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神室歩澄の右腕【9】
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「万浬は存在します。万浬を模して鍛刀したのは私ですので」
「……なんだと。して、その万浬は?」
「わかりません。どこへいってしまったのか。……時に歩澄様。凱坤刀と華月の二振りを常にお持ちですが、主流は二刀流ですか?」
澪はもう一振りの刀、凱坤刀に目を向けそう尋ねた。
「!? ……目利きができるのか?」
歩澄は目を丸くさせ、澪を見つめた。
「刀工の孫ですので。して、どうなのですか?」
「……二刀流だ。しかし、だったらどうだというのだ」
「華月は利き手でしか扱えないのではございませんか?」
華月を振るには要所を得なければならない。華月は単刀でも十分威力のある刀であるが、本来の使い方ではなかった。
勧玄の主流は二刀流であった。万浬と玄浬で対の刀となっている。万浬だけの名が知れ渡っているのは、今までの敵では勧玄が本気を出すまでもなく万浬一振りで事足りてしまったからである。
勧玄と九重から名前を取った玄浬を勧玄は大切にしていた。毎日手入れをしていた玄浬は、歩澄が持つ華月のように艶やかだった。
勧玄は、錆びやすいその刀を丁重に扱っていたが、九重の元に遊びに行く口実作りのためにわざと万浬に錆を作っては度々九重に手入れをさせていた。
当然、九重の元へ通う勧玄の照れ隠しであることなど、九重にはお見通しであった。
澪と出会い、毎日澪に稽古をつけるため九重の家に居候をしていた勧玄には、もはや口実を作る意味もなく、万浬も玄浬もいつでも美しく輝いていた。
そんな対の刀を模して鍛刀したものである。玄浬を模して造った葉月白澪もどこかにある。葉月があってようやく華月本来の力が出せるのである。
歩澄は、澪の問には答えなかった。図星であった。
華月は少しの力加減でしなり、角度によっては切れない。利き手でない左手で扱おうものなら、刃のない刀も同然だった。
「どちらの手でも扱えるよう、稽古をなさって下さい」
「……稽古をしろだと? 私に命令する気か?」
兵士でもない、女の澪に稽古をしろと言われた事が歩澄の自尊心に触れた。歩澄は鋭い視線を澪に向けた。
「きっと役に立つ日がきます」
「私は誰の命も受けぬ」
「そうですか。私は、どちらでもかまいませんが……」
澪はそう言って眉を下げた。
若しかすると、歩澄は華月と葉月を使いこなせるやもしれぬ。澪はそんなふうに考えていた。
華月を大切に扱っていた歩澄。匠閃郷の民には手を出さず、栄泰郷から守ろうとしている姿を見てきた。まだ完全に信用はできないものの、澪一人では守りきれない匠閃郷を託してみるのも悪くはないのではと考えるようになった。
繊細な対の刀を使用できるのであれば洸烈郷の統主に打ち勝つ程の戦闘力を身に付けられるであろう。
野蛮で横暴だと言われている洸烈郷の統主が王となり、匠閃郷が好き勝手に荒らされるくらいなら、歩澄に委ねる方が堅実である。
栄泰郷統主が間者として千依を寄越したということは、近い内に栄泰郷統主との闘争が予期される。
さすれば、洸烈郷、翠穣郷統主も黙ってはいない。穏やかであると言われている翠穣郷とは話し合えても、粗暴な洸烈郷とでは戦になるであろう。
無敵の統主、甲斐煌明がどれ程の力の持ち主かは予想もつかないが、歩澄に負けられるわけにはいかなかった。
王位を狙っている歩澄のことだ。澪が言わずとも、日々の鍛練は怠らないはず。華月と葉月が使えなくとも、己の力で苦難を乗り越えるであろうと澪はそれ以上その事については言わなかった。
その代わりに「それより、秀虎様はまだお部屋にいるのでしょうか」と話題を変えた。
「あやつの処罰は今宵決める。部屋にいるよう申し付けてあるが、それを知ってどうする?」
「会いに行ってもいいですか?」
「会ってどうするつもりだ」
「少しお話がしたいと思ったのです」
「興味本意なら近付くな」
秀虎の妹を殺した事で気が立っている歩澄は、無関係でありながら秀虎に近付こうとする澪に苛立ちを隠せずにいた。
「決して興味だけではありません」
澪の目は真剣だった。九重と勧玄を殺された澪にとって、今の秀虎はとても他人事とは思えなかったのだ。
何かの気迫を読み取った歩澄は「半時だけだ。それ以上は認めん。……明日には独房監禁とする」と言った。
「独房……ですか」
「殺されないだけありがたく思え」
「……そうですね。ありがとうございます。それでは、行って参りますね」
そう言って澪は頭を下げた。
今の澪には、歩澄が秀虎を殺したくないことなどわかっていた。千依を殺生し、胸を痛めているような人間が、このような事を口にするのは苦であろうとすら考える程に。
