【完結:R15】蒼色の一振り

雪村こはる

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神室歩澄の右腕【5】

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 翌日、秀虎はさるの刻(※午後三時)より軍義を始めるため、余所で時間を潰すよう千依に言って聞かせた。
 これは、歩澄達が撒いた餌である。もしも千依が間者であれば、その軍義の内容を知るべく訪れる筈。こちらの郷の情勢に興味がなければ、秀虎に言われた通りにするであろう。
 念のため、澪には申の刻から用事がある故、千依を茶会にでも誘ってやってくれと頼んであった。それならば、五平や琥太郎も誘って昔話でも聞かせてもらうおうと澪は笑顔を見せていた。


 申の刻、四人は大広間にいた。気が重いが、千依の汚名を晴らすためにも確かめなければならない。

「秀虎、栄泰郷はどのような状況だ?」

 歩澄から話を切り出した。

「統主は女にうつつを抜かしており、頼寿も同様に政には目も向けず、遊び呆けております」

「では、今が攻め時ではないでしょうか」

 秀虎の後に梓月が続く。

「ええ。幸い千依はこちらにおります故、今の内に攻め込んでしまえば千依に危険が及ぶこともなく統主の首がとれましょう」

 瑛梓は声を大にして言った。

「頼寿の命はとらず、潤銘郷に連れ帰り千依との家を設けてやれば良い」

「その後の処遇はどういたしますか?」

 歩澄の言葉に瑛梓は尋ねる。

「私に忠誠を誓うのであれば、天嶺のところに置いても良いな」

「では、徳昂を下ろすのですか?」

「必要であればな。徳昂と頼寿で天嶺の座を争わせるのも悪くはないが」

「それは少々悪趣味かと……」

 瑛梓が顔をしかめると、歩澄は「冗談だ。どちらにせよ、まずは皇成の首が先だ。攻め込むのであれば早い方がいい。千依に勘づかれる前に事を済まそう」と言った。

「決行の時はいつになさいますか?」

「三日後だ。お前達、其々家来に命じ、準備を整えろ。牛の刻(※午前二時)には出発し、黎明に侵寇するよう進める」

「承知致しました」

 三人はその場で頭を下げ、軍義は終わりを告げた。



ーー

 秀虎は中庭で稽古に勤しむ五平と琥太郎を近くで眺めている澪の姿を見つけた。

「澪」

 名前を呼ぶと、秀虎の視線に気付き寄ってきたが、浮かない顔をしていた。

「秀虎様、千依様をお誘いしてみたのですが、体調が優れないとのことで断られてしまいました。旅の疲れが出たのでしょうか」

 澪の千依を気遣う様子を見て、秀虎は今にも泣き出したい気分だった。

(千依……。そうまでしてあの男がいいのか。育ってきた潤銘郷を危険に曝してまで、己の慕情を優先させるか……)

 秀虎は、幼い頃の思い出が蘇る中、澪に「そうか、悪かったな。千依には澪が心配していたと伝えておこう」と笑顔を向けた。

「早くお元気になるといいですね」

 澪はそう笑うが、秀虎はもうその笑顔には応えてやれそうになかった。

「千依の様子を見てこよう。邪魔をして悪かったな」

 そう言い残して、秀虎はその場を後にした。

(本当に床に伏しているわけではあるまい。しかし、その可能性とて無ではない)

 秀虎は、往生際が悪いとわかっていながらも、どこかで我が妹を信じたい気持ちを持っていた。

 その足で千依に用意した客間へと向かった。そっと近付き、声もかけずに障子を開けた。

 その刹那、机に向かっていた千依が息を飲んで顔を上げた。

「あ、兄上……。どうなさったのですか? 突然現れては驚いてしまいます」

 千依の顔から血の気が引いていくのがわかった。

(思い直してくれたらよかったのだがな……)

 秀虎は、胸を鷲掴みにされたような息苦しさを覚えた。

 千依は筆を置き、そっと机の上に置いてあった紙を隠そうと手に取った。 

「千依、何をしていた?」

「な、何も……。頼寿様が恋しくなってしまった故、文でも書こうと筆を取っていたところです」

「まだこちらに来て一日だぞ」

「え、ええ……。嫁いでから毎日頼寿様のお側にいたものですから、一日とて長く感じるのです」

「澪が心配していた。茶会を断られてしまったとな」

 秀虎はそう言ってようやく千依の前に腰を下ろした。千依は手に取った紙を己の後ろに置いた。

「……せっかくお誘いいただいたのですが、昨日の宴もあり、どうにも疲れてしまったようで……」

「しかし、文を書く元気はありそうだな」

 秀虎は真っ直ぐ千依の眼を見つめた。いつもの優しい兄の目ではなく、敵を見るような鋭い眼光を放っていた。

「あ、兄上……」

 千依の声は震え、その内に体も小刻みに震え始めた。
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