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神室歩澄の右腕【2】
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絃の元を去り、城内へと戻った澪は瑛梓と梓月の姿を見つけた。
「あ、澪……」
澪の存在に気付いた梓月が手招きをした。誘われるようにして澪は二人に近付く。そこにはもう一人の男の姿があった。見たことのない顔だったため、この男が秀虎であると直感した。
秀虎は、中性的な瑛梓や梓月に対し、逞しい男だった。
紺色の髪はようやく耳が隠れる程であり、前髪は邪魔にならないよう上に上げられている。色の濃い茶色の目は、優しさを含んでおり、爽やかな印象を与えた。
瑛梓や梓月とは雰囲気が違うが、穏やかで優しそうな雰囲気と、男らしい佇まい。これはこれで女性が放っておかないだろうと澪は思った。
(潤銘郷は比較的男前が多いのか……?)
城内を見渡せば、家来達も整った顔をしている者が多い。琥太郎も愛らしい顔立ちをしており、五平とて喧しくなければそれなりの美形である。
そうは思うが、澪の興味はそこにはなく、秀虎の戦闘力に向いていた。
穏やかな雰囲気ではあるが、隠し切れずに滲み出ている強さ。
(平常時でこの気迫……。強いな。歩澄とどちらが強いだろうか……)
澪にそう思わせる程、一目でその戦闘力の高さを示していた。
「秀虎殿、先程言った澪だ」
瑛梓が秀虎の方に顔を向け、澪を紹介した。
「ああ。匠閃郷の姫だな。噂によるととんだじゃじゃ馬だそうだな」
そう言って秀虎はおかしそうに笑った。
「じゃ、じゃじゃ馬……」
心外だったのか、澪は顔をひきつらせる。そんな澪に構うことなく、秀虎は澪の頭に手を置き「私は秀虎。歩澄様の重臣の一人だ」と言った。
「先程聞きました。栄泰郷からお帰りになったとか……」
「ああ。これから歩澄様に挨拶へ伺う。瑛梓、梓月また後でな」
秀虎は手を上げ、その場を後にした。
残された瑛梓と梓月は、笑みを浮かべその背中を見つめていた。徳昂とはあまり良い雰囲気ではないが、この三人は恐らく信頼関係が築けているのだろうと思えた。
「どうして歩澄様の右腕と呼ばれているのは徳昂様なのですか? あの秀虎様の方が強いのに」
澪がふと瑛梓に尋ねると、瑛梓は目を丸くさせ「何故そう思う?」と聞いた。
「強さが溢れ出てしまっていますよ。瑛梓様と梓月くんよりも強いでしょう?」
そう言って澪が瑛梓と梓月を交互に見ると、二人は面白くなさそうに顔を背けた。
「最近は手合わせもしていないから、俺の方が強いかもしれないよ」
梓月は悔しそうに口を尖らせている。どうやら図星のようだった。
「徳昂様は、四人の中でも一番弱いと思うのですが、それでも歩澄様の右腕と呼ばれています」
「……澪、絶対に徳昂の前でそのように口を滑らせるなよ」
瑛梓は項垂れながら、忠告をした。徳昂を怒らせる原因は、澪の態度にもあることは間違いなかった。
「徳昂様は、元々洸烈郷統主の重臣だったんだ」
梓月は静かに、徳昂が潤銘郷に仕えるようになった経緯について語り始めた。
洸烈郷は、強者が多く剣術だけでなく武道も取り入れていた。そんな洸烈郷統主の甲斐煌明は、無敵の統主として恐れられていた。
その男の重臣として仕えていたのが徳昂である。父親の代から甲斐家に仕えており、戦闘力は関係なく血縁だけで重臣の座に登り詰めた男であった。
以前、歩澄が煌明の元に訪れた際、徳昂が忠実に煌明の家来として仕えている姿を目にしていた。煌明のためであれば、己の命など容易に差し出せる。そんな狂気さえ感じていた。
しかし、ある時徳昂が負傷して城へ帰還した。煌明から栄泰郷の統主の首をとってこいと命令されていたのだ。
煌明にとっては、暑苦しい徳昂の存在が煩わしかった。先代からの誼みで傍に置いたものの、大した戦闘力もなく煌明は見切りをつけていた。
そこで煌明は徳昂の忠誠心を利用し、栄泰郷の統主、八雲皇成の襲撃を命じた。
当然栄泰城に入ることすら困難であり、失敗した徳昂は家臣からの攻撃に耐え、命からがら帰還したのだった。
徳昂の素性を突き止めた皇成は洸烈郷へと乗り込んできた。
粗暴な洸烈郷統主とは違い、暢気な皇成は士気を高まらせながらも、話し合いで解決することを要求したのだった。
煌明は、これは好機とばかりに徳昂の首をその場で刎ることで終息を願い出た。
この時、初めて見切られていたことを知った徳昂は絶望的な表情で涙を流した。
その場に居合わせた歩澄は、間に入り徳昂を潤銘郷で管理することを提案した。
皇成がそれに対する利益を求めたのは当然のこと。
かねてより、千依を重臣の妻へと申し出があったが、歩澄は断っていた。王が不在の今、今後争う可能性がある中で敵郷に我が重臣の妹を嫁がせるのは危険であると感じていたからである。
しかし、皇成がそれで手を打とうと申し出たために秀虎の了承の元、千依の嫁入りが確定したのだった。
「あ、澪……」
澪の存在に気付いた梓月が手招きをした。誘われるようにして澪は二人に近付く。そこにはもう一人の男の姿があった。見たことのない顔だったため、この男が秀虎であると直感した。
秀虎は、中性的な瑛梓や梓月に対し、逞しい男だった。
紺色の髪はようやく耳が隠れる程であり、前髪は邪魔にならないよう上に上げられている。色の濃い茶色の目は、優しさを含んでおり、爽やかな印象を与えた。
瑛梓や梓月とは雰囲気が違うが、穏やかで優しそうな雰囲気と、男らしい佇まい。これはこれで女性が放っておかないだろうと澪は思った。
(潤銘郷は比較的男前が多いのか……?)
