとした上衣と乗馬に適した下衣を着用する。上衣の脇下から下衣の裾まで横二寸程度の黒い縦線が入っていた。
左右対称に取り付けられた胸元の衣嚢には碧空石を使った服飾があしらってある。
膝下まである黒革の長靴を履き、腰には刀を差しているのが正装であった。
「……刀は隣国のものに変えないのですか?」
「試してみたが、どうにも耐久力に劣る。刃も欠けやすく、重いばかりで扱いにくい。やはり、匠閃郷で造られた刀が一番いい。何も、俺達は全てを隣国の文化に真似ていきたいわけではない。
良いものは良いものとして取り入れ、我が国の優れている文化はそのまま残す。それだけのことだよ」
澪にとっては、潤銘郷はまるで異国のようだった。匠閃郷とは、身に付けているものも、顔立ちも違う。まるで潤銘郷だけ時が進み、匠閃郷はいつまでも時代に取り残されているようだと感じた。
「潤銘郷は見たことのないものばかりで驚いてしまいました。刀だけでも匠閃郷のものを扱っていていただけて嬉しいです」
刀を褒めてもらったことが余程嬉しいのか、溢さずにいられないといったように笑みを浮かべる澪を見て、梓月はとくん一つ大きく鼓動を高鳴らせた。
「そう……か」
「しかし、白の戦闘服では汚れてしまいますよ。今日だって、返り血を浴びて真っ赤に染まっていました」
「そうだな……。毎回新調するのも経費がかさむ。それでも、白……というより象牙色は歩澄様を象徴する色だ。胸元の碧空石は潤銘郷を」
「ああ……それで。しっかりと意味があるのですね」
「当然」
梓月の説明で、澪は大きく頷く。象牙色は、神室歩澄の光を受けた髪色に近く、碧空石は彼の目の色に似ている。
軍服そのものが神室歩澄を象徴しているのである。
この郷は、彼を中心として成り立っている。
そして、崩した話口調をしていた梓月も、城や歩澄の話になると口調が変わる。
日頃より役職のある重臣として節度ある行動を心がけている癖が抜けきらないのだ。
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