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赤髪の少女【12】

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 翌日、懲りずに澪は甘味を持って大広間に向かった。しかし、普段は灯っている筈の明かりが消えており、そこには誰もいなかった。
 その翌日もそのまた翌日も訪れたが同じようにもぬけの殻だった。

 その翌日、まだ明るい内に歩澄を見つけた澪は、その姿を追った。久しぶりに歩澄の顔を見た気がした。その刹那、鼓動が高まる。

(私……歩澄様に会いたかったんだ……)

 その時になってようやく気付く想い。

 こちらに向かって歩いてくる目の前の歩澄に意を決して「ほ、歩澄様っ……」と話しかけた。しかし、歩澄は澪を見ることもせず、そのまま素通りして去っていった。

 一人廊下で佇む澪。目頭が熱くなり、堰を切ったかのように止めどなく涙が溢れた。
 澪のために温泉を用意してくれたことも、初めて歩澄が微笑んでくれた日のことも、歯を見せて笑ってくれた日のことも、髪飾りを贈ってくれたことも全て鮮明に思い出せた。
 毎日が夢のようで楽しかった。九重と勧玄が亡くなり、心の拠り所がなくなった澪の救いでもあった。今日は何を拵えようかと絃と相談することとて大切な時であった。

 それが全て一瞬で終わりを告げた。理由も聞かされぬまま。あの日までは通常通りであった。いつものように澪に微笑み、澪の手料理が食べたいと言った歩澄。しかし、澪の握り飯を食した途端に何かが変わった。
 気に入らなかったのなら一言謝りたかった。別のものを用意するから、もう一度受け入れて欲しかった。
 そう願うが、今はそれすらも叶わない気がした。

 他の家来に泣いているところなど見られたくはない。そう思う澪は、自室へと急いだ。人の通りをなるべく避けて来たため、誰とも会ってはいない。

 誰にも邪魔をされない空間が手に入ると、涙は止めどなく溢れた。
 歩澄にとって不要だと思われたら殺されるかもしれない。いや、理由もなく殺生をしない歩澄は澪を城から追い出し、匠閃郷に追い返すかもしれない。そう考える澪は、更なる涙を溢した。

「澪? ちょっといい?」

 声がした刹那、澪が答える間もなく障子が開けられた。
 誰かが入ってくるなどと予想もしていなかった澪は、急いで平然を装うとするが、そんなものは当然困難であった。

 声の主である梓月は、澪の姿を見つけて駆け寄った。

「澪? 何故泣いてる? 何かされたのか……誰だ」

 赤紫の瞳が冷たく光る。元凶を探ろうとすれば、澪は黙って首を振った。
 暫く泣いたままの澪に付き添い、澪から言葉を発するのを待った。

「……私、ここを追い出させるかもしれない」
 
 不意に澪はそう言った。

「追い出される? どうして?」

「……歩澄様に嫌われた」

 そう言って更に涙が頬を伝った。
 梓月は、ようやく澪が歩澄のことで泣いているのだと知り、己の主であるにも関わらず憤りを感じていた。
 澪の過去は壮絶であり、目を背けたいものであった。それでも毎日気丈に振る舞い、泣き言一つ言わない女である。そんな澪が、歩澄に嫌われたかもしれない。たったそれだけのことでこんなにも儚く涙を流すのだ。
 澪が、歩澄に慕情を抱いている証だった。

 梓月は、こんな時に馬鹿統主は何をしているのかと頭を抱える。お互いに幼い頃の想い人であるならば、さっさとくっついてしまえばいいのに。そう苛立ちを隠せなかった。

(こんなにも傍にいたのに。命を救ったのはいつも俺なのに……。それでも澪の心は俺に向かないのか)

 澪の頭を撫でながら、切ない気持ちで一杯だった。
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