城内を見渡せば、家来達も整った顔をしている者が多い。琥太郎も愛らしい顔立ちをしており、五平とて喧しくなければそれなりの美形である。
そうは思うが、澪の興味はそこにはなく、秀虎の戦闘力に向いていた。
穏やかな雰囲気ではあるが、隠し切れずに滲み出ている強さ。
(平常時でこの気迫……。強いな。歩澄とどちらが強いだろうか……)
澪にそう思わせる程、一目でその戦闘力の高さを示していた。
「秀虎殿、先程言った澪だ」
瑛梓が秀虎の方に顔を向け、澪を紹介した。
「ああ。匠閃郷の姫だな。噂によるととんだじゃじゃ馬だそうだな」
そう言って秀虎はおかしそうに笑った。
「じゃ、じゃじゃ馬……」
心外だったのか、澪は顔をひきつらせる。そんな澪に構うことなく、秀虎は澪の頭に手を置き「私は秀虎。歩澄様の重臣の一人だ」と言った。
「先程聞きました。栄泰郷からお帰りになったとか……」
「ああ。これから歩澄様に挨拶へ伺う。瑛梓、梓月また後でな」
秀虎は手を上げ、その場を後にした。
残された瑛梓と梓月は、笑みを浮かべその背中を見つめていた。徳昂とはあまり良い雰囲気ではないが、この三人は恐らく信頼関係が築けているのだろうと思えた。
「どうして歩澄様の右腕と呼ばれているのは徳昂様なのですか? あの秀虎様の方が強いのに」
澪がふと瑛梓に尋ねると、瑛梓は目を丸くさせ「何故そう思う?」と聞いた。
「強さが溢れ出てしまっていますよ。瑛梓様と梓月くんよりも強いでしょう?」
そう言って澪が瑛梓と梓月を交互に見ると、二人は面白くなさそうに顔を背けた。
「最近は手合わせもしていないから、俺の方が強いかもしれないよ」
梓月は悔しそうに口を尖らせている。どうやら図星のようだった。
「徳昂様は、四人の中でも一番弱いと思うのですが、それでも歩澄様の右腕と呼ばれています」
「……澪、絶対に徳昂の前でそのように口を滑らせるなよ」
瑛梓は項垂れながら、忠告をした。徳昂を怒らせる原因は、澪の態度にもあることは間違いなかった。
「徳昂様は、元々洸烈郷統主の重臣だったんだ」
梓月は静かに、徳昂が潤銘郷に仕えるようになった経緯について語り始めた。
洸烈郷は、強者が多く剣術だけでなく武道も取り入れていた。そんな洸烈郷統主の甲斐煌明は、無敵の統主として恐れられていた。
その男の重臣として仕えていたのが徳昂である。父親の代から甲斐家に仕えており、戦闘力は関係なく血縁だけで重臣の座に登り詰めた男であった。
以前、歩澄が煌明の元に訪れた際、徳昂が忠実に煌明の家来として仕えている姿を目にしていた。煌明のためであれば、己の命など容易に差し出せる。そんな狂気さえ感じていた。
しかし、ある時徳昂が負傷して城へ帰還した。煌明から栄泰郷の統主の首をとってこいと命令されていたのだ。
煌明にとっては、暑苦しい徳昂の存在が煩わしかった。先代からの誼みで傍に置いたものの、大した戦闘力もなく煌明は見切りをつけていた。
そこで煌明は徳昂の忠誠心を利用し、栄泰郷の統主、八雲皇成の襲撃を命じた。
当然栄泰城に入ることすら困難であり、失敗した徳昂は家臣からの攻撃に耐え、命からがら帰還したのだった。
徳昂の素性を突き止めた皇成は洸烈郷へと乗り込んできた。
粗暴な洸烈郷統主とは違い、暢気な皇成は士気を高まらせながらも、話し合いで解決することを要求したのだった。
煌明は、これは好機とばかりに徳昂の首をその場で刎ることで終息を願い出た。
この時、初めて見切られていたことを知った徳昂は絶望的な表情で涙を流した。
その場に居合わせた歩澄は、間に入り徳昂を潤銘郷で管理することを提案した。
皇成がそれに対する利益を求めたのは当然のこと。
かねてより、千依を重臣の妻へと申し出があったが、歩澄は断っていた。王が不在の今、今後争う可能性がある中で敵郷に我が重臣の妹を嫁がせるのは危険であると感じていたからである。
しかし、皇成がそれで手を打とうと申し出たために秀虎の了承の元、千依の嫁入りが確定したのだった。
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