澪が大広間を出ていった後、歩澄は華月を鞘に収め、二振りの刀を腰に差した。
秀虎と何を話すつもりなのかと、その後を追った。
「……なんだと。して、その万浬は?」
「わかりません。どこへいってしまったのか。……時に歩澄様。凱坤刀と華月の二振りを常にお持ちですが、主流は二刀流ですか?」
澪はもう一振りの刀、凱坤刀に目を向けそう尋ねた。
「!? ……目利きができるのか?」
歩澄は目を丸くさせ、澪を見つめた。
「刀工の孫ですので。して、どうなのですか?」
「……二刀流だ。しかし、だったらどうだというのだ」
「華月は利き手でしか扱えないのではございませんか?」
華月を振るには要所を得なければならない。華月は単刀でも十分威力のある刀であるが、本来の使い方ではなかった。
勧玄の主流は二刀流であった。万浬と玄浬で対の刀となっている。万浬だけの名が知れ渡っているのは、今までの敵では勧玄が本気を出すまでもなく万浬一振りで事足りてしまったからである。
勧玄と九重から名前を取った玄浬を勧玄は大切にしていた。毎日手入れをしていた玄浬は、歩澄が持つ華月のように艶やかだった。
勧玄は、錆びやすいその刀を丁重に扱っていたが、九重の元に遊びに行く口実作りのためにわざと万浬に錆を作っては度々九重に手入れをさせていた。
当然、九重の元へ通う勧玄の照れ隠しであることなど、九重にはお見通しであった。
澪と出会い、毎日澪に稽古をつけるため九重の家に居候をしていた勧玄には、もはや口実を作る意味もなく、万浬も玄浬もいつでも美しく輝いていた。
そんな対の刀を模して鍛刀したものである。玄浬を模して造った葉月白澪もどこかにある。葉月があってようやく華月本来の力が出せるのである。
歩澄は、澪の問には答えなかった。図星であった。
華月は少しの力加減でしなり、角度によっては切れない。利き手でない左手で扱おうものなら、刃のない刀も同然だった。
「どちらの手でも扱えるよう、稽古をなさって下さい」
「……稽古をしろだと? 私に命令する気か?」
兵士でもない、女の澪に稽古をしろと言われた事が歩澄の自尊心に触れた。歩澄は鋭い視線を澪に向けた。
「きっと役に立つ日がきます」
「私は誰の命も受けぬ」
「そうですか。私は、どちらでもかまいませんが……」
澪はそう言って眉を下げた。
若しかすると、歩澄は華月と葉月を使いこなせるやもしれぬ。澪はそんなふうに考えていた。
華月を大切に扱っていた歩澄。匠閃郷の民には手を出さず、栄泰郷から守ろうとしている姿を見てきた。まだ完全に信用はできないものの、澪一人では守りきれない匠閃郷を託してみるのも悪くはないのではと考えるようになった。
繊細な対の刀を使用できるのであれば洸烈郷の統主に打ち勝つ程の戦闘力を身に付けられるであろう。
野蛮で横暴だと言われている洸烈郷の統主が王となり、匠閃郷が好き勝手に荒らされるくらいなら、歩澄に委ねる方が堅実である。
栄泰郷統主が間者として千依を寄越したということは、近い内に栄泰郷統主との闘争が予期される。
さすれば、洸烈郷、翠穣郷統主も黙ってはいない。穏やかであると言われている翠穣郷とは話し合えても、粗暴な洸烈郷とでは戦になるであろう。
無敵の統主、甲斐煌明がどれ程の力の持ち主かは予想もつかないが、歩澄に負けられるわけにはいかなかった。
王位を狙っている歩澄のことだ。澪が言わずとも、日々の鍛練は怠らないはず。華月と葉月が使えなくとも、己の力で苦難を乗り越えるであろうと澪はそれ以上その事については言わなかった。
その代わりに「それより、秀虎様はまだお部屋にいるのでしょうか」と話題を変えた。
「あやつの処罰は今宵決める。部屋にいるよう申し付けてあるが、それを知ってどうする?」
「会いに行ってもいいですか?」
「会ってどうするつもりだ」
「少しお話がしたいと思ったのです」
「興味本意なら近付くな」
秀虎の妹を殺した事で気が立っている歩澄は、無関係でありながら秀虎に近付こうとする澪に苛立ちを隠せずにいた。
「決して興味だけではありません」
澪の目は真剣だった。九重と勧玄を殺された澪にとって、今の秀虎はとても他人事とは思えなかったのだ。
何かの気迫を読み取った歩澄は「半時だけだ。それ以上は認めん。……明日には独房監禁とする」と言った。
「独房……ですか」
「殺されないだけありがたく思え」
「……そうですね。ありがとうございます。それでは、行って参りますね」
そう言って澪は頭を下げた。
今の澪には、歩澄が秀虎を殺したくないことなどわかっていた。千依を殺生し、胸を痛めているような人間が、このような事を口にするのは苦であろうとすら考える程に。
澪が大広間を出ていった後、歩澄は華月を鞘に収め、二振りの刀を腰に差した。
秀虎と何を話すつもりなのかと、その後を追った。
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